私は欲しいものがたくさんあるのですが、今は計画を立てて買うようにしています。
「はぁ~……もう嫌だ……。物価が上がったのに、給料が上がらないなんて……」
そう言って溜息をついているのは、株式会社黒原で働いている男性だ。
彼は、入社した時点では働く事に誇りを持っていたが、企業の闇を見て心が荒んでしまった。
「おい! 真面目に働いてるのか!? 働かないと給料を減らすぞ!」
「……元々上がってない癖に」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないよ」
彼は上司の冷たい声に萎縮し、再びキーボードを叩き始めた。
株式会社黒原の社長は利益を上げるためなら手段を選ばず、社員達に過酷な労働を強いていた。
文句を言おうものなら、即座に「賃金を減らす」「仕事がないなら辞めろ」と脅すほどの、
典型的なブラック企業だった。
そのため、社員の不満や疲労はピークに達していたが、生活のため、誰も声を上げられない。
そのストレスが、社の暗い空気に澱のように溜まっていた。
その頃、多樹達はいつものように星海小学校で授業を受けていた。
平和な日常と、オフィス街の暗闇は、まるで別世界のようだった。
「ふぅ、今日の算数、難しかったね」
「オレは余裕だぜ! さて、帰ってゲームでもすっか!」
「北斗、宿題を忘れてはいけないよ」
やっと作業時間が終わった頃、例の男性は重い体を引きずって会社を出た。
時刻はもう夕暮れ時。
辺りには人気がなく、オフィスビルの明かりだけが虚しく輝いていた。
男性はふと、近くを流れる川のほとりに立ち止まった。
「このまま、誰からも評価されずに、無駄な人生を送るのか……」
彼は深く沈み込み、ついにあの言葉を口に出した。
「もう嫌だ……川に身を投げたい……」
「駄目だよ!」
その瞬間、彼の背後から少女が声をかけた。
驚いて振り返ると、そこには学校から帰ってきたらしい多樹、北斗、零の三人の姿があった。
彼らは偶然、男性の様子と、その言葉を聞いてしまったのだ。
「あんた、何言ってんだよ!」
「命を粗末にするな!」
多樹と零は男性に近づき、川に身を投げようとした男性を必死で止める。
男性は顔を覆い、しゃがみ込んでしまった。
「何があったのか、話してくれませんか?」
「オレ達で力になれる事があるかもしれないからな」
北斗が男性から事情を聴くと、彼は堰を切ったように、会社での過酷な労働、不当な低賃金、
そして社長の非道な言動の全てを話し始めた。
話を聞き終えた北斗は、怒りで体が震えていた。
「……ふざけるな。社員の命をなんだと思ってるんだ!」
「自分の利益のためだけに、他人の人生を踏みにじるなんて……!」
間違いなくウィザードが関わっているだろう。
ならば、阻止しなければならないと多樹達は決意した。
「決めたぜ! オレ達が、その黒原を叩き潰してやる!」
「待て、北斗。暴力はダメだ。法と正義で裁くべきだ」
「そうだね。このブラック企業の裏には、きっとウィザードが関わってるよ」
その夜遅く、多樹達はこっそり株式会社黒原のビルへと侵入した。
もちろん、多樹達は親にあらかじめ許可は取ってある。
彼らは、パートナーデジモンをデジヴァイスの中に待機させ、慎重に社長室へと向かった。
社長室のパソコンを零が解析すると、すぐに恐るべき真実が浮かび上がってきた。
「やっぱり……。この社長は、売上を優先するために強引な手段を取っているどころじゃない。
競合他社のシステムにウィルスを仕掛けたり、顧客データを不正に操作したり……」
「酷い……」
零の言葉に、多樹はそうとしか言えなかった。
「そして、これは……」
「何か見つけたの、零?」
多樹の言葉に、零が頷く。
零が見つけたのは、多額の裏金の存在を示す証拠だった。
その裏金の一部が、ウィザードへと流れているらしい。
「汚い……もう、見たくない……」
「目を逸らすな、多樹。不正をしたのは事実だから」
多樹達は、その証拠データをフラッシュメモリにコピーした。
これで、社長の悪事を世間に晒す事ができる。
「お前達、何をしている!」
その時、突然社長室のドアが開いた。
多樹達の侵入に気づいてしまったのだ。
社長は慌てる様子もなく、むしろ獰猛な笑みを浮かべていた。
「まさか、こんな夜更けに、ネズミが入り込んでいるとはな! 容赦しないぞ!」
社長は懐から、禍々しい輝きを放つダークヴァイスを取り出した。
やはり、彼はウィザードに魂を売った人間だった。
「お前達、私の財産を覗き見た罪は重い。償ってもらうぞ!」
社長はダークヴァイスを操作し、デジモンを呼び出した。
