重い問題を扱っていくのは大変ですが、どうぞ見守ってください。
ヴァンデモンの事件の後、多樹達が抱くウィザードへの怒りはますます増していった。
デジモンを操り、人間を混乱に陥れる手口は、これまでの犯罪の中でも特に悪質だった。
しかし、事件を起こしている幹部が、どこを探しても見つからない。
組織の巧妙な隠蔽に、北斗の苛立ちはピークに達していた。
「くっそー! どこに幹部がいるんだよ!
ミシルもタイガも捕まえたってのに、一向にこのザマじゃあ、まるでモグラ叩きだ!」
「落ち着いて、北斗」
北斗は悔しそうに地団駄しようとするが、多樹がそっと彼の腕に触れて動きを止める。
零は冷静に、周囲を見渡した。
「幹部ではないにせよ、ウィザードに協力する者が後を絶たない。
つまり、ウィザードが多くの人間の欲望を刺激している証拠だ」
「そいつを潰さねぇ限り、イタチごっこは終わらねぇのか」
「うん。でも、その先に、きっと幹部がいるはずだよ」
そんな重い空気の中、多樹達は星海小学校に向かっていった。
そして学校の帰り道、多樹達にクラスメートの男の子・伊藤拓郎が声をかけた。
「あ、多樹、北斗、零! よかったら、うちに遊びに来ない?」
「拓郎! ちょうどいいね、暇だったし。北斗も零も行こう!」
「あ、ああ、そうだな」
「ゆっくり休むのは大切な事だしな」
多樹達が拓郎の家を訪ねると、三人は言葉を失った。
そこにあったのは、歴史を感じさせる門構えと、広大な庭を持つ巨大な日本家屋、
すなわち屋敷だったのだ。
「えっ、拓郎のお家って、こんなに大きかったの!?」
「まるで時代劇に出てくる建物みたいだね」
「へぇ……こりゃスゲェな。オレの研究所もデカいけど、風格が違うぜ」
拓郎は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「ふふ、まあ、ずっとここで暮らしてるからね。入って、入って!」
屋敷の一室は、広々としており、格式張った空気が漂っていた。
しかし、その格式とは裏腹に、部屋の中では三人の男が声を荒げて言い争っていた。
彼らは拓郎の伯父に当たる三兄弟だ。
「父さんが倒れて以来、この家の事業は停滞している!
長男である俺が継いで、すぐにでも立て直さなければ!」
「何を言うか。事業の数字なら次男のこのボクの方がよく分かっている。
お前なんかに任せて、家を傾けさせるつもりか」
「二人とも、くだらない。家の格式を守れるのは三男の私だけだよ。
君達は権力と金しか見ていない」
三者三様の主張に、多樹達は居心地の悪さを感じる。
拓郎の祖父で屋敷の当主・伊藤和久は、最近肝臓癌を患ったという。
そして今、誰に家督を継がせるのかを決めるという、重大な局面にあった。
「わあ……大変な時に来ちゃったね」
「目の前で争ってると、なんか見てられねぇな」
「おじいちゃん、凄く困ってるみたいだよ」
「でも……私達には関係なさそう」
多樹達が呆れて立ち去ろうとすると、
部屋の隅で様子を伺っていた拓郎の母、真紀が、そっと三人を呼び止めた。
「お母さん?」
「あ、どうしたんですか?」
「多樹さん、北斗君、零君、だったかしら? ごめんなさいね、こんなところを見せてしまって。
もしよかったら、少し相談に乗ってもらえないかしら?」
真紀は、兄達が争う様子に心を痛めていた。
友達の家族を放っておけない多樹達は頷いて、真紀の案内に従った。
真紀が奥の部屋へ多樹達を案内すると、厳重に封をした一枚の紙を取り出した。
「これは、父が書いた遺書です。
正式なものではないのですが、父の真意がここに書かれているんです」
真紀が手渡した遺書を、多樹は北斗や零と共に読む。
「喧嘩しかせず、権力しか見ず、自惚れているような者に、
自分が生涯をかけて守った家は渡せない。どうしても継ぎたいのならば、己を改めよ。
それができぬのならば、末の娘とその息子に継がせる」
遺書の内容を読み終えた三人は、思わず声を上げた。
「なるほど……拓郎のおじいちゃんは、最初からあの人達に継がせるつもりはなかったんだ」
