艦これ 砲声なき日々に   作:ダッフル

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三話 欲しいもの

 

 

「ちょっと出てくる」

 

そうだけ言い残して、提督は家を出た。

吹雪が「行ってらっしゃいませ」といつも通りに見送るが、その背に向けて手を振りながら、提督は小さくため息をついた。

 

 

 

(年頃の娘っ子、か……)

 

 

 

秋晴れの空はどこまでも澄んでいた。

だが、提督の胸の内は霧がかったようにぐるぐるしている。

 

洗濯物の分け方に始まり、アクセサリーの好み、テレビのチャンネル、会話の距離感。

父親のように近づけば壁が生まれ、友人のように接すれば線を越える――

 

(……わからん。全然、わからん)

 

 

 

ふらりと足が向いたのは、静かな住宅街の角にある喫茶店。

昔からある、小さな木造の建物で、看板のペンキは少し剥がれていた。

 

扉を開け、カウベルの音が小さく鳴る。

 

 

 

「いらっしゃいませー……って、ええっ!? 提督!?」

 

 

 

顔を上げると、そこにはエプロン姿の――鈴谷がいた。

 

 

 

「……なんでお前がここに……」

 

 

 

「え? ここのおじいちゃん、優しいからバイトしてんのー!」

 

 

 

そう言ってにこにこ笑う彼女は、以前と変わらぬ明るさに満ちていた。

髪は肩より少し長く、メイクも薄めで清潔感のある制服姿。

でも笑い方も、声のトーンも、全部あの頃と一緒だった。

 

 

 

「てか、やばー! こんなところで会うなんてー、まじ運命~!」

 

 

 

「いや、運命ではない。偶然だ」

 

 

 

「細か~い! うぇーい! SNSにあげちゃお☆」

 

 

 

「おい、やめ――」

 

 

 

パシャリ。

 

鈴谷のスマホのシャッター音が、店内に軽快に響く。

 

 

 

「あはは、これバズるわ~。“かつての伝説の司令官、近所の喫茶店に降臨”ってタグつけよ」

 

 

 

「やめろ、炎上する」

 

 

 

「しないしない! てか、元艦娘がたまたま働いてるお店ってだけでもポイント高いでしょ?」

 

 

 

「ポイントってなんだ……」

 

 

 

提督が頭を抱えて項垂れると、鈴谷はカウンターの奥で淹れていたコーヒーを持って戻ってきた。

 

 

 

「ほい、サービス。提督の分、私のポケットマネーでいいから☆」

 

 

 

「ああ……すまん」

 

 

 

カップから立ちのぼる香ばしい香りに、提督はようやく少し息をついた。

 

 

 

(まったく、こいつは変わらん)

 

 

 

だが、だからこそ救われた気がした。

 

今の自分が置かれている“戦後の父親役”という難題を前に、こうして変わらずに接してくれる元部下の存在は、思いのほかありがたかった。

 

 

カップのコーヒーに口をつけながら、提督はふと鈴谷を見た。

 

明るくて、遠慮がなくて、でも気が利く。

毛色は違えど――あれも、年頃の娘っ子だ。

 

(……こいつの意見、聞いてみるか)

 

 

 

「鈴谷」

 

「なになに? いつになく真面目な顔じゃん?」

 

「ちょっと聞きたいんだが……中学生くらいの女の子が喜ぶものって、なんだ?」

 

 

 

鈴谷が眉をピクリと上げる。

 

「……パパ活?」

 

「違うわ」

 

 

 

即答だった。

 

が、同時に、どう説明したものかと頭を抱える提督。

 

一拍置いて、ぽつりと語り始めた。

 

 

 

「……今、一人、元艦娘と一緒に暮らしてる。吹雪ってやつでな。色々あって、引き取り手がいなかったから」

 

「へー……あっ、まさか“例の駆逐艦の吹雪ちゃん”?」

 

「ああ。兵役にも残らず、行き先もなかったから俺が引き取った。今は一緒に住んでる。俺が後任決まるまでの仮住まいって形でな」

 

 

 

「ちょっ、それさ――」

 

 

 

「違うわ。だから“パパ活”じゃねえ」

 

「でもその流れ、完全に“年上男性と未成年のふたり暮らし”なんだけど? うちのフォロワーが聞いたら確実に通報されるやつ」

 

「だから違うと言ってるだろ……」

 

 

 

