後方支援者面で行く宇宙世紀   作:乾燥海藻類

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閑話 「赤い彗星とひまわり」

「パプア級より入電!」

「繋げ」

「ハッ!」

 

ムサイ級ファルメルのモニターに、白髭をたくわえた老将が映し出された。

 

「ドズル中将閣下から聞いているな。グラナダから乙女たちをエスコートしてきてやったぞ、色男」

「茶化さないでくれ、ガデム」

 

そう言って、シャアは肩を竦めた。

 

「積み荷を降ろすぞ」

 

ガデムの合図で、パプアの船首部の大型ハッチが展開した。中から現れたのは、1機のMSだった。その大きさに、ドレンは思わず感嘆の声を漏らした。

 

「大きい……ですな。ハッチギリギリのようです」

「ザクの約2倍、外付けの背部ジェネレーターを含めた全高は3倍近くにもなるらしい」

 

これほどの大型MSを見るのは、シャアも初めてだった。グラナダ基地を守るルナタンクという大型戦車よりもさらに大きい。

 

(ニュータイプ専用MSか)

 

ジオン・ダイクンのいうニュータイプとは、認識力の拡大と普遍化を目的とする人類の革新である。宇宙を生活圏に取り入れ始めた人類が、必然的に辿る道であると説いた。そしていずれは、人類すべてがニュータイプへと進化すると。

このニュータイプ論も、彼の死後曲解され、ギレンの選民思想に置き換えられたりもしている。

シャアはこれを歯痒くも思っていたが、そもそもニュータイプとはどういう存在なのか、彼自身も曖昧なのだった。

 

「あの肩にあるマークは、向日葵(ひまわり)ですかな?」

「機体名がジラソーレだからな。つまり、そういうことだろう」

「……なるほど、乙女ですな」

 

ドレンにつられて、シャアも小さく笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開戦から7日間行われたジオン軍の大攻勢で、宇宙の勢力圏のほとんどはジオンが手中に収めた。地球連邦軍に残された宇宙基地は、ルナツーだけとなったのである。

ジオンがルナツーを制圧しなかった理由は、既に本国周辺の防備も、本国~地球間のルートも確立しているため、戦略的価値が無いと見なしていたからだ。

 

また、ルナツーが巨大な要塞基地であることも理由のひとつだった。ルナツーの全幅は180kmであり、これはソロモンの約6倍となる。この巨大な基地を落とすとなれば、大艦隊と多数のMSが必要になるだろう。

こういった理由があるためか、ルナツー内部では攻勢に出るよりも、この均衡状態を維持しようということなかれ主義が横行していた。しかし何もやっていないわけではない。ゲリラ的にジオンを攻撃して、戦力を削っているのである。

 

「今回のゲリラはサラミス級が3隻ですか」

「戦闘機が何機搭載されているかにもよるが……」

 

サラミス級は0070年代にマゼラン級と共に大量建造された連邦軍の主力艦艇だ。開戦前は恐れられたが、電波を利用した精密誘導に頼るサラミス級の装備は、ミノフスキー粒子によって無効化され、苦しい近接防空戦闘を恒常的に強いられることになった。

しかし大艦巨砲主義の時代に造られただけあって、その火力は侮れるものではない。

 

「単機で大丈夫でしょうか?」

「あの加速には、ザクではついていけんからな。連携など取れまいさ」

「ですが少佐の機体でしたら……」

 

シャアの乗機は、最新鋭機の高機動型ザクである。この機体は宇宙戦用に特化した機体で、背部と脚部に大型の推進器が増設されている。しかしその代償として推進剤を著しく消耗するようになり、稼働時間がS型以上に短くなってしまったのだ。加えて機体制御も繊細なものを求められるため、エースパイロットの専用機として少数生産されるに留まった機体だ。

 

「ふっ、私が出たら、テストにならんさ。そろそろだな。ジラソーレを出撃させろ」

「了解しました。ハッチ開けぇ!」

 

漆黒の宇宙に、浅黄色の機体が舞う。

続けて3機のザクが射出された。このザク3機はジラソーレの撃ち漏らしを迎撃する役割で、基本的には艦の護衛が仕事だ。

 

「では見せてもらおうか。ニュータイプ専用MSの性能とやらを」

 

ジラソーレがバーニアを噴かし、敵艦隊へと突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか、ああまで一方的とはな)

 

戦闘は20分程度で終わった。サラミス級のメガ粒子砲やミサイル群は終始ジラソーレを捉えることができなかった。セイバーフィッシュも同様である。

戦闘機がMSに敵わないことはルウム戦役で証明されているが、ああまで一方的になるとはシャアも予想していなかった。

 

(オールレンジ攻撃か。厄介だなあれは)

 