「心から反省すればいいのに、気づかず、争っている」
「要するに、三兄弟がこのまま喧嘩し続けてりゃ、
おばさんと拓郎に家が転がり込んでくるって事か!」
真紀は、悲しそうな顔で頷いた。
「はい。ですが、兄達は父の真意に気づかず、
日に日に争いが激しくなるばかりで……もう、どうしたらいいか……」
多樹は、友達とその母親を助けたい一心で、一つの提案をした。
「私がこの遺書の内容を伝えてみます。
拓郎のおじいちゃんが何を考えてるかを分かれば、きっと争いを止めてくれるはず!」
多樹達は善意から、再び三兄弟が争う部屋へと戻る。
「あの、すみません、拓郎のおじいちゃんの気持ちがここに……」
多樹が、三兄弟に遺書を見せようとした、その瞬間。
長男の俊彦が、多樹の手から紙を払い除けた。
「黙れ、小娘! 我らの家督争いに、部外者が口を出すな!」
「邪魔する奴は許さない。この家を継ぐのは、ボクだ」
三兄弟は、多樹達の善意に聞く耳を持たなかった。
それどころか、彼らは腰のポケットから、見慣れた漆黒のデジヴァイスを取り出した。
それは、ウィザードが手渡したダークヴァイスだった。
「私は確実にこの家を継ぐ。そのために、この力は必要だよ」
三兄弟は、それぞれダークヴァイスを構える。
「来い、マッハモン!」
「来い、レッドベジーモン!」
「来い、レキスモン!」
デジタルゲートが開き、三体のデジモンが実体化する。
バイクのような体を持ち、高速移動を得意とするマッハモン。
全身が赤く熟した、狡猾なレッドベジーモン。
ウサギのような神秘的な佇まいのレキスモン。
「当主になりたいからウィザードに魂を売ったんだね……!」
多樹の瞳に、失望と怒りが混じる。
こんな愚か者が自分の息子だなんて、和久は悲しんでいるのだろう。
「まったく、バカばっかりだ。ならば、オレ達はもう容赦しねぇぜ!」
「拓郎、君は安全な場所に隠れてくれ。これは、君の家族の心を救うための戦いだ」
「うん! みんな、お願い!」
拓郎は真紀と共に部屋の奥へと避難した。
三体のデジモンは、その強大な力で部屋を破壊し始める。
屋敷を巻き込んでは大変な事になる。
「外に誘導するぞ! こんなとこで戦えるか!」
三人はデジモンと人間の争いを避け、
俊敏な動きで敵のデジモンを屋敷の外、広い庭へと誘導した。
「カラムモン!」
「ヴォレモン!」
「ガルゴモン!」
三人はデジヴァイスからパートナーデジモンを呼び出す。
カラムモンはマッハモン、ガルゴモンはレッドベジーモン、ヴォレモンはレキスモンに向かう。
これは、単なる力勝負ではない。
属性相性が勝敗を大きく分ける、戦略的な戦いだった。
カラムモンにとって、マッハモンとの戦いは有利だった。
マッハモンはバイクのような体で爆走し、土煙を上げながらカラムモンへ向かって突進する。
その速さは、カラムモンの目で追うのがやっとだった。
「速い! まるで雷光みたい!」
「フルスロットルエッジ!」
マッハモンはバイクの各所から刃を突き出し、カラムモンを斬り裂こうとする。
カラムモンは辛うじて宙を舞って攻撃をかわすが、身体の一部が引き裂かれる。
「無理しないで、動きを止めて!」
カラムモンは一対一の撃ち合いを避ける。
「分かってる! パラライズウェイヴ!」
カラムモンは細かい雷の嵐を発生させ、マッハモンの進路を封じた。
マッハモンは一瞬スピードを緩めざるを得ない。
その隙に、カラムモンは距離を取り、体勢を立て直す。
ガルゴモンにとって、レッドベジーモンは最も有利な相手だった。
「フヒ……フヒヒヒ!」
レッドベジーモンは、その陰険な性格そのままに、
近づくガルゴモンに対して、強烈な悪臭と毒素を帯びた息を吐き出す。
「うわっ、臭い! 僕のこだわりのジーンズに臭いがつくなんて許さないよ!」
ガルゴモンは一瞬怯むが、陽気な性格が一転、怒りの炎を燃やした。
そして、ガルゴモンは臭いなど気にせず、そのままレッドベジーモンの懐に突っ込む。
