次の日、多樹は親友の明日香に、昨日起こった出来事を話した。
今、二人は星海小学校に登校しようとしている。
「昨日は変な一日だったよ。デジモンなんてもういないはずなのに」
転校生、デジモンの襲来、パートナーデジモンとの出会いで、多樹の日常は一変した。
多樹の言う通り、現実世界とデジタルワールドの繋がりは完全に断ち切られたはずだ。
それなのに、街をデジモンが襲って、多樹と北斗はパートナーデジモンと出会った。
「デジモン? 何、それ」
「覚えてないの?」
「うん」
親友の明日香が襲撃を覚えていない事に、多樹は疑問を抱く。
「どうしたの、多樹?」
「わっ、スプライモン!」
「何? 誰と話してるの?」
「明日香、何でもないよ。こっちの話だから。それじゃあね」
その時、多樹のデジヴァイスの中からスプライモンが声を出す。
もちろん、明日香にスプライモンの声は聞こえない。
多樹は明日香に心配をかけないためにと、早足でさっさと小学校に向かった。
「まったく、多樹は変な子」
一足先に席に着いた多樹は、スプライモンと改めて話をした。
周りに誰もいない事を確認し、多樹はスプライモンにこう言った。
「昨日のあの出来事を、どうして明日香は覚えてなかったの?」
「知らないの? 多樹は特別な子供の一人なんだよ。
それ以外の人は、デジモンの事件が解決すると、その事件の出来事をすっかり忘れちゃうの」
「そっか、だから明日香は何も知らなかったんだね」
スプライモンによれば、デジモンが現実世界で起こした事件が解決するとリセットされ、
デジモンが破壊したものや怪我を負わせた人は元に戻るという。
もちろん、記憶も残らないが、多樹のような特別な子供には当てはまらないという。
(私が特別な子供だなんて、信じられない)
多樹は信じられないといった表情をしていた。
今まで、デジモンと無縁に過ごしていたはずなのに、自分が特別な子供だなんて。
これが親に知られたらどうなるのか、多樹は心配でたまらなかった。
事件の記憶は消えるが、特別な子供だと親が知ると、恐らくは多樹を戦いに出さないだろう。
「じゃあ北斗も特別な子供なの? パートナーデジモンが選んだんだから」
「多分、そうかもしれないね」
多樹はスプライモンとの会話を終え、ほっと一息ついた。
昨日からの衝撃的な出来事の連続で、頭の中がぐるぐると渦巻いている。
黒板に書かれた漢字をぼんやりと見つめながら、多樹は改めて自分の状況を考えていた。
平穏だった日常は、突如現れたデジモン達によって、音を立てて崩れ去ったのだ。
その時、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。
朝のホームルームの時間だ。
担任教師が教室に入ってくると、多樹は慌ててデジヴァイスをランドセルの中に隠した。
「みんな、おはよう!」
いつもの元気な声で先生が挨拶をする。
クラスメート達も返事をしながら、各々が席に着いていく。
多樹は、自分の隣の席が空いている事に気づいた。
北斗がまだ来ていないようだ。
(遅刻かな……)
多樹がそんな事を考えていると、バタバタと慌ただしい足音が教室の入り口から聞こえてきた。
「はぁ、はぁ……間に合った!」
息を切らしながら教室に飛び込んできたのは、北斗だった。
北斗の顔は少し汗ばんでいて、いつもより髪が乱れている。
「星野、遅刻だぞ」
先生が呆れたように言うと、北斗はへらっと笑って頭をかいた。
「すみません、先生! ちょっと、寝坊しちゃって……」
そう言いながら、北斗は多樹の隣の席へと向かってくる。
北斗の顔には、昨日、デジモンと戦った事や、
パートナーデジモンと出会った事に対する戸惑いは一切見られない。
むしろ、何だか楽しそうな、ワクワクしたような表情をしている。
北斗が席に着くと、多樹はこっそりと北斗の方に体を傾けた。
「ねぇ、北斗。昨日の出来事、ちゃんと覚えてる?」
多樹が小声で尋ねると、北斗は多樹の顔を覗き込んで笑った。
「もちろんだぜ! デジモンが現れて、オレ達がそいつらをやっつけたんだろ?
