東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる   作:四国の探索人

8 / 38
第8話 他の神

道なき山野を越え、小川を渡り、やがて草木の合間から立ち上る煙と賑やかな太鼓の音が耳に届いた。

 

「……人の気配?」

 

それは風の向こうに広がる、祝祭の音だった。

 

隠岐人は慎重に歩を進め、林を抜けた先――そこには、活気あふれる村の広場が広がっていた。

 

人々が酒を酌み交わし、歌い、舞い、笑い合っていた。 まるで戦など知らぬ平和な村……いや、どこか様子が違う。

 

(妙だな……この空気、ただの祭じゃない)

 

華やかさの裏に、どこか“勝者の余韻”とでも呼ぶべきものが滲んでいる。 まるで戦の後、その余波に酔っているような――そんな不自然さ。

 

隠岐人は、酔いに顔を赤く染めた男に声をかけた。

 

「すみません、旅の者ですが……どうしてこんなに賑わっているのですか?」

 

男は豪快に笑い、盃を掲げた。

 

「おう、祝いだよ! 戦に勝った祝いさ!」

 

「戦……ですか? ですが怪我人も死人も見えませんが……」

 

「ははっ、そりゃそうさ。我らが軍神様は、“無血の勝利”を掲げておられるお方だからな。  相手の村も、降伏後すぐに受け入れて、今じゃ一緒に飲んでるさ!」

 

男は顎で示すように指差した。そこにいたのは――

 

酒盃を掲げて村人たちを鼓舞する、大柄な女神。 背に張った注連縄の御柱。堂々たるその姿は、一目で“軍神”と分かる。

 

「皆、飲め! 食え! 讃えよ!

 勝利は神威の証、そして秩序の礎だ!

 この地を一つに束ね、争いのない世を――我らの手で築こうぞ!」

 

その言葉に、村人たちは歓声を上げて応えた。

 

隠岐人はその神の姿をまじまじと見つめた。

 

(……すさまじい神気。まるで山そのものが人の形を取っているかのようだ)

 

彼女――八坂神奈子と目が合った。

 

その瞬間、彼女は杯を傾けるのを止め、目を細め、静かに立ち上がる。 威圧感はなく、しかし明らかにこちらへ興味を向けている。

 

「見ない顔だね。旅の者かい?」

 

声をかけられ、隠岐人は一歩前へ出た。

 

「……隠岐人と申します。地を巡る旅の途中、偶然立ち寄っただけです」

 

「そうか、そうか。――少し話そうか」

 

神奈子はさらりとそう言い、祭の場から離れた林の縁へと歩き出す。 周囲には「厠に行ってくる」とだけ言い残し、隠岐人を手招きで促した。

 

 木陰に入った途端、空気が一変する。

 

八坂神奈子は立ち止まり、ぐっと隠岐人に向き直った。

先ほどまでの陽気さはすっかり消え、その双眸には鋭い神気と底知れぬ圧が宿っていた。

 

「……さて、本題に入ろうか。君の中にあるその“神力”――どこで得た?」

 

隠岐人は一拍の間を置いてから、静かに口を開く。

 

「……摩多羅様の加護を受けています」

 

神奈子の眉がわずかに動いた。

 

「摩多羅……?聞いたこともない神名だな。地方の小神か? それとも隠れ神か……まあ、どちらでも構わん」

 

彼女はゆっくりと神木を構える。空気がぴり、と張り詰めた。

 

「どのみち、この日の本は――全てこの八坂神奈子が統一する。  神も人も、争いも混乱も、力と理で正しく導く。それが私の意思だ」

 

隠岐人は思わず後ずさるが、神奈子は微笑を浮かべたまま神木を下ろした。

 

「だが――今日は見逃してあげよう」

 

神奈子は踵を返し、酒宴のほうへとゆっくり歩き出す。

 

「次に会うときは、隠岐人。君が“我らの仲間”として加わるときだ。  その力、私の下で活かすがいい。……選ぶのは君自身だがな」

 

背を向けながらそう言い残す神奈子の言葉には、脅しでも勧誘でもない――

まさに“神の宣告”のような威厳があった。

 

隠岐人はその背を見つめながら、拳を静かに握りしめた。

 

 

 

 

 

日が傾き、空は朱色に染まり始めていた。

 

旅を続ける隠岐人は、静かな林の道端で足を止める。

遠くから鳥のさえずりと川のせせらぎが聞こえるだけの、穏やかな夕暮れだった。

 

「……野宿でも構わないけど。あの八坂神奈子、やがて師匠の計画に干渉する可能性があるな……」

 

ぼそりと独り言をこぼしながら、彼は目に入った平らな岩へと腰を下ろす。

見晴らしも良く、風も心地よい。ここを今夜の寝床と決め、隠岐人はそのまま身体を横たえ、目を閉じた。

 

――だが、静寂はすぐに破られた。

 

ぬるりとした感触。息苦しい圧迫感。生温かく、粘りつく感覚が全身を包み込む。

 

「……っ!? な、なんだこれは……!?」

 

目を開けた隠岐人は、すでに何かに飲み込まれかけていることに気づいた。

その中は暗く、狭く、何より臭い。呼吸もままならず、反射的に妖力と霊力を全身に巡らせる。

 

「……出るっ!!」

 

霊魂の力が爆ぜるように解放された瞬間――

 

「がぼっ!?」

 

巨大な白蛇が身をくねらせ、隠岐人を吐き出した。

 

どさりと地面に転がった隠岐人が見上げると、そこには白蛇の脇にちょこんと腰を下ろした、少女の姿があった。

 

「わぁ……不味かった? あ、違う違う、暴れたから吐き出したんだね」

 

小柄なその少女は、白蛇の頭をなだめるように撫でながら、にこにこと笑っている。

 

「中で暴れる供物なんて初めて見たなぁ。なんでそんなとこで寝てたのさ?」

 

「……いや、普通の岩にしか見えなかったんだけど……」

 

「そこ、供物用の台座だったんだよ? まったく、こんな時期に供物でもないのに」

 

隠岐人は泥を払いながら少女と白蛇を交互に見た。

 

「君、その蛇……ペットか?」

 

「うん。私のかわいい白蛇ちゃん。ちゃんと毒持ちだけど、人の言うことは聞くよ。……まぁ、今日はちょっとお腹が空いてたみたいだけど」

 

「寝てただけなのに飲み込まれるのは勘弁してくれ……」

 

苦笑しながらそう言う隠岐人に、少女は立ち上がってぺこりと頭を下げた。

 

「失礼失礼。私は洩矢諏訪子。山と湖の神様だよ。……今はちょっと信仰を失ってるけどね」

 

「神……様?」

 

突然の肩書に、隠岐人は少し身構える。

 

(神奈子の時とは違うけど……この子からも確かな“神気”を感じる)

 

「旅の者、隠岐人。……危うく供物になるところでした」

 

「ふふ。でも無事だったじゃん? 強い加護でも受けてるのかな。……もしかして、君もどこかの神様の子だったりする?」

 

その問いに、隠岐人はわずかに口元をゆるめた。

 

「さて、どうでしょう。話せるなら、少し話を聞かせてください――神様」

 

諏訪子はにんまりと笑い、白蛇を肩に乗せると、岩の上に腰掛けて言った。

 

「いいよ。変な味の旅人さん、ちょっとだけ付き合ってあげる。……信仰の話でもしようか?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。