ビットが大きいとはいえ、それはあくまで数値上のものだ。広大な宇宙で機動戦を行いながら、バズーカやマシンガンで捉えられるかと問われれば、なかなかに難しい。しかも複数のビットが一斉に攻撃を行うのだ。回避もままならないだろう。

 

(サイコミュ……か。私にも、扱えるものなのだろうか……)

 

気がつけば、シャアは格納庫のジラソーレの前に立っていた。

 

「おや、どうかしましたか? 少佐」

「ローレン博士か。ああ、いや……」

 

珍しく、シャアは言葉に詰まった。シャアは少佐という高い階級にいるが、目の前の機体は間違いなく機密扱いだろう。質問の答えが返ってくるとは思えなかったのだ。

 

「気になりますか、この機体が」

「そうだな。気にならないといえば、嘘になる」

 

シャアもMSパイロットである。新型の機体には興味がある。ニュータイプ専用などというところは特にだ。本来ならば、このような巨大なMSなどシャアの好みではない。しかしあの機動性の前では、些細な問題でしかなかった。

 

「では、乗ってみますか?」

 

この提案には、シャアも意表を突かれた。

 

「データを取らせていただけるのならば、喜んでお貸しいたしますよ」

「頭にコードでも張り付ける気かね?」

「いえ、専用のパイロットスーツを着用していただければ、それで」

「その程度なら構わんが……私に扱えるかな?」

「ルウムのデータは、私も拝見させていただきました。少佐ならば大丈夫ですよ」

 

ニュータイプが研究されるようになった発端は、亜光速のメガ粒子砲を回避できるエースパイロットがいたからである。シャアはその筆頭だった。

 

「だがこの機体は、複座なのだろう?」

「ひとりで操縦することも可能です。パイロットにかかる負担は大きくなりますがね」

「ふむ。では、試させてもらおうか」

「了解しました。OSとコクピット周りの調整をしますので、30分ほどお時間をください」

 

ローレンがスタッフに指示を出す。シャアもまた、ドレンに通信を繋げて指示を出した。

 

「では機体調整の間に、軽くサイコミュ兵器の操作についてレクチャーいたします」

「ああ、よろしく頼むよ。ローレン博士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが死角を消すシステムか」

 

現在稼働しているMSのモニターは、基本的に機体頭部のメインカメラから撮影された映像を、機体腹部に内蔵されたコクピット内の複数のコンソール(多くは3面)モニターにそのまま表示していた。つまり、モニター範囲外に死角が存在していたのはもちろんの事、パイロットが搭乗している位置と視点に差異が生じていたのである。

 

対してこのジラソーレは、頭部メインカメラからだけではなく、機体各所に設置されたカメラによって撮影された周囲の映像を、球形モニターに隙間なく投影する方式を採用していた。

 

「たしかにこれは、いきなり導入できるものではないな。コスト的な問題もあるのだろうが……」

 

これまでのコクピット周りと違いすぎて、多くのパイロットは混乱するだろう、とシャアは思った。

 

『シャア少佐、慣らしはよろしいですか?』

 

ローレン博士から通信が入る。

 

「ああ。テストを開始してくれ」

『了解しました。ではデータを送ります』

 

モニターの右側に青い点(チェックポイント)が5つ表示された。

 

「では行くか」

 

バーニアを噴かして、最初のチェックポイントへと向かう。その途中、左右に赤い点が表示された。モニターに仮想敵機(ザク)が表示される。

 

「行け!」

 

背部ジェネレーターから2基のビットを射出する。

ビットから放たれたビーム砲は一撃で左右の仮想敵機を撃墜した。そのまま最初のチェックポイントを通過する。

次は赤い点が4つ表示された。

 

「4機か。ならば!」

 

さらに2基のビットを射出。4基のビットで、正確に仮想敵機を射抜いた。

ふたつ目のチェックポイントを通過する。今度は赤い点が6つ。シャアはにやりと笑った。

 

「そういう意図か」

 

さらに2基のビットを射出。計6基のビットで仮想敵機を撃ち抜く。

3つ目のチェックポイントを通過。今度の赤い点も6つだが、動いている。

 

「なるほど。そうでなくてはな」

 

実戦において、敵が動かないということはまずない。これまではただの的当てだったが、より実戦的になったということだ。自分も動いていて、相手も動いている。それだけで射撃の難易度は格段に上がる。

さらに今回は、自分と相手だけではなく、ビットも動いているのだ。位置把握がより困難となっている。

 

「やってみせるさ。あのような少女にできて、私にできないはずがない」

 

シャアにもMSパイロットとしてのプライドがあった。

6基のビットで仮想敵機を射抜く。だがそのうちの2機は、コクピットではなく肩部に命中した。撃墜判定はでたが、シャアは不服だった。

4つ目のチェックポイントを通過。あとは最後のチェックポイントまで駆け抜けるだけだが……。

 

