一年戦争以後、人々は苦渋に満ちた生活をしている。アースノイドは不法居住者、スペースノイドは難民といったように、経済的にも精神的にも不安定な人々が多数存在する事態になっているのだ。
戦火を免れたサイド6は幸運だろう。そして戦勝国であるジオンも、実情は苦しいようだ。軍縮でリストラされた軍人も多いと聞く。無理矢理切られる前に辞めることができたスベロアさんは幸運だったのかもしれない。
ララァが俺に会いたがっているらしい。
俺のことは、マリオンやローゼに聞いたのだろうが、どんな理由で会いたがっているのかはわからない。というか、いまだにララァが革命に加担した理由がわからない。
そういうことに興味があるようなキャラだと思えないからだ。戦う理由のほぼ100%がシャアのためだった気がする。
まあ、会ってみればわかるか。
そんなわけで俺は、地球にやってきたのだ。
「ララァさんは、博士のことを"
稀人……めずらしい人という意味だろうか。ちょっとわからなかったので調べてみたが、他界から時を定めて来訪する霊的または神の本質的存在、と出てきた。
ふむ。わからん。だが他界から来たというのは、的を射ている。
到着したのはカイラス山の麓にある軍事基地だった。元々は連邦軍の小さな基地だったようだが、戦後に放棄されて、その後は聖地巡礼に訪れる信者たちが宿舎として利用しているらしい。
そこを改修して、拠点のひとつとしているようだ。
「大きい湖だね」
「泳いでいる人もいるね」
「マーナサローワル湖って言うのよ。あれは泳いでいるんじゃなくて、沐浴してるの。あそこで身を清めてから山に登るのがマナーみたいよ」
それが聖地巡礼の手順なのだろう。
歩哨に立っている兵士に挨拶をして、基地内に入っていく。案内された部屋の扉を開くと、その先には黒いイブニング・ドレスに身を包んだ女性が立っていた。
艶やかな黒髪。エメラルド・グリーンの瞳。褐色の肌。額の印。間違いない。
「やはりあなたは、私のことを知っているのですね」
射抜くような瞳で、ララァは告げた。
「けれど私は、あなたを知らない」
「それは、いま会ったばかりですから」
ララァは懐から一枚の写真を出し、こちらに向けた。それは、終戦の時に研究所のみんなで撮った記念写真だった。
「マリオンさんから、お借りしました。
「……すいません。ちょっと何を言っているのか……」
マジで何を言っているのかわからん。俺はニュータイプじゃないから、感覚で話すのはやめてほしい。
「そうですね。
促され、ソファに座る。ふたりも呆気に取られているようだ。
ララァは紅茶を淹れ終わると、俺たちの正面に座った。
そして、ポツリポツリと話し始めた。
どうやら、彼女は夢という形で、並行世界の自分を見てきたようだ。その夢の中で、赤い軍服を着たジオンの士官が訪れ、その男に見初められて、一緒に宇宙へ上がるらしい。
シャアじゃん。それシャア・アズナブルじゃん。
「はい。マリオンさんに教えてもらいました。ジオン軍では有名な方だそうですね」
夢の中は映像だけで、声や音は聞こえないらしい。無声映画のようなものだろう。だから姿形がわかっても、名前がわからなかったようだ。
いや、戦時中ならともかく、戦後シャアの姿はネットを漁ればすぐに出てくるようになった。名前がわからなくても、赤い軍服とか仮面のジオン士官とかで検索すれば一発で出てくるはずだ。
それをしなかったのは、ネット環境がなかったとかだろうか。
それにしても、並行世界、ねぇ。眉唾とは思わない。少なくとも俺は、アニメ、漫画、小説と3つのガンダム世界があることを知っている。
ニュータイプならば、並行世界の自分とつながることが出来ても不思議ではない。
……いや、俺もだいぶニュータイプに毒されてるな。できるかな、そんなこと。
「ですが、シャア大佐は行方不明です」
本来のルートなら、彼女はシャアと出会うのだろうが、この世界ではガンダムの強奪に成功したため、シャアがガンダムを追って地球に降りることはなかった。オデッサとジャブローには行ったみたいだが、かなりの過密スケジュールだったはずなので、インドに行く余裕などなかっただろう。
というか、毎回アムロに殺されてるってのは、ちょっと面白いな。白いMSとは言ってるが、絶対パイロットアムロだろ。俺の中では、シャアとアムロは結構互角のイメージだったんだが。
「はい。ですから私は、あの館で待ち続けなければなりません。では、失礼いたします」
優雅な仕草でお辞儀をすると、ララァは出て行った。いや、結局なんのために会ったんだ? 確認のためだけか?
入れ替わりにアルマが入ってきた。
「お疲れ様でした。どうでしたか、赤の聖女さまは?」
「どう、と言われてもな。瀟洒な人ではあったが……」
「ああ、たしかにそんな感じしますね」
アルマはくすくすと笑った。そして、イリアとレシアに視線を向ける。
「ふたりはどう思った?」
「……哀しい人」
「そうね。私には無理かな。来るかどうかもわからない人を待ち続けるのは。夢の話は、嘘じゃなさそうだけど」
イリアはぐっと背を伸ばして、天井を見上げながら言った。
「うん。でも、シャア大佐がどこにいるか、手がかりすらないからねぇ。探しに行こうにも、どこに行けばいいやら……。あ、紅茶、淹れ直しますね」
カップに半分残った紅茶は、すっかり冷めきっていた。
「アルマは、なぜ彼女が革命に参加したのか知っているのか?」
「マリオンとローゼが誘ったみたいですよ。労使交渉の一環で、ララァさんの職場は、えーっとなんていうか、ちょっと特殊な職場で、環境改善というか待遇改善というか、まあそんな感じです。今はそこのオーナーをやっています。そこでしか生きられない人もいますので」
言葉を濁すように、アルマは言った。ララァの境遇は媒体によって違う。ルウムの戦災孤児だったり、インドで賭場荒らしをやっていたりと様々だ。
アニメだと、詳しい境遇は語られなかったような気がする。共通しているのは、シャアが迎えに来る、ということくらいか。
「そうか。ああ、紅茶はいいよ。マリオンとローゼに会いに行くから。ふたりはどこにいるんだ?」
「いえ、実はもう一人会っていただきたい方がいるんです」
今日はもうララァでおなか一杯なんだけど、まあどうせ会うなら早めに片付けておいた方がいいか。
「わかったよ。ここで待っていればいいのか?」
「はい。すぐにお連れします」
「ああ。で、その人の名前は?」
「ブレックス・フォーラ准将です。連邦軍の方ですよ」
……え? 今ブレックス・フォーラって言った?