スプライモンもフルーモンも、すっげー強かったしな!」
北斗の言葉に、多樹は安堵の息を漏らした。
自分一人だけがこの現実を知っているわけではない事に、小さな安心感を覚えたのだ。
北斗は自分のデジヴァイスが隠されたポケットをポンと叩いた。
彼の瞳には、昨日の出来事に対する驚きよりも、
むしろこれから始まるかもしれない冒険への期待が輝いているように見えた。
(北斗も、本当に特別な子供なんだ……)
多樹は信じられないといった表情をしながらも、目の前の現実を受け止めるしかなかった。
小学校の朝の喧騒の中、二人の「特別な子供」は、誰にも知られる事なく、
新たな日常の始まりを感じていた。
こうして授業が終わり、多樹と北斗は自宅に帰ろうとしていた。
しかし、多樹は浮かない顔をしていて、北斗はそんな多樹を見ながらこう言った。
「どうしたんだよ、多樹? 元気がないな」
「お母さんにこの事がバレないか、心配だよ」
スプライモンの言う通り、デジモンの事件を解決すれば記憶は消える。
しかし、デジヴァイスが消えるわけではなく、ずっと隠し事をし続けるわけにはいかない。
親が認めるかどうか、多樹は心配だった。
「お母さん? 父さんはいないのか?」
「私が9歳の時に離婚したんだ」
「な、何だと!?」
北斗は多樹の家庭事情を知って驚いた。
多樹の両親は元々パートナーデジモンを連れていた特別な子供だったが、
七大魔王デジモンの一体・バルバモンに
母親のパートナーデジモン・ホーリーエンジェモンが邪悪化させられ、
やむを得ず父親のパートナーデジモン・ドウモンがデリートした過去を持つ。
妻のパートナーデジモンを失った父親はウィルス種デジモンを憎むようになり、
復讐のために行動するようになったが、母親はそんな父親を認められず離婚した。
幼い多樹に両親の離婚はトラウマだったらしく、
周囲との関わりを避ける内向的な性格になってしまった。
「多樹……オレからは何も言えねぇよ……」
北斗は多樹と正反対に、円満な両親と、友人のように仲が良い姉がいる。
そんな彼は、多樹にどうこう言える立場ではない。
仮に何か言ったとしても、多樹を傷つけるだけだと、北斗は北斗なりに何も言わなかった。
「ごめんね、家庭の事情を言っちゃって」
「いや、ずっと溜め込んでも爆発するだけだろ。絶対に内緒にするからな」
「約束は守ってね」
「もちろんだぜ!」
北斗の裏表も屈託もない笑顔に、多樹はほっと胸を撫で下ろした。
北斗と別れた多樹は、重い足取りで自宅へと向かった。
心には、デジヴァイスの事、そして両親の離婚という過去がのしかかっている。
母親の鳥絵にこの事が知られたら、どうなってしまうのかという不安が大きかった。
多樹が自宅に着き、玄関のドアを開けた途端、甘い香りが漂ってきた。
「ただいま」
多樹が声をかけると、奥から優しい声が聞こえてきた。
「おかえりなさい、多樹。あら、今日は帰りが少し遅かったわね。何かあった?」
エプロン姿の鳥絵が、ふわりとした笑みを浮かべて顔を出した。
黒のショートヘアで、柔らかな雰囲気を持つ女性だ。
多樹とよく似た目元をしているが、その瞳には常に穏やかさと、深い愛情が宿っている。
「ううん、別に何も。ちょっと、友達と話してただけ」
「そう」
多樹は慌ててデジヴァイスをランドセルの奥に押し込んだ。
鳥絵は少し目を細めたが、それ以上は詮索せず、多樹の頭をそっと撫でた。
「何かあったら、いつでもお母さんに話すのよ」
そう言いながら、鳥絵は多樹の顔をじっと見つめる。
優しいだけではない、母親特有の鋭い洞察力が、
