東方穢天落 月の失敗作は地球に落ちて摩多羅隠岐奈に拾われる 作:四国の探索人
夜の帳が下りる頃。
隠岐人と諏訪子は人気のない山の中、ひっそりと佇む古びたお堂に身を寄せていた。
中央には簡素な炉があり、2人はその前に腰を下ろす。
火打石の音とともに小さな火が灯り、ぱちぱちと薪のはぜる音だけが静かに響いた。
隠岐人は炎を見つめながら、ふと口を開く。
「……信仰する人がいなくても、神は神であり続けられるんですか?」
その問いに、諏訪子は肩をすくめて微笑む。
「私は、まだ信仰を失い切ったわけじゃないよ。白蛇もいるし、古くから信じてくれる者も、ほんのわずかだけど残ってる。でも……今の私じゃ、君にすら勝てるか怪しいかな」
「……神といえど、無敵ではないんですね」
「そりゃそうさ。神というのは“信仰”によって力を得る存在。信じる人がいなければ、力も神格も失っていく。ただの幻想になっちまうよ」
静かに揺れる火を見つめながら、隠岐人は小さく頷いた。
「――なぜ、信仰を失ったんですか?」
諏訪子の表情が一瞬だけ曇る。そして、淡々と語り始めた。
「……戦に負けたんだよ。私のいないところで、ね。相手は八坂神奈子。あの軍神さ」
「……八坂、神奈子」
隠岐人はつぶやくように名を繰り返す。
「おや? 知ってるのかい?」
「ええ。たまたま村を訪れた時に、彼女の勝利の祝宴を見ていたら……目をつけられましたよ」
「はは、ありそう。あの神は、村々を“無血の戦”で取り込んでまわってる。私の村にも、私のいない隙を突いてやってきたんだ。私に一番忠義を尽くしてくれてた東風谷家の巫女が応戦してくれたけど……負けた。信仰は、そっくり神奈子の方へ流れていったよ」
「諏訪子様が戻るまで、待てなかったんですか?」
「たぶん、挑発に乗せられたんだろうね。いや……もしかしたら、私が信頼されてなかったのかもしれない。今、私を信仰してるのはこの白蛇くらいなものさ」
諏訪子は白蛇の頭をぽんぽんと撫で、苦笑した。
「さて、こっちは話したよ。次は君の番だ。どんな神に仕えているのか、何を目的に旅をしてるのか……興味あるなあ」
隠岐人は少し俯いてから、ぽつぽつと語り始めた。
「僕は、“半妖”です。……人でも妖怪でもなく、生まれてすぐに誘拐され、月に連れて行かれました。実験体として、死なない体にされて……」
「うぇ……やっぱり怖い話じゃん聞きたくなくなってくるよ」
「自分から聞いたのに」
「聞いたけど、聞きたくなかった……でも、なるほど。君が神力を持っているのは、誰かの加護か。どの神様?」
「……摩多羅様です」
「摩多羅……ああ、そっちか神奈子じゃなくてよかった。じゃあさ――協力しようよ」
「え?」
「神奈子はこの国を統一するつもりなんだ。全部を自分の色に塗りつぶして、“支配”という形で平穏を作ろうとしてる。だけど、それは摩多羅様の理とぶつかる。君の師匠の理想ともね」
諏訪子は火に手をかざしながら、真剣な眼差しで言葉を続ける。
「私も、信仰を取り戻したい。君は、摩多羅の加護を受けて、神奈子の動きを止めるべき立場にある。……だったら、利害は一致してる」
隠岐人はしばらく黙っていたが、やがてその手を、諏訪子の差し出した小さな掌に重ねた。
「……わかりました。共に戦いましょう」
「決まりだね!」
諏訪子は嬉しそうに笑い、小さく手を握り返した。
静かな山の古堂で、ひとつの誓いが交わされた。
夜の静けさが、お堂の隅々まで染み渡っていた。
火はすっかり熾火になり、淡い橙が2人の影をぼんやりと浮かび上がらせる。
隠岐人は、ぽつりと口を開いた。
「……軍神に勝つ方法なんて、あるんですか?」
諏訪子は顎に手を当て、真剣な顔で数秒考える。
「――2対1で押し切るしかない、かな!」
隠岐人は目を細めた。
「……見た目は子どもなのに、作戦は脳筋ですね」
「うるさい。子ども扱いする奴には罰が必要だね」
そう言いつつ、諏訪子は胸を張る――が、その胸は、無いに等しい。
「土着神の力を、とくと見せてやろうじゃないかっ!」
「……ない胸を張って――」
言い終わる前に、諏訪子の拳が隠岐人の側頭部に軽く入った。
「ぐっ……!」
「デリカシーのない奴は嫌われるよ」
ぷんすかと頬を膨らませながら、諏訪子は手をひらりと振る。
「白蛇、おいで」
呼ばれて現れた白蛇は、闇の中からぬるりと滑り出てくる。
「子どもたちを連れて村に向かっておやり。少しだけ脅かして、“誰に祈るべきか”を思い出させてあげな」
白蛇は一声も発さぬまま、すぅっと闇に溶け込むように姿を消していった。
隠岐人は呆れたようにため息をつく。
「自分の村なのに……?」
「ふふん。信仰を捨てた報いさ。とはいえ、取って食おうなんて思ってないよ。ほんの少し、神の存在を思い出させるだけ」
「怖い子ですね、君……」
「そう? ありがと♪」
諏訪子はいたずらっぽく笑い、もう一度火の傍に腰を下ろした。
「さて、明日は神奈子との対決に備えて休もうか。寝不足じゃ神も力が出ない」
隠岐人も薪を寄せ、背を丸めて横になる。
やがて火は静かに弾け、その上で諏訪子がつぶやくように問いかけた。
「……この件が片付いたらさ、私のこと、ちょっとだけ信仰してみない?」
「……嫌ですよ。僕には“師匠”がいますから」
諏訪子は、ぱちんと舌を鳴らして笑った。
「冗談冗談。……でもね、誰かに信じてもらえるのって、やっぱりちょっと嬉しいもんだよ」
その声はほんの少し寂しげで、でも、どこか誇らしげでもあった。
夜は更けていく――戦の夜明けへと向かって。