部屋の中央に、幽霊のようなデジモン、オボロモンが姿を現す。
「フフフ……拙者、お主らの首をいただくでござる!」
「早く逃げて! 安全な場所に隠れて!」
多樹は、通路で待機させていた男性に大声で叫んだ。
男性が驚きながらも指示に従い、奥へと下がっていく。
多樹達もパートナーデジモンを呼び出した。
「オボロモンなんて、怖くないんだから!」
「こ、これが完全体デジモンざんすか……!」
「完全体か……だけど、僕達は負けない!」
ビルの中では戦えないため、多樹達はデジモンに指示を出し、
夜の誰もいないビルの屋上へとオボロモンを誘導した。
「カラムモン、電撃で動きを封じて!」
「ガルゴモン、属性相性は有利だ! 一気に懐に入れ!」
「ヴォレモンは支援だ! スフレ・バットルで攻撃の軌道をずらせ!」
オボロモンは、カラムモンら成熟期デジモンの動きを上回っていた。
多樹達は何とか、パートナーデジモンに指示を出す。
「拙者の相手など、分不相応でござる! 千万ノ太刀!」
オボロモンは刀から激しい斬撃を放つ。
その刀は脆く折れやすいが、折れるたびにすぐさま新しい刀が生えてくるため、
攻撃は途切れる事がない。
「サンダービーム!」
「そんなものは効かぬ!」
カラムモンはオボロモンとの属性相性は有利ではない。
電撃はオボロモンを貫くが、
オボロモンはまるで痛みを感じていないかのように、再び立ち上がった。
「嘘……。わたしの攻撃が全然効いてない……」
「お主をこの刀で切り裂くでござる!」
逆に、オボロモンは首に巻いたスカーフ『幽玄』を変幻自在に操り、
カラムモンを捕縛しようと襲いかかる。
「スフレ・バットル!」
ヴォレモンの風はオボロモンの斬撃を一時的に押し戻すが、体力を消耗していく。
「弱き風で拙者の炎を消す事はできぬ! 羅焼門!」
オボロモンが下半身の鬼火を分離させ、広範囲を炎で灼く。
屋上全体が炎に包まれ、多樹達とデジモンは防戦一方となった。
「まずい! このままでは完全に焼き尽くされる!」
「こうなったら、ガルゴモンに全てを賭けるしかない!」
「もう、こんな奴らが仕掛けた戦いに、負けたくない!」
炎の嵐の中でガルゴモンが叫んだ。
そして、ガルゴモンは炎を避けながら、両腕のバルカンを乱射し、オボロモンを牽制する。
オボロモンは怒り、幽玄でガルゴモンを巻き付き捕縛しようとした。
「愚か者め! 拙者の獲物になるが良い!」
ガルゴモンがオボロモンに捕縛される直前、北斗の指示が響いた。
「今だ! 潜り込め、ガルゴモン!」
ガルゴモンは驚異的な脚力で一気にオボロモンの懐に入り込み、身体を反転させた。
「ダムダムアッパー!」
下から上へと、渾身の力を込めたガトリングアームの突き上げが、オボロモンに直撃した。
ワクチン種の強力な打撃は、ウィルス種のオボロモンに決定的なダメージを与えた。
「……馬鹿な。拙者が敗れるとは……」
オボロモンは断末魔の叫びと共に、光のデータとなって消滅し、
社長のダークヴァイスは機能を停止した。
「はぁ、はぁ、勝った……」
多樹達は息を切らしながら、オボロモンが消え去った屋上を見上げた。
しかし、勝利の代償は大きく、屋上は炎と斬撃の跡で派手に荒れていた。
「派手にやっちゃったなぁ……。どうしよう?」
隠れていた男性が恐る恐る出てきて、荒廃した現場を見て呟いた。
「むしろ派手にやった方がいいと思うぜ。この会社も痛い目を見るかもしれないからな」
「そうだね。この証拠と屋上の状況が社長の悪事とウィザードとの繋がりを証明してくれるから」
多樹は、零がコピーしたフラッシュメモリを握りしめ、力強く頷いた。
その後、多樹達は警察と関係機関に匿名で証拠を提出した。
そして、北斗の言う通り、派手に荒れた屋上と、
社長室に残されたダークヴァイスの残骸が決定的な証拠となり、
株式会社黒原の社長は解任され、不正の責任を問われる事となった。
後任の新しい社長は、以前の非道な経営方針を反省し、給与体系の見直し、
休憩時間や有給休暇を増やすなど、社員の待遇を大幅に改善したという。
数日後、川のほとりで会った男性が、多樹達にお礼を言いに来た。
彼の顔には、以前のような疲れと絶望の色はなく、清々しい笑顔があった。
「ありがとう。あなた達のおかげで、もう一度、働く事に誇りを持てそうです」
多樹達は、今回の事件で、正義の力が現実世界をも変える事ができると確信したのだった。
しかし、零の表情は固いままだった。
「社長は逮捕されたが、ウィザードの幹部は、またも姿を現さなかった……」
ウィザードの陰は、着実に彼らの周囲に迫っていた。
次回はウィザードの幹部を探すために奮闘します。