鈴谷は頭を抱える提督を見て、ふっと息を吐いた。

 

そして、腕を組んだ。

 

 

 

「じゃあさ、その吹雪ちゃんに何か買ってあげた?」

 

「……本人がいらないって言うし。俺も何を与えればいいか分かんなくて、結局……あんまり」

 

「……」

 

 

 

沈黙。

コーヒーの湯気だけが静かに上がっていく。

 

 

 

「……そんなにドン引きすることか?」

 

 

 

提督が呟くと、鈴谷は即座に反応した。

 

 

 

「違うしーっ!! 女の子の扱い、分かってなさすぎじゃん! もうこれ完全にアウトー! お説教確定です!!」

 

 

 

「……おい」

 

 

 

「ちょ、熊野にも来てもらうから! こんなん私だけじゃ対処できない案件じゃん、うわーっ、聞いてるだけで胃にくるー!」

 

 

 

スマホを取り出すと、手早くメッセージを打ち込みながら、顔は真剣そのもの。

 

「“熊野~超重要案件! 今から例の喫茶店集合ね! 提督が女子の扱いガチで昭和なの、今すぐ来て~!”」

 

 

 

「……お前、少し落ち着け」

 

 

 

「落ち着けるかーっ!! 年頃の女の子に“いるものだけ言え”って聞き方が一番だめなやつなの!! “私、いていいのかな”って思わせるだけだよ!?」

 

 

 

提督は押し黙るしかなかった。

かつて雷撃戦の指示を一言で通していた男が、今は喫茶店のテーブルで女子高生風元艦娘に説教を受けていた。

 

 

 

(……これはこれで、戦だな)

 

 

 

静かに、そう思う提督だった。

 

 

 

「おまたせしましたわ♪」

 

 

 

軽やかな扉の音と共に、ひらりとスカートを揺らして現れたのは――熊野だった。

艦娘時代から変わらぬ洗練された所作、けれど制服姿のままでも隠せない“令嬢のオーラ”は健在である。

 

 

 

「で? “超重要案件”ってなんですの?」

 

 

 

問いながら、鈴谷の隣にすとんと腰を下ろし、手慣れた様子で紅茶を注文する。

やがて運ばれてきたカップを上品に受け取り、ふうと一息。

 

 

 

「……で、そちらの“問題の人物”って、もしかして――」

 

 

 

「うん、うちの司令官様。今ね、年頃の女の子と一緒に住んでるっていうのに、その子が何欲しいか全然分かってないんだってさ☆」

 

 

 

熊野の眉がぴくりと跳ねた。

 

 

 

「……それは由々しき問題ですわね」

 

 

 

「でしょ!? だから熊野に助けてもらいたくて!」

 

 

 

「お安い御用ですわ!」

 

 

 

ふふん、と得意げに鼻を鳴らすと――熊野は一気に早口になった。

 

 

 

「まずお部屋にはディフューザーかアロマオイル。香りは柑橘系かフローラルが無難。次にスキンケア、これはマスト。化粧水、乳液、美容液にパックもあると安心。あとはカワイイ部屋着、女の子の心を守るのは空間作りが命。クッションはもちもち系、ぬいぐるみも一体は欲しいですわね。あとスマホケースは好みによるけどストラップ系は地雷、シンプルに大人っぽいほうがいいかも。あと下着! これは本人が選ぶとしても、お洗濯のときの配慮は忘れずに。見えないからって油断しちゃいけませんことよ! それと――」

 

 

 

「ま、待て待て!! メモするから!! ちょっと待て熊野!」

 

 

 

「え? 何か?」

 

 

 

「いや、お前今ので何語喋った!? 日本語だったか!? ……鈴谷、フォロー……!」

 

 

 

「フォロー? わたしはちゃんと聞いてたよ? てか、そんなに必死になるなら、最初から相談してよねー」

 

 

 

「それが分かってたら苦労しねぇ……!」

 

 

 

慌てて鞄からメモ帳を取り出し、がしがしと書き始める提督。

だが文字は乱れ、途中で「もふもふ ぬいぐるみ?」「乳液 種類?」と謎の箇条書きが並ぶ。

 

 

 

「お部屋の空気、洗濯物の気配り、外見よりまず“女の子の居場所”としての安心感ですわ。これは基本の“き”ですわよ?」

 

 

 

「ちょっと熊野、もっとゆっくり。提督、死にそうになってるから」

 

 

 

