デジモンアストリア   作:アヤ・ノア

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アストリア最終章「デジタルワールド編」突入です。
多樹達はついにデジタルワールドに行きますが……。


第40話 デジタルワールドへ

「うぅっ……ここは、どこ……?」

 

 激しいデータの渦と、アイリアの呪詛めいた叫び声が消え去って、

 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 多樹の意識は、重く冷たい水底から引き上げられるように、ゆっくりと浮上した。

 

 目を開くと、まず感じたのは、

 身体を包む柔らかな感触と、鼻腔をくすぐる温かい木の香りだった。

 あの恐ろしい瞬間から、僅か5分。

 多樹はぜいぜいと浅い呼吸を繰り返しながら、自分が見知らぬ場所にいる事に気づいた。

 

 辺りを見渡すと、そこは丸太や藁で組まれた、暖かみのあるログハウス風の建物だった。

 壁には奇妙な紋様が彫ってあり、窓からは柔らかな夕暮れのような光が差し込んでいる。

 

 そして何より、多樹が安堵したのは、傍らに二人の少年がいたからだった。

「北斗! 零!」

 多樹のすぐ隣に、北斗と零が、

 同じく藁のような素材でできた大きなベッドの上に横たわっていた。

 二人ともぐっすりと眠っているようで、

 激しい戦闘を潜り抜けた疲労が、彼らの顔にはっきりと刻まれていた。

 彼らは、あの最後の瞬間も、はぐれずに多樹と共にいたのだ。

「無事でよかった……」

 二人が無事なのを確認した多樹は安堵の溜息をつく。

 しかし、次の瞬間、ある重要なものが視界に入らない事に気づき、心臓が跳ね上がった。

「デジヴァイスは……? カラムモンは?」

 多樹は慌てて自分のポケットや、横にいる北斗や零の服の周りを手で探るが、

 愛用のデジヴァイスはどこにも見当たらない。

 シュテンモンとの戦いでブースト機能は壊れてしまったが、

 それでも多樹とカラムモンを繋ぐ大切な命綱だった。

「ど、どうしよう! あれがないとカラムモンが……!」

 多樹がパニックになりかけたその時、コツ、コツと、杖をつくような小さな音が近づいてきた。

 入口の影から現れたのは、

 小さな身体に大きな肉球がついた杖を持った、年老いたデジモンだった。

 丸い体躯には優しげな笑みが浮かんでいる――ジジモンだ。

 

「お主は誰じゃ? 突然、天から降ってきて、大層な騒ぎを起こしてくれたのう」

 突然の問いかけに、多樹はパニックで言葉を失った。

 ここはどこなのか、デジヴァイスはどこなのか、カラムモンはどこへいるのか、

 多樹はそれらに困ってパニックになっていた。

「あ、あの……わ、私は……」

 言葉が出てこない多樹の様子を見て、ジジモンは優しく目を細めた。

「ふむ、急にここに来たのも無理はないじゃろう。何も心配する事はない。

 ここは、全てのデジモンが生まれる場所……はじまりの街じゃ」

 ジジモンの言葉に、多樹はハッと息を飲む。

 この場所は、アイリアの策略によって町が取り込まれた、デジタルワールドだというのか。

「つまり……私達は……」

 混乱と疲労が限界に達した多樹の言葉を遮るように、ジジモンは杖を静かに床に打ち付けた。

「お主は大変疲れているようじゃな。顔色も優れん。何も考える必要はない。

 しばらく、ゆっくりと休んでいるがよい」

 ジジモンの声には、不思議な安心感があった。

 これ以上、戦う必要がないという安堵が、多樹の全身から力を奪っていく。

 

「……ありがとうございます」

 多樹はジジモンに精一杯の感謝を伝え、再び柔らかな藁のベッドに身を沈めた。

 デジヴァイスの行方も、町の運命も、今は全てを忘れて、多樹は深い眠りに落ちていった。

 ジジモンの見守る中、多樹の心身はようやく休息を得た。

 

 三人が深い眠りについてから、およそ30分後。

 多樹は、誰かの大きな寝息と、隣の北斗が寝返りを打つ音で目を覚ました。

 頭の奥に残っていた鈍い痛みが引いている事に気づき、多樹はゆっくりと身体を起こした。

 

「んー……」

 ほぼ同時に、隣に寝ていた北斗が大きな欠伸と共に目を開け、

 その隣で零も静かに瞼を持ち上げた。

「うおっ! びっくりした! ここ、どこだよ……って、多樹と零じゃねぇか!」

「……僕達は、あのデータ処理施設にいたはずだ」

 零は冷静に状況を把握しようと、体を起こした。

 その時、多樹はジジモンから聞いた話を思い出し、静かに二人を見つめた。

 そして、ゆっくりと多樹は口を開いた。

「あのね、北斗、零。ここは、はじまりの街なんだって。デジタルワールドにある、全てのデジモンが生まれる場所なんだよ」

「は? はじまりの街? ふざけんなよ!