「ふっ、いやらしい位置に出したものだ」

 

こちらの進路をふさぐように仮想敵機が出現した。

 

「実戦で敵がいきなり湧いて出てくるということなどないがな」

 

悪態をつきながらも、シャアはビットを操作した。

12機の仮想敵機を全て撃墜し、シャアは最後のチェックポイントを通過した。

 

『テスト終了。続けて模擬戦に入ります』

「ああ」

 

シャアは手元のコンソールを操作し、通信をザクに切り替える。

 

「デニム、遠慮はいらん。全力でこい」

『ハッ、胸をお借りします、少佐』

 

緊張した様子のデニムから返事が返ってきた。

ファルメルから3機のザクが飛び出し、フォーメーションを組んでジラソーレに向かってくる。

 

「硬いなデニム、教本通りだ」

 

シャアはバーニアを噴かして、中央のデニム機に突っ込んでいった。左のスレンダー機がバズーカを放つ。

 

「うろたえ(だま)など!」

 

さらに上昇して上を取る。デニム機、ジーン機から放たれたマシンガンなどかすりもしない。

6基のビットから放たれたビーム砲は、3機のザクに2発ずつ命中して、模擬戦は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(素晴らしい……いや、凄まじいな。これが"赤い彗星"の力か……)

 

モニターを眺めながら、ローレンは唸った。

パイロットとしての技量は、まさしくトップエースにふさわしいものだ。初めて乗った機体だというのに、性能を限界まで引き出している。この適応力の高さこそが、シャアの本領とも言えた。

 

(ほとんど減速していないのは、パイロットのクセなのか? まるで機体の限界を試しているような動きだ。いや、それよりもビットの命中率だな。これはマリオン以上だ)

 

研究所で最優秀のマリオンですら、ビット操作は4基が限界だった。それを超えると、脳にかかる負担が大きくなり、操作精度が極端に落ちる。

 

(所長がデータを欲しがるわけだ)

 

ローレンは所長から、機会があればシャア少佐のデータを取ってきてほしいと言われていた。だからシャアの方から水を向けてくれたのは、ローレンにとっては渡りに船だったのだ。

 

「良いデータは取れたかね、ローレン博士」

「はい。それはもう」

 

ローレンは満面の笑みでシャアを出迎えた。

 

「できましたら、所感をお聞かせいただければ」

「所感か。博士の言ったように、的が遠くなれば脳にかかる負担も大きくなるようだな。性能は素晴らしいと思うが、ビーム一辺倒なのが気になった。ザクの武装は使えるのか?」

「はい。同じジオニック社製ですので、マシンガンもバズーカも使用できます。まあメガ粒子砲があれば、必要ないとは思いますが……」

 

現状、メガ粒子砲は一撃必殺の強力な兵器だ。ビーム攪乱幕というビーム兵器を無効化するものもあるが、あれは長距離からの砲撃にしか効力を発揮しない。そして、メガ粒子砲は戦艦が撃つものと相場が決まっており、MSが携行するものではなかった。

だからこそ技術者たちは、近距離からメガ粒子砲を撃ちこめば防ぐ方法などないと思っているのだ。

 

「エネルギー残量に気を配る必要はあるがな。サイコミュ兵器については……むっ、失礼」

 

シャアの腕に着けられた通信機から音が鳴る。

 

「ドレンか、どうした?」

『少佐、所属不明艦を発見しました。一応、お知らせを』

「識別コードはないんだな?」

『はい。ジオン、連邦共に、合致する艦はありません』

「ふむ」

 

シャアは顎に手を当てて考え始めた。

 

「不明艦の進路先には何がある?」

『サイド7がありますが……』

「協定により、戦闘艦は入港できないのだったな」

『はい。民間の艦でしょうか?』

「……匂うな。ドレン、その艦を追跡しろ」

『ハッ、了解しました』

 

通信を終え、チャンネルを格納庫へと切り替える。

 

「ザクの状態はどうなっている」

『ハッ、ジーン機の調子が良くありません。ビームの当たり所が悪かったようです』

「ああ、申し訳ありません。出力は訓練用に抑えていたのですが……」

 

隣で通信を聞いていたローレンが申し訳なさそうに口を挟んだ。

 

「いや、私がはしゃぎ過ぎたせいさ。仕方ない、私のザクを準備しておけ。第一種装備だ」

『了解しました』

 

通信を終えて、シャアはローレンに向き直った。

 

「もうしばらく、ゆっくりしていってくれ。なに、あの子たちの出番はないよ」

 

そう言って、シャアはブリッジに向かった。

 

 

 

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