多樹の隠し事を見透かそうとしているかのようだ。
鳥絵の心配性の性格は、多樹にとっては時に重荷になる事もあるが、
それも全て娘への深い愛情だと多樹は理解していた。
「うん、分かってる」
多樹はぎこちなく頷き、ランドセルを背負ったまま自分の部屋へ駆け込んだ。
部屋に入るとすぐに、デジヴァイスを机の引き出しの奥に隠し、ベッドに倒れ込んだ。
(お母さんに知られたら、きっと心配して外に出させてくれなくなる。
デジモンと関わるなんて、絶対に許してくれない……)
多樹の頭の中で、母親の悲しそうな顔がちらついた。
かつてパートナーデジモンを失い、深い傷を負った母親だからこそ、
多樹がデジモンに関わる事を猛反対するだろう。
自分もまた、母親と同じ辛い経験をする事になるかもしれない。
多樹は、重くのしかかる現実に、胸の奥が締め付けられるのを感じていた。
「うわぁぁぁぁぁーっ!!」
その時、家の外から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「な、何!?」
「ちょっと、多樹!」
多樹が脇目も振らずに急いで玄関を出て、声のした方に走ると、
パンツスタイルのボーイッシュな女性が、ガラの悪い男に襲われていた。
男は女性に近づいて酷い事をしようとしていた。
「や、やめてよ……!」
「女の癖に男みたいな格好をしやがって。でもそれがイイんだよなぁ」
女性は何とか男を追い払おうとしていたが、男はニヤリと笑って奇妙な装置を取り出した。
「いいのかぁ? 俺のデジモンで、お前のスマホをバキバキに壊すぜ?」
スマホを壊すと脅されたら、否が応でも従うしかないと女性は思った。
そんな事はプライドが許さなかったものの、デジモンを持っていない女性に、
デジモンを従えている男に勝てるはずがなかった。
「ちょっと、やめてくれない! 女の人を男が襲うなんてよくないよ!」
多樹は女性を助けようと、男に向けて強く叫んだ。
すると、男は多樹を睨みつけ、多樹は怯みそうになるが何とか耐える。
「なんだ? お前、やろうってのか?」
「やるよ! 私にもデジモンがいるから!」
多樹はそう言って、デジヴァイスを構える。
すると、男は奇妙な装置を使い、多樹の目の前にクワガーモンを呼び出した。
クワガタの姿をしたウィルス種のデジモンだ。
「こいつでお前のデジモンをぶった切ってやるぜ」
「くっ……」
多樹のパートナーデジモン、スプライモンはクワガーモンを見て身震いする。
「こいつはウィルス種だから、データ種のわたしには分が悪い。逃げて警察に連絡した方が……」
「ううん、逃げないよ。ここで逃げたら、負けを認めたのと同じだから」
多樹の瞳に、強い光が宿る。
守りたい人がいる、という思いが、多樹を奮い立たせた。
「ライトニングボルト!」
多樹の指示が飛ぶと同時に、スプライモンは小さくても力強い電撃を放ち、
クワガーモンに突進した。
だが、クワガーモンの甲殻は想像以上に硬い。
電撃は弾かれ、クワガーモンはびくともしない。
「無駄だぜ!」
「シザーアームズ!」
クワガーモンが自慢の巨大な鋏を振りかざし、スプライモンに襲い掛かる。
その一撃はあまりにも速く、スプライモンは紙一重でかわしたが、
その風圧で大きく吹き飛ばされた。
「スプライモン!」
多樹は叫んだ。
スプライモンは辛うじて体勢を立て直したが、息が荒い。
クワガーモンは追撃の手を緩めず、再び鋏を振り下ろす。
スプライモンは必死で避けるが、徐々に追い詰められていく。
「くっ……このままじゃ……!」
