チャイムが鳴って玄関のドアを開けると、そこには懐かしい顔があった。
「お久しぶりです、カミシロ博士」
「久しぶりだな、アルマ」
アルマ・シュティルナー。軍服を着ていないということは、プライベートなのだろう。あるいは、軍を辞めたか。そう思って、階級は口にしなかった。
『ただいまー』
彼女の脇をすり抜けるように入ってきたのは、イリアとレシアだった。
「なんだ、一緒だったのか」
「案内してきてあげたの」
「そうか。まあ、入ってくれ。お茶でも入れよう」
「はい、お邪魔します」
アルマをリビングに通し、紅茶とクッキーを振舞う。イリアとレシアも同席していた。
「今日はお休みなんですか?」
「ああ、週に2日は休みをもらえる。のんびりした職場だよ」
昆虫に興味がある人間はそう多くない。たまに家族連れや、男の子が連れ立ってやってくるくらいだ。
ややあって、アルマはなにかを決意したように口を開いた。
「博士はニュータイプ研究所がもうひとつ在ったことをご存じですか?」
「……いや、初耳だ。
問い返すと、アルマはふるふると首を横に振った。
「サイド6の
たしか、原作だとその場所だったんだよな。そこでアムロが、シャアとララァと直接出会う。
「ふたつある意味は、あるんだろうな。俺は嫌われたかな」
「そうかもしれません。博士が許可しないような、うちではできないような実験を、そこでは行っていたようです」
アルマは口の端を小さく噛んだ。その瞳には怒りがあった。
「覚えていますか? セリーヌ博士が、イリアちゃんを改造しようと言い出したことを」
「ああ。キミも知っていたのか」
イリアに目を向けると、彼女は素知らぬ顔で視線を逸らした。あの頃のイリアは、結構焦っていたような感じだった。今思うと、家に帰りたくなかったのだろう。だから、自分の価値を証明したかった。
やたらとMSに乗りたがったのも、それが理由だろう。
「あれで、博士の反応を確かめたのだと思います。認めていれば、うちにも被験者が回されていたはずです」
「……そうか、うちに追加要員がこなかった理由はそれか」
ドズルはともかく、キシリアはニュータイプの候補者を送ってきてもおかしくはなかった。戦場を見渡せば、勘の良い兵というのはいるはずだ。もちろん、勘の良い人間のすべてがニュータイプではない。
キシリアは、ニュータイプを自分の手元に置きたかったのだろう。だからもうひとつ、完全に自分の支配下における研究所を作った。キシリアならやりそうだ。そこに思い至らなかったのは、俺の落ち度だな。
「ならば、ドズル閣下が戦死した時に、俺を降格させるなり罷免させるなりしなかったのはなぜだ? キシリア様にはそれができたはずだ」
「反乱を警戒したのでしょう。博士が放逐されるなら、少なくとも私たち5人は博士につきます。場合によっては、連邦に亡命していたかもしれません」
え? 俺ってそこまで慕われてたの? というか、連邦に亡命はないだろ。連邦のニュータイプ研究所っつったら、ムラサメとかオーガスタだろ? 全然良いイメージがない。良いイメージがないどころか、悪いイメージしかない。
非人道的な実験を強要されて、拒否したら処分されるだろう。そんでキミらは、記憶を操作・改竄されてサイコガンダムとかに乗せられるんじゃないかな。
なんか想像しただけで腹が立ってきたぞ。
「ジオニック本社に栄転させるという方法もある」
「そこに悪意があれば、たぶんマリオンが気づきますよ」
「……ふむ」
マリオンのニュータイプ能力は、その頃には極まっていた感じがするからな。特に悪意・敵意・害意といったものには敏感だった。
「そういえば、マリオンやローゼはどうしてるんだ?」
「マリオンとローゼは……そうですね、まずはフラナガンスクールについてお話します。フラナガンスクールはご存じですよね」
「まあ、通り一遍のことはね」
俺が辞めた後、研究所はスクールになり、校長にはフラナガン博士が収まった。だから、フラナガンスクールだ。
「フラナガンスクールには、表と裏があります。表向きは士官学校ですが、裏ではサイコミュの研究を続けていました」
終戦協定で、サイコミュ兵器の開発・運用は禁止された。だから裏に潜るしかなかったんだろう。条約違反なんだが、まあキシリアならやるだろうな。それにたぶん、連邦もやっていると思う。戦争末期、連邦はオールレンジ攻撃に嫌と言うほど苦しめられただろうからな。
「まずクルスト博士主導で行われたのが、サポートAIの進化系、マリオンの精神波をシステムに落とし込み、操縦者にニュータイプと同じ感覚を与えるというものでした」
それEXAMシステムじゃん! いや、EXAMシステムは対ニュータイプ用のシステムだから、ちょっと違うか。どちらかというと、
どっちにしてもろくなモンじゃないな。
アムロみたいな化け物ニュータイプがいなかったせいか、戦時中はおとなしかったんだがなぁ。
