東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
隠岐奈は無言のまま、隠岐人をある扉へと案内した。
それは、後戸の国の中でもさらに隔絶された、白く広い空間。
扉が開かれた瞬間、風もないのに空気が流れを変えた。
「ここは訓練用の空間。万一、空間が崩れても私がすぐに繕える仕様だ。
……さあ、神が直々に戦闘指南をしてしんぜよう」
隠岐奈は楽しげに扇を開いて微笑んだ。
隠岐人は少し引き気味に一歩下がる。
「……何から?」
「まずは、君の中に眠っている――妖力と霊力を“引き出す”ところから、だ」
そう言うなり、隠岐奈は扇を閉じて近づいた。
「何、時間をかけるつもりはない。背中を向けてみろ」
隠岐人はわずかに戸惑いながらも、言われるまま静かに背を向けた。
その瞬間――
「はあっ!」
隠岐奈の手が背中に触れると同時に、神力の奔流が隠岐人の身体へ流れ込んだ。
「なっ――何するんですか!」
隠岐人は思わず跳ねるようにして距離を取った。
体内を駆け上がる異物感。
熱、圧力、そして奥底から何かが――“解き放たれる感覚”。
隠岐奈は、ニコニコと扇子を口元に当てて笑っていた。
「ふふ……私の力に抗おうと、君の防衛本能が反応してる。
その結果、眠っていた力が表に出始めている。――上々、上々!」
隠岐人は息を整えながら、自分の身体を見下ろす。
足元に、淡く揺れる靄のような気配。
それは形を成すことなく、だが確かに身体を包んでいた。
――妖力。
「……これが、力……?」
声には驚きと、ほんのわずかな高揚が混じっていた。
「そうだ」
隠岐奈は満足げに頷いた。
「身体に纏えば防御となり、拳に纏えば攻撃にもなる。
感情や意志に応じて、形や性質を変えることもあるだろう。
使い方は君次第。だが――力が引き出せたなら、あとは“無限の可能性”だ」
隠岐人は、自分の掌を見つめた。
そこには、確かに“何か”が宿っている。
それは、誰かに与えられた力ではない。
自分自身の中に、最初からあった――けれど、知らなかったもの。
「……これで……もう、ただ守られるだけじゃない」
「ふふ。いい目になってきたな」
隠岐奈はその目の変化を見逃さなかった。
「――やろうと思えば、私のように扉を作れるかもな」
そんな軽口を残して、隠岐奈は部屋を後にした。
後戸の国の訓練空間に、再び静寂が戻る。
隠岐人はその場に立ったまま、しばらく考え込んでいた。
「……力の使い方。
身体に纏うのは、それほど難しくないみたいだし……」
妖力と霊力を混じらせ、軽く腕にまとわせる。
うっすらとした光の膜が生まれ、身体の輪郭が淡く揺れた。
「でも、ただの強化じゃ普通だな……。
隠岐奈みたいな戦い方――あれ、便利だよな」
――扉を開き、空間を渡り、自在に物を操るその戦法。
戦いにも移動にも応用できる“空間”という発想に、彼は自然と惹かれていた。
「……決めた。
僕の能力は――“自分の空間から物を出し入れする程度の能力”」
それは控えめな名乗りだった。
だが、彼の中では確かに“自分だけのやり方”だった。
深く息を吸い、意識を自分の内側へ沈めていく。
――すると、空間が緩やかに“裏返る”ように、
彼の前に、黒く歪な一枚の扉が浮かび上がった。
その扉の向こうに広がっていたのは――何もない部屋。
冷たく静まり返った、空っぽの倉庫のような空間だった。
棚も光もなく、ただ広く、無音の空白。
けれど、そこには確かに“彼の気配”が満ちていた。
「……これは……僕の空間……?」
ふと足元に転がっていた掃除用の箒が目に留まった。
訓練空間の隅にあった、ただの竹箒。
「……まずは試しに、これを入れてみよう」
隠岐人は箒を手にし、黒い扉の前へと立つ。
意識を集中させると、箒が静かに吸い込まれ、空間の中に消えた。
「……成功、かな」
扉を閉じ、もう一度開くと、先ほどしまった箒がそのままそこにあった。
取り出してみる。問題なく“手に戻る”。
「出せる……入れられる……!」
隠岐人の目が、わずかに見開かれる。
これは武器庫にもなる。記憶の箱にもなる。
彼自身が動く限り、どこでも“自分だけの空間”と繋がれる。
翌日、隠岐人が訓練室を訪れると、すでに隠岐奈と舞、里乃の姿があった。
隠岐奈はいつものように扇をくるくると回しながら、にやりと笑う。
「さて、隠岐人。昨日一日、自由に考える時間をやったが――
いい能力は思いついたか?」
里乃が腕を組んで言う。
「思いついたとして、使いこなせるとは限らないけどね」
舞も肩をすくめる。
「そもそも作れたのか、見ものだなあ」
しかし隠岐人は、静かに口元を緩めて答えた。
「いい参考が近くにいたおかげで、まとまりましたよ」
その言葉に、隠岐奈の目がきらりと光る。
「ふふっ、言うようになったな。
……よし、ならば今日は実地試験だ。
――隠岐人、舞と里乃相手に腕試ししてみろ」
里乃が苦笑しながら肩を回す。
「弟をいじめるつもりはないんだけどなあ」
舞は悪戯っぽく笑って言った。
「でもまあ、これも“姉”としての試練ってことで?」
隠岐奈が口を挟む。
「安心しろ、どうせ戦闘能力は野良妖怪と大差ないから。
練習相手には丁度いい」
「ひどいな!?」
「評価低っ!」
「危なそうなら私が止める。じゃ、始め!」
その号令と同時に――
「ていやー!」
里乃がいきなり踏み込み、拳に妖力を纏わせて突っ込んできた。
隠岐人はそれを妖力でガード。
振動が腕に響いたが、予想よりも軽い。
「っ……ふぬぬぬぬ!」
今度は里乃が隠岐人の両腕を掴む。
「おやつがかかってるんだ!やれ舞、数秒は抑える!」
舞が空中から回り込みながら構える。
「……悪いね。二人がかりで」
拳が振り下ろされる――その瞬間。
隠岐人がにやりと笑った。
「なら、僕も一人とは限りませんよ」
その言葉と同時に、空間が歪む。
舞の頭上に、黒い裂け目のような“扉”が開いた――
中から、訓練室の掃除用具の“箒”がすとんと落下する。
「えっ?」
――ゴッ。
箒が舞の頭に直撃した。
「いたっ……え、なに?」
と、思う間もなく箒はそのまま空中に浮かび――
霊魂の加護を受けたかのように、勝手に動き始めた。
「ひぃぃ!? ちょ、待って待って、それ本気で痛いってば! 降参、降参ぅぅ!」
舞が音を上げるのを見て、里乃も腕を離した。
「……私の力じゃ、もう無理。降参するよ」
その様子を横で見ていた隠岐奈は、満足そうに頷いた。
「ふふ……私の“後戸”の力ではないが、似て非なる力――
自分の空間を使い、物を取り出し、操る。なかなかの発想だな」
そして、いつもより少し誇らしげな声で宣言する。
「勝者、隠岐人!」
静かに微笑む隠岐人の背に、
ふわりと霊の気配が寄り添ったような気がした。