東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
それから一年。
隠岐人は、後戸の国にて、日々修練を重ねていた。
空間を扱う術も安定し、霊魂たちとの同調も自然になっていた。
自ら選んだ力――それは静かに、だが確かに、彼を“戦える存在”へと育てていた。
そんなある日、隠岐奈に呼び出される。
「……お呼びですか?」
扉を開いて入ってきた隠岐人に、隠岐奈は扇をたたみ、目を細めて言った。
「ああ。君も、もう十分に力を身につけた。
そこでひとつ、頼みたいことがある」
「頼み事、ですか?」
「そうだ」
隠岐奈は、ゆっくりと立ち上がり、虚空を見つめた。
「……私はね、いつか――“誰からも干渉されない世界”を作りたいと思っている」
「……“後戸の世界”があるのに、なぜまた“世界”を?」
隠岐人の問いに、隠岐奈はふっと苦笑する。
「“後戸”は世界の裏だ。誰にも見つからず、誰にも縛られない。
けれどそれは、ただ“隠されている”だけの空間だ」
彼女はそのまま、遠い目をして続けた。
「外の世界では、妖怪が人を襲い、人が妖を狩る。
怨みと恐れ、支配と反発……終わる気配すらない。
私は、そんな“食うか食われるか”の地上を、もう見ていられない」
「……」
「けれど、私ひとりでは限界がある。
そこで……君に旅に出てほしいのだ、隠岐人」
「旅……ですか?」
「そう。地上を見て、歩いて、考えてほしい。
“秩序ある世界”を作るには、何が要るのか。
それを、半妖であり、神力・妖力・霊力を併せ持つ君なら、きっと見つけられる気がする」
言葉の重さを感じながら、隠岐人はしばし黙し――
やがて、静かに頷いた。
「……無茶な頼みですね。正直、答えなんて僕にも分かりませんよ」
「分からなくていい。探してきてくれ。
今の世界に足りない何かを――外から見つけてきてほしいのだ」
隠岐人は目を伏せた。
それでも、次の瞬間にはしっかりと顔を上げる。
「……分かりました。
――他ならぬ、貴女からの頼みですから」
その目には、かつての空虚な“被験体102号”の面影はなかった。
扉の奥、広がる地上世界。
今、彼は初めて“自分の足で”そこに踏み出す。
その旅が、やがて幻想郷へとつながるとは――
まだ、誰も知らない。
後戸の国の片隅、ぽっかりと開かれた一枚の扉。
そこは地上と後戸をつなぐ、たった一度の“出口”だった。
隠岐人は背を向けて扉に立ち、少し振り返る。
その奥には、3人の姿――
里乃が少し寂しそうに、笑って手を振った。
「私たちはいけないけど……」
舞は頬に手を当てて、いたずらっぽく微笑む。
「見てるからね、弟」
隠岐奈は、いつものように扇をたたみながら、少し真剣な顔を見せる。
「……帰りたい時、それと“もしもの時”は――空に向かって、
私の神力を放出させなさい。必ず、時間はかかっても助けに行く」
隠岐人は、少し口元をほころばせて、深く頭を下げた。
「……お世話になりました。
できれば時々、戻ってきます」
「いつでも、後戸は“君の裏口”さ」
隠岐奈がそう言った瞬間――
扉が、ゆっくりと閉じていく。
舞と里乃が手を振り続ける中、
静かに、静かに――“カチリ”。
扉が閉まった瞬間、まるで風に溶けるように、それは空間から消えていった。
後に残ったのは、広がる蒼天と、微かな風の音だけ。
隠岐人はしばらくその空を見上げ、
やがて小さく息を吐く。
「さて……目的地もなく彷徨う長い旅。
この“牢屋”と“後戸”以外の世界を――見てみるとしようか」
そして、一歩踏み出す。
草を踏む音が、新たな物語の始まりを告げていた。