AIがパイロットの補助をする分には問題ない。その最たるものが教育型コンピューターだし、あれは良い物だ。だが、それが逆転するのはよろしくない。
「このシステムが完成して量産されれば、ニュータイプではない人でもサイコミュ兵器が使用できると、クルスト博士は豪語していましたが……」
「その様子じゃあ、上手くいかなかったみたいだな」
「はい。ある実験の時にシステムが暴走して、MSが暴れ出しました。多くの人が命を落として、クルスト博士も巻き込まれました。その時にマリオンとローゼも、亡くなりました」
「亡くな……」
マリオンとローゼが……死んだ? 手が震える。付き合いは1年ほどだったが、大半の時間を一緒に過ごしていた。家族、といってもいい関係だった。
思えば俺は、一年戦争で近しい人間を誰も亡くしていない。V作戦も潰そうと思えば潰せた。だがやらなかった。情報源を詰められることを恐れた。何しろ、軍の情報部ですら掴めていない情報なのだ。俺が知っている理由がない。ギレンやキシリアに睨まれることを恐れた。
ソーラ・システムについては、それとなくドズルに警告はしていた。しかし信用はされていなかった。それは仕方ないのだ。ドズルにとって俺は、現場を知らない研究者の一人に過ぎない。そもそもソーラ・システムが、どこに設置されているかは俺も知らなかったのだ。
戦争に、本気で勝とうとは思っていなかったのかもしれない。どこかで、傍観者の気分だったんだ、俺は……。
「ウソだよ」
「……イリア?」
「アルマお姉ちゃん。わたしだって、怒る時は怒るよ」
「うん、ふたりともごめんね。すいません、博士。でも公的には、ふたりは死んだんです。そうしない限り、ふたりが軍を抜けることはできなかったから」
そうか、たしかに軍がふたりを手放すはずないよな。イリアとレシアはまだ小さかったし、ニュータイプ能力も、あの時点ではそれほど高いわけではなかった。そもそも、軍籍はなかったしな。
「マリオンとローゼは今、地球にいます。先の大戦で地球が荒廃していることは、博士もご存じだと思いますが……」
「ああ」
コロニー落としの影響は大きく、また連邦が負けたということもあって、復興はなかなか進んでいないらしい。それは宇宙も同じで、各サイドの復興も思うように進んでいない。そのためか、一年戦争でほとんど被害を受けていないサイド6に、多くの難民が流れてきて問題になっている。
「環境や土地だけではありません。人も荒れています。スペースノイドの人たちは、地球に住んでいるのは
これは原作でのミハル・ラトキエ嬢を想像してもらえればすぐに理解できるだろう。彼女は、
ここで疑問だったのが、なぜミハルはジオンの情報を連邦に流さなかったのか。いわゆる二重スパイをしなかったのか、ということだ。
ジオンの軍人(名前は忘れた)が、現地協力者と言っていたので、ジオンの人間ではない。だとすれば彼女は、コロニーを落として地球を荒廃させた人間たちに協力していたことになる。
これは俺の想像だが、彼女はコロニーが落とされる前から、同じような暮らしをしていたのではないだろうか。だから連邦が嫌いだった。ジオンは、少なくとも報酬は支払っていただろう。だから協力していた。そんなところじゃないかと思っている。
「地球の構造は
ジオンは開戦当初の奇襲作戦で、サイド1、サイド2、サイド4に壊滅的な被害を与えた。その後、ルウム戦役でサイド5も被害を被った。一年戦争で人口の半分が失われたとされるが、そのほとんどは連邦についたスペースノイドだった。これは連邦政府にとって多数の納税者を失ったことに等しい。
それを補うために、地球在住者にも多額の税をかけているのだろう。
「博士は、チベットという国をご存じですか?」
「アジアの、ヒマラヤ山脈の北側に位置する国だな。最近までは連邦政府が実効支配していた自治区だったが、独立したとニュースでやっていたが……まさか、それにふたりが関わっているのか?」
「発端は労使交渉でした。待遇改善を申し出ただけだったんです。ですが、連邦政府は聞く耳を持たず、最後には武力行使で鎮圧しようとしたんです」
「そして起こったのが、チベット独立革命だったな。その主要人物が聖女と呼ばれる3人の乙女だと言われているが、まさか、そうなのか?」
アルマが笑みを浮かべた。
「蒼の聖女がマリオン、白の聖女がローゼ、そして赤の聖女がララァ・スン。彼女たちが、革命の3聖女です」
……え? 今ララァ・スンって言った?
フラナガン機関
0079年6月に設立されたもうひとつのニュータイプ研究所。キシリアの直轄機関であり、非人道的な実験を含む様々な研究が行われていた。
表の顔は製薬会社であり、ギレンでさえもその存在を知らなかった。
戦後は解体され、フラナガンスクール[裏]に統合された。