「流石ガルゴモン、汚い手には動じないようだな」
「ダムダムアッパー!」
ガルゴモンはレッドベジーモンに隙を与えず、
両腕のガトリングアームを突き上げてダムダムアッパーが炸裂。
強烈な一撃で、レッドベジーモンに致命的なダメージを与える。
「フヒイイイイッ!」
レッドベジーモンは悲鳴を上げて、庭の端へと吹き飛ばされた。
ヴォレモンにとって、レキスモンは有利な相手だった。
しかし、レキスモンはその素早い動きと、トリッキーな必殺技でヴォレモンを翻弄する。
「ムーンナイトボム!」
レキスモンは両手のムーングローブから、催眠効果のある水の泡を投げつけた。
泡は夜空の月のように美しいが、触れれば眠ってしまう危険な攻撃だ。
「ミーを眠らせるなど、無礼ざんす! スフレ・バットル!」
ヴォレモンは巨大な翼を一閃し、暴風を巻き起こして水の泡を吹き飛ばす。
その威力は、レキスモンが空高く跳躍しても届くほどだった。
「ヴォレモン、一気に叩け!」
「了解ざんす! プリューム・タンペット!」
ヴォレモンは暴風でレキスモンの動きを鈍らせると、羽根の矢を乱射した。
「これで終わりざんす!」
「そうはいかないよ! ムーンナイトキック!」
レキスモンは急降下キックで反撃を試みるが、ヴォレモンの矢がその翼を掠める。
強力な一撃を受けたレキスモンは、体勢を崩して地面に激突した。
三体のデジモンが、それぞれ一進一退の攻防を繰り広げている中、
カラムモンが最後のチャンスを掴んだ。
「マッハモン、これで終わりだよ! サンダービーム!!」
パラライズウェイヴで動きの鈍ったマッハモンに、
カラムモンは全電力を集中させたビームを放つ。
マッハモンは強力なビームの直撃に耐え切れず、動きを止めた。
「馬鹿な……マッハモン!」
「レキスモンまで!」
「うぁぁぁぁぁ! レッドベジーモン!!」
三体のデジモンは、敗北と共にデータの光となって消滅した。
三兄弟のダークヴァイスは、その力を失ってしまった。
戦いが終わると、多樹達は屋敷へと戻り、当主である和久の元へ向かった。
病床に伏せていた和久は三兄弟がデジモンを呼び出してまで家督を争ったという報告を聞くと、
激しく咳き込みながらも、怒りを露わにした。
「……この家を、悪しき力を使ってまで手に入れようとしたのか。
この期に及んで、遺書の真意を理解しようとしないとは」
俊彦、裕介、晃平の三兄弟は、床に座り込み、顔面蒼白になっていた。
彼らはデジモンの力を失った今、ただの醜い欲に塗れた人間でしかなかった。
「多樹君達、ありがとう」
「どういたしまして」
和久はお礼を言った後、真剣な表情でこう言った。
「では、お前達の相続権を剥奪する!」
和久の決断は早かった。
欲望に飲み込まれた人間に、家督を継がせる気など毛頭なく、三兄弟は当主失格だという。
「お、お父さん! お待ちください!」
「……そんな、嘘は言わないでください!」
「父上……どうか、考え直して!」
三兄弟の懇願は、和久の心には届かない。
ウィザードに魂を売ったのだから、当然だろう。
「この家は、末娘の真紀と、孫の拓郎に継がせる。
彼らは、家を継ぐ事よりも、目の前の人々の心を救う事を選んだ。
それが、私が生涯守りたかった、この家の道徳だ」
こうして、伊藤家の次期当主は、真紀とその息子である拓郎に決まったのだった。
拓郎は安堵と喜びに満ちた表情で、多樹達に深く感謝した。
「みんな、本当にありがとう! 僕、頑張るよ!」
「これからも一緒に学校で勉強したり、運動したりしよう」
多樹達は拓郎を励まし、屋敷を後にした。
ウィザードは、人間の心に巣食う欲望を燃料にして、その勢力を広げている。
デジモンを倒すだけでは、人間の心の闇は消えない。
「ウィザードを倒すとは、すなわち人々の心の闇と戦う事だ」
多樹達は、ウィザードがバルバモンと結びついている事を改めて悟り、
より深い決意を胸に、次の戦いへと向かうのだった。
デジモンアストリアのテーマは「欲望」。
これを中心に書いていきたいです。