「死にゃしねぇが……思ってたよりはるかに……戦だったな……」

 

 

 

額にじっとりと汗をかきながら、それでも提督は必死にメモを取り続けた。

 

ふたりの元艦娘――かつての部下たちが、今は年頃の“娘”の指南役。

 

まさかこんな未来が来ようとは、誰が予想しただろうか。

 

 

「ていうかさー、提督って、けっこう鎮守府じゃそのへんの物資とか配給あったよね? 制服とか、日用品とかさ」

 

と、コーヒー片手に鈴谷が言うと――

 

 

 

「ああ、そのへんは……全部、鳳翔に一任してたからな」

 

「俺はハンコ押すだけだった」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……あー……」

 

 

 

とたんに鈴谷が、露骨に固まった。

 

その横で、熊野は紅茶のカップを口元に運びながらも、目を細める。

 

 

 

「いかにも、ですわね……鳳翔さんなら、そういった生活面への配慮は完璧でしたもの」

 

 

 

提督は、ぐっと言葉を呑み込み――だがすぐに、

 

 

 

「……おい、今、“何言ってもダメなやつ”って思ったろ」

 

 

 

「思ってなーい! ……とは言えないかも☆」

 

 

 

「わたくしは、むしろ想像以上でしたわ……!」

 

 

 

紅茶を置き、熊野はことりと指を立てる。

 

 

 

「まずは、吹雪さん本人のお気持ちを確かめませんこと? 一方的な“思いやり”は、往々にして暴走の原因になりますわよ」

 

 

 

「そーそー! というわけで、今すぐ電話してみなって! ほら、携帯貸すから!」

 

 

 

鈴谷がスマホを提督の目の前に差し出す。

 

 

 

「えっ、俺のでも……」

 

 

 

「だーめ! こっちのほうが通話履歴ないし! 余計な緊張感なくなるでしょ!」

 

 

 

押し切られた提督は、スマホを受け取って軽く咳払いを一つ。

 

 

 

「……吹雪か?」

 

 

 

すぐに、きちんとした声が返ってきた。

 

 

 

『あ、司令ですか? 何かご用事ですか?』

 

 

 

律儀にも、三コールも鳴らさずに取った。

 

 

 

「……遠慮するな! なんでも買ってやるぞ!!」

 

 

 

『……はい!?』

 

 

 

「ぶふっ!? ちょ、なにその唐突なセリフ!? タイミングーッ!」

 

 

 

「提督様、それはさすがに、斜め上にも程がございますわ……!」

 

 

 

鈴谷と熊野、喫茶店のテーブルの向かい側で思いきりずっこける。

熊野は倒れそうになりながらも、姿勢だけは崩さずカップを押さえるあたり流石である。

 

 

 

『え、えっと、あの……司令?』

 

 

 

「いいか吹雪! 服でも化粧品でもぬいぐるみでもなんでもだ! 言ってみろ、遠慮すんな!」

 

 

 

『あ、あのっ、えっと……ごめんなさい! 一度切りますっ!』

 

 

 

ぷつっ、と通話が途切れた。

 

 

 

「……切られたぞ」

 

 

 

「……ですよねーっ!」

 

 

 

「当然ですわ、まるで押し売りですもの」

 

 

 

「……お、おかしい。俺、そんなに間違ってたか……?」

 

 

 

「うん! “それが分かってないこと”が問題なんだってば~!」

 

 

 

「ご心配なく。ここから、わたくしと鈴谷で、徹底的に教育いたしますわ」

 

 

 

ぽん、と提督の肩に手を置く熊野の笑みは、優雅ながらも不敵だった

 

 

 

夕暮れ。

赤く染まる空を背に、提督は帰路を歩いていた。

 

手には、今日一日で受けた女子力講座のメモ帳。

「ファンデ」「シュシュ」「ディフューザー」「もふもふクッション」……

ぎっしりと書かれたそれを、一人ぶつぶつと読み上げては、ふぅと小さく息を吐いた。

 

 

 

「女の子の部屋は“ぬいぐるみかクッションが一体は欲しい”……」

 

 

 

苦笑が漏れる。

 

艦隊を率いていた頃より、今のほうがよほど難しい戦だと思う。

だが、難しいからこそ、少しでも良くしたいと願っている。

 

 

 

帰宅すると、玄関先には吹雪の靴が丁寧にそろえて置かれていた。

 

リビングへ入ると、もう食事の準備は整っていた。

 

