隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない   作:フーツラ

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第10話 戦後処理

 王都のスラム近くにある、いつでも営業している酒場。陽の光も照明の灯りも当たらない店の隅の四人掛けのテーブル席。

 

 ここは俺とヒューイ達が打ち合わせをするときの定位置だった。薄暗くて人相は判別し辛いし、他のテーブルとは離れている。

 

 それでいて店内はいつも酒精中毒者達に溢れていてガヤガヤと喧しい。俺達が何を話したところで、声はすぐに騒音に吸い込まれる。後ろ暗い話をするのに丁度良かった。

 

「これがゼルの分だ」

 

 ヒューイがテーブルに小袋を置くと、ガチャリと金貨の音がした。随分と重そうだ。

 

「野盗が奴隷商にいい値段で売れたのか?」

「あぁ……」

 

 本来、嬉しい筈なのにヒューイの顔には影がある。野盗絡みで何か面倒でもあったのだろうか?

 

「どうした? 随分と浮かない顔だが。臨時収入が入ったというのにちっとも嬉しそうじゃない。受付嬢のファムにフラれでもしたのか?」

「ちがう……! まだ告白もしていない! 告白するのはもっと冒険者のランクを上げてからだ」

 

 女の為に頑張る、か。それもいいだろう。しかし、俺の疑問は解決していない。

 

「で、何があった」

「……俺が生け捕りにしたダークエルフだが、随分と名の通った野盗だったらしい。帝国の商業ギルドでは懸賞金が掛かっていたほどの……。そんなやつを生け捕りにしたもんだから、冒険者ギルドから俺達に対する評価があがっているらしく……」

 

 ははーん。自分の力じゃないところで評価されているのが後ろめたいってことか。特にヒューイは冒険者として成功してファムに認められたいって想いがある。

 

「そんなこと気にするな。ギルドの評価にふさわしい冒険者に頑張ってなればいい。幸い、今回の件で俺の懐は随分とあたたかくなった。しばらくは自分達だけで依頼をこなし、腕を磨くといい」

「あぁ、そうだな。それしかない」

 

 さっきまで力のなかった瞳に、俄かに光が差した。ヒューイの一番の美徳は素直さだ。このまま真っ直ぐ、俺の傀儡になってほしい。

 

「念のために聞いておくが、あのダークエルフの名前は?」

「ザルカーンって名前らしい。帝国の大手商会の商隊ばかりを狙って荒稼ぎをし、商業ギルドの怒りを買っていたそうだ」

 

 大手商会は護衛に金は惜しまない。そんな商隊ばかりを狙っていたのだから、やはりザルカーンってやつはかなりの腕前だったのだろう。そもそも、本来は野盗なんてやるようなクラスの魔法師ではない。なにかしら理由があって野盗落ちをしたのだろうが……。

 

「ちなみに、ザルカーンを買い取ったのはどこの奴隷商かわかるか?」

「ミルカ商会ってとこだ」

 

 おぉ、ミルカ商会か。たしか三百年前もあったぞ。由緒正しき極悪奴隷商会だ。表向きは正規の奴隷しか扱っていない体だったが、裏では違法奴隷をガンガン売り捌いて荒稼ぎしていた。今は、真っ当な奴隷商になっているのだろうか。

 

「なるほどな。あとで行ってみるか」

「ゼルは悪趣味だな……」

「別に煽りに行くわけじゃないぞ? こっそり見るだけだ」

 

 ヒューイ達は「本当かよ」という視線を俺に向けた。俺はその視線を払い除けながらテーブルの上の小袋を拾い、リュックにしまって立ち上がる。

 

 背後で「ふぅ」と息を吐く音が三つ重なった。ヒューイ達に取っては俺との取引も緊張するイベントなのだろう。俺にとっては気楽なものだが……。

 

 ヒューイ達が給仕の娘にエールのおかわりを頼むのを背中で聞きながら、俺は店名もしらない酒場を後にした。

 

 

 

 

 王都を四分割した場合、南東にあたる地区。スラムほどではないが、それなりに雑多な光景が広がっている。先祖代々、同じ場所に住んでる人が多く、古くからやっている店も多い。