多樹は歯を食いしばる。
スプライモンの必殺技「エレクトシールド」を使えば防御はできるが、
このパワー差ではすぐに破られてしまうだろう。
多樹の額に冷や汗が流れる。
あのクワガーモンは、昨日戦ったゴブリモンとはまるで格が違う。
スプライモンの身体が、クワガーモンの鋏に挟み込まれそうになった、その時だった。
「そこまでだぜ!」
聞き覚えのある声が響き渡った。
同時に、黒い影が空から舞い降り、クワガーモンとスプライモンの間に割って入る。
「クソ野郎はミーが相手ざんす!」
現れたのは、北斗と、そのパートナーデジモンであるフルーモンだった。
フルーモンは、クワガーモンの目の前で翼を広げ、堂々と立ちはだかる。
「北斗!」
多樹は驚きと安堵の声を上げた。
北斗は多樹の隣に立ち、力強く頷く。
「遅れて悪かったな、多樹! ちょうど通りかかったんでな! フルーモン!」
「承知ざんす! ヴァン・ド・クロウ!」
フルーモンが素早く動くと、風の刃をクワガーモンの甲殻に次々と叩きつける。
クワガーモンは呻き声を上げ、たまらず後ずさった。
「テメェ、どこから湧いてきやがった!」
男が焦ったように叫ぶ。
だが、北斗は不敵に笑い、デジヴァイスを構えた。
「行くぜ、フルーモン!」
「トルビヨン・エペ!」
フルーモンが高速で回転し、巨大な旋風を巻き起こした。
その風はクワガーモンを巻き込み、視界を奪う。
クワガーモンが体制を崩した隙を逃さず、スプライモンが電撃をチャージする。
「今だよ、スプライモン!」
「おっけー! ライトニングボルト!」
フルーモンの旋風の中から最大出力の電撃が、無防備になったクワガーモンに直撃する。
クワガーモンの硬い甲殻も、二体のデジモンの連携攻撃には耐えられなかった。
電撃と旋風にまみれたクワガーモンの体がぐらりと揺れ、やがて光のデータとなって消滅した。
「な、なんだと……! 俺のクワガーモンが……!」
男は信じられないといった表情で、目の前の光景を呆然と見つめていた。
デジモンがデリートされた事を悟ると、男の顔はみるみるうちに青ざめていく。
「くそっ! 覚えとけよ!」
男はそう吐き捨てると、一目散にその場から逃げ出した。
その時、奇妙な装置を落とした事に、多樹と北斗は気づいた。
「これで大丈夫……だね」
「やったな!」
男が逃げ去った後、多樹は安堵の溜息をつく。
隣では、北斗が得意げな表情をしている。
「大丈夫ですか!?」
多樹が声をかけると、襲われていたボーイッシュな女性は、
まだ震えながらもゆっくりと顔を上げた。
「あ、あなた達が……助けてくれたの?」
女性の目には、恐怖と同時に多樹と北斗に対する驚きと感謝の念が入り混じっていた。
無事に女性を助ける事ができ、多樹の胸に、じんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。
「同じ女性として、どうしても放っておけなくて」
「もう大丈夫だぜ。後は警察が捕まえるはずだからな」
「あ……ありがとう……!」
女性が感謝の言葉を述べると、多樹と北斗は笑みを浮かべた。
しばらくして、北斗は男が落とした装置を拾う。
その装置は、戦いの反動で壊れていた。
「クワガーモンと戦う時に使っていたみたいだけど……一体、どんな装置なのかな?」
「とりあえず、父さんと母さんと姉ちゃんに見せよう」
「北斗の家ってどこにあるの?」
「決まってるだろ! デジモン研究所だよ!」
バルバモンはアニメデジモンに出ていないので、入れました。
いずれは多樹の因縁の相手になるでしょう。