デジモンアストリアは私小説な面もありますので、ご了承ください。
いじめられっ子の吉村哲志は、毎日のように自分が受けた苦痛についてノートに書いていた。
学校での嫌な出来事、先生に相談しても真剣に取り合ってもらえない事、
そして、一番辛いのは、家に帰っても母親が自分の気持ちを理解してくれない事だった。
その日の放課後、哲志は泣きながら家に帰った。
母親はそんな哲志に気づかず、いつものように家事をしながら言った。
「哲志、あれこれ危ないものに手を出すんじゃないわよ。
それから、絶対にゲームのお金を買うためにお金を払っちゃダメだからね」
「分かってるよ、お母さん」
「本当に分かってるの? お母さんは、哲志が心配なのよ」
母親は、哲志が引きこもって携帯電話でゲームばかりしている事を心配しているのだ。
しかし哲志にとっては、その言葉が苦痛だった。
母親は、自分の事を信じてくれないと哲志は思っていた。
哲志は自室に戻り、ノートに今日の出来事を書いた。
お母さんは僕を信じてくれない。
僕の気持ちなんて、誰も分かってくれないんだ。
哲志がノートにそう書いていると、廊下から母親の声が聞こえてきた。
「また愚痴を書くなんて……。ただ言っただけなのに」
母親は、哲志に聞こえないようにそっと呟いた。
その言葉が、哲志の心をさらに深く傷つけた。
誰も僕の気持ちを分かってくれない。
この世界に、僕の味方なんて誰もいないんだ。
だったら、僕以外の人がみんな消えちゃえばいいんだ。
その時、哲志の部屋の窓から、一人の少年、富士崎零が飛び込んできた。
零は、哲志に奇妙な装置を手渡した。
「ウィザードからの贈り物だ。君の望みを叶えるだろう」
哲志は、零から受け取った装置、ダークヴァイスを握りしめた。
「ありがとう! これがあれば、僕の気持ちを分からない人達を消せるんだね」
零は何も言わず、その場を立ち去っていった。
「僕の事を分かってくれないお母さんも、僕をいじめる奴らも、消えて当然だ。
みんな、いなくなっちゃえばいいんだ……!」
哲志は、ダークヴァイスを持ちながらそう言った。
彼のダークヴァイスの中には、砂のようなデジモンが動いていた。
一方、多樹と北斗は、いつものように星海小学校に通っていた。
しかし、校内に入ると、どこか静まり返っている事に気づいた。
「どうして教室が静かなんですか?」
「実はだな、突然、人が消えちゃったんだ」
教師に聞くと、生徒が何人かいなくなっているという。
「え、いなくなったって、どうして……?」
多樹は教師に尋ねるが、教師も分からないと首を横に振るばかりだった。
「授業は普通に行うから、集中するように」
先生の言葉に、多樹と北斗は授業に集中する事にした。
授業が終わった後、家に帰ろうとする多樹と北斗だが町全体が静まり返っている事に気づいた。
「なぁ多樹、なんか街が静かじゃないか?」
「うん。なんか、いつもの賑やかさがないね」
二人が不審に思いながら歩いていると、通行人達がざわついている声が聞こえてきた。
「まただ……。人が消えたらしい」
「変な機械を持った男の子が、人々を消しているらしいよ」
多樹と北斗は、その言葉に顔を見合わせた。
「まさか、ウィザードの仕業?」
「きっとそうだ! とりあえず、その男の子を追いかけよう!」
「分かったざんす!」
「うん!」
変な機械とは、ダークヴァイスの事だろう。
またウィザードが悪さをしているかもしれないと、多樹と北斗は少年を追いかけていった。
多樹と北斗は、通行人達の話を手がかりに、少年を追い始めた。
路地裏を曲がると、そこに立っていたのは、見慣れた少年だった。
「……哲志?」
多樹は驚きを隠せない。
そこにいたのは、隣のクラス、6年1組の哲志だった。
哲志の隣には、零が立っていた。
「……ねえ、哲志、なんであなたがこんな事を……?」
「この機械で邪魔な人を消したんだ」
哲志は、手に持ったダークヴァイスを掲げ、多樹と北斗に言った。
「僕の気持ちを分からない人達は、消えて当然だ。君達も、僕の気持ちが分からないなら……」
「ダメだよ、哲志!」
多樹は、哲志の言葉を遮るように叫んだ。
「私だって、嫌な事を言われたり、やりすぎだと止められる事はあるけど、
それでも、人を消すのはダメだよ!」
「気に入らないからって次から次へと消すのはきりがないんだぜ!」
北斗も哲志を説得しようとする。
しかし、哲志は二人の言葉に耳を貸そうとしなかった。
「僕の気持ちを分からない人は敵だ! 消えろ!」
哲志がダークヴァイスを掲げると、地面から砂が吹き荒れ、
鉱物型デジモン、ランドラモンが姿を現した。
「行くよ、カラムモン!」
「分かったよ!」
「ヴォレモン、早くランドラモンを止めるぜ!」
「ミーの出番ざんす!」
説得が通じないと判断した多樹はデジヴァイスからカラムモンを、
北斗はデジヴァイスからヴォレモンを呼び出す。
ランドラモンが必殺技「グラウンドスパイク」を使うと、
爪が地面から突き出し、カラムモンとヴォレモンを襲う。
二体のデジモンは、何とか攻撃をかわすが、ランドラモンの攻撃は容赦なかった。
「デザートアビス!」
ランドラモンが地面を叩きつけると、巨大な流砂が二体のデジモンを引きずり込もうとする。
「きゃー!」
「うわー!」
カラムモンとヴォレモンは、流砂から抜け出そうと必死にもがくが、
哲志の「誰かと関わりたくない」という強い気持ちが、ランドラモンの力をさらに増幅させる。
