「ここです。この波形」
モニターを指し示しながら、ローレン博士は喜色を浮かべた。
「この跳ねた波形、これが"攻撃の意思"です。これを読み取ったマリオンは即座に回避行動を起こしています。ルウム戦役で見られた亜光速のメガ粒子砲を回避するという事象も、これで説明がつきます。ニュータイプは敵の攻撃の意思を感じ取ることができるのですよ!」
と、ローレン博士は早口でまくし立てた。普段はおとなしいのに、かなり興奮しているようだ。やはり彼も研究者なのだな。
「とりあえず戦闘シミュレーターに反映させてみましょうか」
「そうですね。成績が逆転するかもしれませんよ」
こうして戦闘シミュレーターに"攻撃の意思"を取り込むことになった。その結果、劇的にスコアの上がる候補者が何人かいた。やはり"攻撃の意思"を感知することで、撃たれる前に回避行動を取るという"先読み"が、ニュータイプの資質なのではないかということが注目され始めた。
◇
「あっ、しょちょーだ。やっほー!」
こちらの姿を見つけた少女が、ぱっと顔を輝かせた。
駆けてくる少女を抱き留め、髪を撫でる。
「今日も元気そうだね、イリア。はい」
「やった、チョコだ! ありがとーしょちょー!」
俺が手渡したチョコを口に放り込みながら、イリアはパタパタと足踏みを始めた。
仕事がら糖分が欲しくなる時が多いので、チョコや飴は常備しているのだ。
「しょちょーはいつもお菓子くれるから好き!」
「それは嬉しいね」
「ねーねーしょちょー。わたしもMSに乗りたい!」
いきなりぶっこんで来たな。マリオンの模擬戦を見たからか? 普通なら怖くなると思うんだが。
「シミュレーターはやってるだろう」
「あんなゲームじゃなくて、ホンモノに乗りたい!」
「それは、もう少し大きくなってからかな」
「もう少しってどのくらい?」
「そうだな……身長が140㎝になってからかな」
子どもをMSに乗せるには、様々な問題がある。体のサイズは、コクピット周辺を改造すればクリアできるが、体そのものが問題なのだ。骨格や関節の強度、心肺機能など、成長途中の子どもを乗せるには危険すぎる。耐Gシステムも、まだ開発途中なのだ。
「140㎝ってことはあと……むっ、しょちょーまたね!」
なにかを感じ取ったのか、イリアはいきなり逃げるように駆けて行った。それから1分も経たずに、セリーヌ博士が角から姿を現した。
こちらに気づいた彼女は、荒い息遣いを正して、にこりと笑みを浮かべる。
「お疲れ様です、所長」
「ああ、お疲れ様。どうしたのかね、ずいぶんと慌てているようだが」
「イリアですよ。また授業を抜け出して!」
そう言って、セリーヌ博士は柳眉を逆立てた。イリアとレシアは、双子だが性格はあまり似ていない。
イリアは自由奔放で活動的。レシアはまじめで受け身な性格だ。
「戦闘シミュレーターはしっかりやっているのだろう?」
「それはまあ……しかし基礎学力も大事です」
MSパイロットは荒くれ者というイメージもあるが、基本的にはインテリだ。MSは精密機械の集合体で、複雑なシステムを理解して操作するというのは、バカにはできないことなのだ。
「ならば、ニンジンを用意するのも手かな」
「ニンジン、ですか?」
「子どもはご褒美があれば頑張るものさ」
MSに乗せることは、まだできないけどな。
◇
0079年、3月1日。
ジオン公国軍は第1次降下作戦を開始した。続けざまに第2次、第3次降下作戦を行い、多くのジオン将兵を地球へと降下させた。
そこで手に入れたのは、領土と重力下での戦闘データだった。ジオンの人間のほとんどは地球を知らない。重力下でのMS運用試験は行ったが、当然本物の重力ではなく疑似重力だ。
元々ザクは汎用性が高く、地上での運用も想定されていた。それが地上用に改修されたザク、いわゆるJ型と呼ばれるものだ。
しかし軍部はザクの性能の限界を早期に察知し、地上戦に特化したMSの開発に着手していた。
そうして生み出されたのがグフである。
グフである!
おそらくみんな、一度は思ったことがあるのではないだろうか。
グフっていらないんじゃないかな、と。
いや、コンセプトはわかるんだよ。高濃度のミノフスキー粒子下では、有視界戦闘が主となる。しかも地上は宇宙と違って遮蔽物も多い。白兵戦を行う機会も増えるだろう。
つまりグフは、いずれ必ず来るであろう、対MS戦を強く意識して開発された機体なのだ。
それが強く出すぎてしまったのか、白兵戦用のMSを、という結論に至ってしまったのだろう。しかもなんで精密操作を必要とする
まあその失敗から生まれたのが、腕部装着型のマシンガンやガトリングシールドなのだろうが。
あと
一応、リーチが長いという利点はあるが、連邦MSがビームサーベルを標準装備することを予見して提案したとは思えないんだよなぁ。
「ムチとかいいんじゃない?」
「意外性があっていいね。それ採用!」
という感じで決まったのかもしれない。いや、これはさすがにないと思いたいが。
スペックは悪くないんだけどな、スペックは。
結局、地球を知らない設計者が地球侵攻用MSを造るとこうなるという見本みたいになってしまったのだな。
「ふむ。たしかにキミの意見にも一理ある」
モニターの向こうのレム少佐が髭を撫でながらうなった。
「レム少佐はグフの開発に関わっていないのでしたね」
「ああ、私はザクを超える新たなザクの開発に忙しいのでな」
この人もたいがいザクキチだからな。ちなみにレム少佐はジオニックの本社勤務。俺はニュータイプ研究所の所長で、ジオニックグラナダ支社の副主任でもある。
「まあ、上層部にも理由はあるのだろう。ザクの改修機よりは、新型MSの方が軍部のウケは良いからな。どうも、ルウムが上手く行きすぎたな。参謀本部は戦局を少々楽観視……」
「レム少佐、それ以上は……」
「むっ、すまんな」
俺にたしなめられ、レム少佐はゴホンと咳払いした。