 

 

「……あの、夕飯……できてます」

 

 

 

「おう、悪いな」

 

 

 

どこかぎこちない。

――恐らく、あの“謎テンション電話”のせいだろう。

 

気まずさを埋めるように、提督は手元のメモを何気なく読み上げはじめた。

 

 

 

「えー……クッションは、もちもち系……アロマは柑橘かフローラル……あと、下着は本人が選ぶ……んんっ……」

 

 

 

「……司令、それ……?」

 

 

 

「あ、いや、これは――」

 

 

 

言いかけたところで、手元のメモ帳をぽろりと落としてしまう。

 

吹雪が慌てて拾い上げ、紙面に目を走らせた。

 

 

 

「……」

 

 

 

小さく、吹雪の肩が揺れる。

 

そして――

 

 

 

「……ふふっ」

 

 

 

思わずこぼれたような笑み。

 

その表情は、どこか嬉しそうで、あたたかくて、少しだけ照れていた。

 

 

 

「……これ、司令が……?」

 

 

 

「ああ。鈴谷と熊野に、色々教えてもらってな。お前が、欲しいもんとか、女の子として必要なもんとか……ちっとも分かってなかったからな」

 

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

吹雪は、そっとメモ帳を胸に抱き――

ふと、壁際に視線を向けてぽつりと呟いた。

 

 

 

「……あの、この“おっきいクッション”、欲しいですね」

 

 

 

「お?」

 

 

 

提督は驚いたように吹雪を見る。

 

それはまるで、子供が“これ買って”と親にねだるような、ほんの一歩の甘えだった。

 

今まで、どれだけ勧めても“私は大丈夫です”“必要ありません”としか言わなかった彼女が――

 

はじめて、自分に甘えた。

 

 

 

「……おう、買ってやるよ。どんと来いだ」

 

 

 

照れくさそうに言うと、吹雪はまた笑った。

 

夕焼けの光が窓から差し込み、二人の背中を柔らかく包み込んでいた。

 

 

 

まるで、その場に「家族」という言葉が、静かに根を張りはじめたような、そんな瞬間だった。

 

 

夜。

吹雪はすでに布団に入っていた。

今日は少しだけ無邪気な顔をしていた。

きっと、今頃はあのクッションを想像しているだろう。

 

 

 

提督は居間のテーブルにノートパソコンを開き、湯呑みの茶をひと口。

 

「“もふもふ クッション 大”……っと」

 

検索してすぐに出てきたのは――

 

 

 

「……こんなにするのか!?」

 

 

 

画面に表示された数字を見て、思わず声を漏らす。

“もちもち超特大クッション”――お値段、税抜き三万五千円。

 

 

 

「ぬいぐるみじゃないのか……これで……」

 

 

 

素材はマイクロファイバー、低反発、洗濯対応、サイズも横幅1メートルを超えるビッグサイズ。

たしかに、熊野が言っていた“年頃の女の子の安らぎアイテム”としては申し分ない一品らしい。

 

だが、にしても――

 

 

 

「案外……高いんだな、こういうのも」

 

 

 

震える手でマウスを持ち直し、画面右下のボタンにカーソルを合わせる。

 

「ぽちっ」

 

 

 

注文完了の文字が表示され、メール通知が鳴る。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

提督はゆっくりと、椅子の背にもたれて天井を見上げた。

狭くもないが、決して贅沢とも言えぬ一軒家の白い天井。

 

 

 

――蓄えがない訳じゃない。

退役金も少しは残っているし、現役時代にコツコツ投資していたリターンもある。

だが、戦の終わった世界で贅沢を続ける気にもなれなかった。

金はあっても、使い方が分からない。

ましてや、誰かのために使うなんて。

 

 

「金銭感覚、狂わないようにしないと」

 

 

でかい買い物のあとは、まああれも買ったからこれもそれもと、一度緩んだ財布の紐は結び直すのが難しい。

 

 

 

それでも――

 

 

 

「……吹雪が望んだもんな」

 

 

 

ぽつりと呟くその声には、どこか優しい諦めと、小さな幸福が滲んでいた。

 

彼女が望むなら。

初めて見せてくれた、少女らしい感情。

それに応えられたことが、少しだけ、誇らしかった。

 

 

 

遠く、寝室から聞こえる寝息。

今夜はぐっすり眠れているだろうか。

 

提督はそっと、ノートパソコンを閉じた。

 

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