 じゃあ、オレ達、本当にデジタルワールドの中にいるって事か!?」

 北斗はベッドから飛び起きて、慌ててズボンのポケットを探った。

「デジヴァイスがねぇ! オレのデジヴァイスがねぇぞ!」

「僕のデジヴァイスもない。

 この場所の構造、デジヴァイスの反応が完全に途絶えている事から、

 ここは現実世界ではない事を実感せざるを得ないね」

 零もまたデジヴァイスがない事を確認し、多樹の言葉を裏付けるように頷いた。

 

 しばらくすると、コツ、コツという杖の音と共に、ジジモンが再び小屋の中へ入ってきた。

「おお、起きたようじゃな、若い衆よ。体は休まったか?」

「はい。ありがとうございます、ジジモン」

 ジジモンは多樹達を丸い目で見つめ、ゆっくりと語り始めた。

「わしはジジモン。このはじまりの街を管理しておる。

 その様子じゃと、お主らは、己の意思ではなく、

 事故でこのデジタルワールドに送り込まれてしまったようじゃな」

「はい……そうかもしれません」

 多樹の言葉に、ジジモンは深く頷いた。

「ふむ……どうやら、一つの町が丸ごと、デジタルワールドに取り込まれたようじゃ。

 現実世界とデジタルワールドの境界が、崩壊してしまったようじゃ」

「それは、アイリアという悪い人の仕業です。

 アイリアが、私達の町をデジタルワールドに取り込んだんです!」

 多樹は慌てて、ウィザードの幹部が企てた事を説明する。

「ふむ……」

 ジジモンは肉球のついた杖を顎に当てて唸った。

「デジタルワールドの悪影響が、遂にこれほど大規模に現実世界にも及んだとはな。

 世界のバランスが崩れておる」

「だったら、お前が何とかしろよ。お前、この街の管理者なんだろ!」

 北斗は、自分達が町ごとデジタルワールドに連れてこられた怒りと不安を、

 ジジモンに向けてしまった。

 多樹は慌てて北斗を制する。

「ごめんなさい! 北斗、落ち着いて!」

 多樹はすぐにジジモンに深々と頭を下げて謝罪した。

 しかし、ジジモンは気に留める様子はなかった。

「気にするでない。

 わしの役目は、デジモンの命を育み、このはじまりの街を守り、管理する事じゃ。

 外の世界の争いには、わしは出られん。

 わしがここを離れると、世界の秩序が乱れてしまうからの」

 ジジモンの言葉に、北斗も零も、

 その役割の重要性を理解し、それ以上責め立てる事はしなかった。

「分かりました。ところで、僕達のパートナーデジモンはどこにいるんですか?

 デジヴァイスもありませんのに」

 零の質問に、ジジモンは機嫌が良さそうに言った。

「ああ、心配せずともよい。お主らのデジモンは、既にここの外に出ておるぞ。

 お主らが目覚めるのを待っておるようじゃ」

 多樹は、胸に込み上げる安堵と喜びに、感謝の気持ちを伝える。

「ありがとうございました、ジジモン」

 多樹、北斗、零は、藁のベッドから降り、ジジモンに一礼して小屋を出た。

 

 小屋の外は、先ほど見たような夕暮れの光が差し込む、穏やかな広場だった。

 そして、ジジモンの言葉通り、広場の隅で、彼らのパートナーデジモン達が待っていた。

 多樹はカラムモン、北斗はヴォレモン、零はガルゴモン。

 

「多樹ちゃん! 心配したんだよ!」

「まったく、ミー達を置き去りにするなんて、酷いざんす!」

「みんな、無事で良かった!」

 パートナーデジモンとの再会に、多樹、北斗、零は疲れも忘れて駆け寄った。

 抱きしめ合い、喜びを分かち合う。

 

 しかし、喜びは一瞬で現実に引き戻される。

 彼らは、町ごとデジタルワールドに飛ばされたという、かつてない事態の渦中にいるのだ。

「ともかく、僕達がやるべき事は変わらない。

 この事件を解決しなければ、現実世界は完全におかしくなってしまう」

「うん。まずは、この事態をどうにかしよう。町を探すんだ!」

「よし! オレ達が、このデジタルワールドで、元の町を取り戻してやるぞ!」

 

 三人は、デジヴァイスという切り札を失いながらも、

 新たな、そして最も過酷な戦いの舞台となった、

 「デジタルワールドに取り込まれた町」へと足を踏み出そうと、決意を新たにした。




次回、デジタルワールドを本格的に探索します。
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