二体のデジモンは、デリート寸前まで追い詰められてしまった。
その時、一人の女性――哲志の母親が路地裏に駆け込んできた。
「哲志! こんな事はやめなさい!」
母親が哲志を止めようとするが、哲志は母親の言葉に耳を傾けなかった。
「お母さんなんか嫌いだ! 僕の気持ちを分からないなら、消えろ!!」
哲志がランドラモンに母親への攻撃を命じようとした、その時だった。
「待て」
突然、零が哲志の前に立ち塞がった。
そして、デジヴァイスを掲げ、テリアモンを呼び出した。
「何をするんだ! 零!」
「クラスメイトの……友達の事は見過ごせないからな」
零は冷静にそう言うと、テリアモンに命令した。
「テリアモン、ランドラモンを抑えろ!」
「おっけー! プチツイスター!」
テリアモンが身体を回転させてランドラモンに体当たりする。
すると、ランドラモンは体勢を崩し、その隙にテリアモンがランドラモンを取り押さえた。
「ランドラモンは僕が押さえるから、急いで倒して!」
「うん! カラムモン!」
「いっけー! ヴォレモン!」
多樹と北斗は、零が作ってくれた隙を見逃さなかった。
「サンダービーム!」
「スフレ・バットル!」
二つの必殺技が、ランドラモンを直撃した。
ランドラモンは断末魔の叫びを上げ、光のデータとなって消滅した。
そして、哲志が持っていたダークヴァイスが砕け散る。
ランドラモンが消滅すると、地面が揺れ、
デジタルワールドの地下に飲み込まれていた人々が、次々と元の場所に戻ってきた。
哲志は、ダークヴァイスとランドラモンを失った事で、へたりと座り込んだ。
「そんな……。せっかく、嫌いな人を消せる力を手に入れたのに……。
どうして、僕は負けたんだ……!」
哲志の悲痛な叫びが路地裏に響く。
多樹は静かに、その隣にしゃがみ込んだ。
「哲志、そんな力、本当はいらなかったんだよ」
多樹は優しい声で語りかける。
「だって、消しちゃったら、もう二度と会えなくなるんだよ。
嫌な事を言われても、悲しい気持ちになっても、
それでも、嫌な事を言った人と仲良くなれるかもしれないし、
悲しい気持ちを分かってくれる人がいるかもしれない。
消しちゃったら、それも全部なくなっちゃうんだよ」
哲志は、多樹の言葉に顔を上げた。
「でも……僕の気持ちを誰も分かってくれないんだ!
いじめられる僕の辛さなんて、誰も知らない癖に……!」
「知らないよ! オレも、多樹も、母さんも、哲志の気持ちの全部なんて分かりっこない!」
北斗が哲志の前に立ち、まっすぐな目で言い放った。
「でもさ、気に入らないからって、どんどん人を消していったらどうなる?
哲志の周りには誰もいなくなるんだぜ? それで本当に嬉しいのか!?」
北斗の言葉に、哲志はハッとした。
哲志は、自分をいじめた人達の事しか考えていなかった。
もし、このまま力を使い続けていたら、大切な家族や、
友達になってくれるかもしれない多樹や北斗まで、消してしまっていたかもしれない。
「そんなはずはない……! お母さんは、僕を分かってくれない敵だ……!」
哲志は泣きながら叫び、母親の方を振り向いた。
しかし、哲志の目に映ったのは、自分を心配して駆けつけてくれた、涙を流す母親の姿だった。
母親はそんな哲志を優しく抱きしめた。
「ごめんなさい、哲志! お母さん、あなたの気持ちを分かってあげられなくて!
ノートにはたくさん、嫌な事を書いていいからね! 溜め込む必要はないからね!」
「お母さん……!」
哲志は、母親の腕の中で、大声で泣き出した。
多樹は、哲志の肩にそっと手を置いた。
「哲志、お母さんはちゃんと哲志の事を心配してくれてるんだよ。
本当に大切なのは、消す事じゃなくて、ちゃんと向き合う事なんだよ」
多樹と北斗の言葉が、哲志の心に深く響いた。
自分の孤独を埋めるためだと思っていた力が、
本当は自分をさらに孤独に追い詰めるものだったのだと、ようやく理解した。
哲志は、堪えきれずに嗚咽を漏らし、そのままその場に座り込んで大声で泣き出した。
多樹と北斗は、哲志と母親の和解を見届けた後、零に歩み寄った。
「零、ありがとう」
「別に、クラスメイトを見過ごせなかっただけだ」
零は素っ気なくそう答える。
しかし、その表情はどこか晴れ晴れとしていた。
「もしかして、ウィザードのやり方に反発してた?」
多樹が尋ねると、零は静かに頷いた。
「僕はただ、この世界がどうなるのか、見守りたかっただけだ。
でも、ウィザードのやり方はあまりにも度が過ぎている。こんなやり方は間違っていると思う」
「だったら、私達と……」
多樹の言葉に、零は少し考え込んだ。
「僕は……ウィザードの事はよく知っている。もし、君達が僕を必要とするなら協力してもいい」
零の言葉に、多樹と北斗は顔を見合わせた。
確かに、零の言葉は魅力的だったが、
零がウィザードと協力していた事を考えると、まだ簡単に信用する事はできなかった。
「ちょっと考えさせてくれるかな」
「……分かった」
多樹がそう言うと、零はその場を立ち去った。
「いつか、仲間になれるといいね」
「そうだな」
多樹と北斗は、零の後ろ姿を見つめながら、今後の事を話し合うのだった。
このお話は、ドラえもんの「どくさいスイッチ」を参考にしました。
気に入らない人を消し続けるといずれは孤独になるから、
「実は独裁者を懲らしめるためのひみつ道具」となっているのですね。