 

 そんな場所にミルカ商会はあった。威厳のある煉瓦造りの二階建ての建物。見た目は三百年前とそれほど変わらないが、レンガが新しいので建て替えたのだろう。

 

 前世ではリュミンと一緒に生け捕りにした犯罪奴隷を何百人と買い取ってもらった記憶がある。なんとなく昔馴染みに会うような気分になり、入り口の前に立った。

 

 重厚な扉を開くと、直ぐに男の店員と目が合った。店員は俺の粗末な恰好を見ても嫌な顔をせず、丁寧に礼をした。教育は行き届いているようだ。

 

「本日はどのような御用で」

「最近、犯罪奴隷が入ったと聞いた。ボスに『見てこい』と言われてね」

 

 店員からの待遇を良くするために、咄嗟に嘘をついた。実際、身分のある者が自ら頻繁に奴隷商に足を運ぶことはない。使いの者に下調べを指せてから、契約する時にだけやってくるのが一般的だ。

 

「失礼ですが、どちら様の使いですか……?」

 

 こいつ……、しっかりしてるな。無駄に教育が行き届いている。面倒臭い。

 

 誰の名前を出すのが適切か……。今の王都の知り合いで身分が高いのは黒焔魔法師団の副団長のネルバだ。しかし、流石にネルバの名前を出すのは気が引ける。本人の耳に入ると不味いしな。

 

「リュミン様だ」

「リュミン様でしたか……! お世話になっております!」

 

 店員の態度がより一層、丁寧になった。冒険者ギルドでは全く知られていなかったリュミンだが、奴隷商界隈では違うらしい。

 

「では、先日買い取りました野盗のところへ案内いたします。こちらへ」

 

 店員は歩き出し、下り階段の前で止まる。どうやら、先日の野盗達は地下にいるようだ。

 

 しっかりした木製の階段を降りると、さっそく鉄の檻が並び、中には商品である奴隷が陳列されていた。見る限り、どの奴隷も身綺麗でちゃんと管理されている。

 

「ここから野盗が並べられております」

 

 案内されたすぐ手前の檻には顔を腫らした男が座っていた。リュミンかヒューイ達に頭を殴られ、生け捕りにされた野盗だろう。しかし、こいつ等には用はない。

 

「ダークエルフは?」

「あちらです」

 

 男が差したのは、一番壁際の檻だった。俺は静かに、檻に近づく。中にいたのは、相変わらず【魔封じの縄】に縛られたままのダークエルフ、ザルカーンだった。ザルカーンは俺を見て、瞳に怒りを灯す。

 

「よお。元気か?」

 

 気安く声を掛けると、ザルカーンはギッと俺を睨んだ。

 

「貴様、一体何者だ? 俺に術を掛けたのは貴様だろう……!?」

「何の話だ? お前は隙を見せ、獣人の冒険者に頭を殴られて昏倒しただけだ。俺は何もしていない」

「ふざけるな! 俺があんな駆け出し冒険者にやられるわけないだろ! 貴様が何かしたから俺は動けなかった!」

 

 こいつ、滅茶苦茶勘が鋭いな。魔力を察知する力にかなり秀でている。特殊なスキル持ちか?

 

「頭を殴られて、おかしくなってしまっているようだ。魔法が使える貴重な犯罪奴隷だと思ったが、おそらく我が主はお気に召さないだろう」

「残念です」

 

 店員は伏し目がちになって頭を軽く下げた。

 

「おい! 話は終わっていないぞ!」

 

 ザルカーンが俺に向かって角の立った声をぶつけた。余程、納得がいっていないらしい。

 

「いい主に買われることを祈る」

「俺が仕えるのはネザリム神だけだ!」

 

 俺はそれ以上は会話を続けず、ザルカーンに背を向けてその場を離れた。店員は無言で俺を先導する。

 

「リュミン様によろしくお伝えください」

「あぁ。伝えておくよ」

 

 俺は昔のことを思い出しながら、うわの空で返事をしてミルカ商会を出た。

 

「ネザリムか……」

 

 それは三百年に帝国の辺境で生まれた新興宗教。俺を死に至らしめた神の名前だった。

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