隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない   作:フーツラ

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第11話 帝国とネザリム教とリュミンとレストラン

 エウレリア王国の王都にある王立図書館。三百年以上ぶりに訪ねてみると、場所も移転していたし、佇まいも変わっていた。まぁ、時の流れを考える当然だな。

 

 仕組みは変わっていないらしく、入館料を払うと閉館時間まで滞在可能だった。俺は受付を済ますと、暇そうにカウンターに座っている司書の女に話し掛ける。

 

「すみません。最近の帝国の状況について書かれている本はありますか?」

 

 女は顔を上げて眼鏡越しに俺の顔をじっと見つめ、十二分に溜めてから話し始めた。

 

「最近、といわれましても人によって感覚は随分と違います。エルフのような長命種は百年前のことでも『最近は~』なんて話し方をしますし。具体的に『ここ十年』のというように指定して頂ければ、お力になれるかもしれません」

 

 う、うん。ごもっともな意見だが、ちょっと面倒くさい人に話し掛けてしまったのかもしれない。

 

「そうですね……。ここ二、三年の帝国について知りたいのですが……」

 

 女は眉を寄せて考え込む。該当する本を脳内で検索しているのかもしれない。

 

「ないです」

 

 ないのかよ! これだけ勿体ぶっておいて!

 

「あっ、今、明らかに失望した顔をされましたね。私は先ほど『ないです』とお答えしましたが、あれは『貴方にお見せできる本はない』という意味です。王国にとって帝国の動向には常に注視していますし、調査報告書もまとまっています。ただ、それを貴方にお見せすることは出来ないので、『ないです』と答えました」

 

 やっぱり面倒くさい人だ。帝国の近況を仕入れることは出来なそうだし、帰ろう。

 

 軽く会釈をし、踵を返す。

 

「ちょっと待ってください。貴方は今、料金を払ったばかりでしょ? 何故帰ろうとするのです? この王立図書館には様々な本が収められています。それらに触れようとは思わないのですか?」

「いや、そんなこともないですけど……。俺は帝国の近況を知りたいので、他を当たろうと……。ここでは知ることは出来ないようなので」

 

 女の顔付きが変わる。若干、顔がピクピクしている。

 

「王立図書館は王国で一番情報が集まるところなのです! 私が帝国の近況についてお伝えします! ついて来てください!」

 

 女は立ち上がり、カウンターから出て歩き始める。仕方なく後ろを付いて歩く。女は扉の前で立ち止まると、ノックを三回。返事がないことを確かめると、グイとドアノブを廻して中へ入った。

 

「どうぞ」

「……どうも」

 

 案内されたのは、四人掛けのテーブルが置かれているだけの簡素な部屋だった。打ち合わせ用だろうか?

 

 女に勧められ、椅子に座る。女は俺の対面に座り、ふっと息を吐いた。

 

「帝国の何について知りたいのでしょう? 機密情報に以外であれば、お伝えします」

 

 なんでも答えてやる! という意思が感じられる。司書の意地なのだろうか?

 

「最近、帝国は治安が乱れているらしい。その原因を知りたくて」

 

 先ずは大きなところから探りを入れる。女は「そんなことか」という顔をした。

 

「まず、帝国の治安の悪化についてですが、言われるようになったのは五年ほど前からです。帝国内に力をもった野盗団がいくつも現れ、大商会の商隊を中心に襲撃されるようになりました」

 

 ふむ。この辺はヒューイ達に聞いた話と一致しているな。

 

「野盗団が増えた背景は?」

 

 女の眼光が鋭くなる。

 

「野盗団の背後には、ある宗教組織がいると言われています。その教団が帝国の治安を乱すことを目的として、野盗団を運営しているのです」

「その教団とは?」

 

 女は一瞬、周囲の空気を探る。誰も部屋の近くにいないことを確認してから、口を開く。

 

「ネザリム教団。帝国の辺境領で起こった設立三百年ほどの宗教です。王国ではほとんど活動していないので、あまり知られていませんが」

「ネザリム教団は帝国の治安を乱して、何がしたいんだろうか?」

 

 しばらく黙り込んだ後、女はやっと口を開く。

 

「これは、私の推測ですが……。ネザリム教団は新しく国を興したいんだと思います。現在、発祥の地である辺境領を取り仕切っているのはネザリム教団だと言われています。その範囲を拡大し、ネザリム神国の設立するの為に、彼等は商業の面から帝国に揺さぶりをかけ始めたのです」

「ゆさぶり?」

「えぇ。ネザリム神教に帰依した商会は野盗団に襲われないそうです。つまり、商人を自分達の味方につけようと画策し、実際に成果が出ています」

 

 酷いやり方だ。

 

「帝国は対策をしていないのですか? 強力な帝国軍がいるのでは?」

 

 女の瞳がきらりと光る。

 

「野盗の件と同じく、ちょうど五年ほど前から、帝国では北方問題が発生しています。北方蛮族と呼ばれる複数の少数民族との対立が激化し、帝国軍はそちらへの対応で全く余裕がない状態です」

「出来過ぎだ……」

 

 俺の呟きに、女は頷く。

 

「これらの出来事は王国にとっても他人事ではありません。帝国辺境領は王国との国境に面しています。それに最近、王国内でも野盗団による被害が増えているのです……」

「つまり、ネザリム教団は商人を中心に、王国内にも信徒を獲得しようと動いている?」

「そう考えるのが自然でしょう」

 

 なるほど……。これで大筋は見えてきた。

 

「ありがとうございます。頭の整理が出来ました」

「いいえ。司書として当然のことをしたまでです」

 

 明らかに司書の範疇を超えていると思うのだが、それは言うまい。

 

 俺は女に見送られながら、王立図書館を後にした。

 

 

#

 

 

 図書館からアパートに戻るとまだ陽は落ち切っておらず、ベランダ側の窓には赤焼け空が広がっていた。夕方に小雨が降った影響か、空は鮮やかな赤色で、俺は思わずベランダに出て眺めた。

 

「ゼルか」

「俺以外がここにいるとすれば、それは泥棒の類だ」

 

 隣のベランダから声が掛かる。いつも通り、リュミンだ。赤焼け空に釣られて出てきたのだろう。

 

「今日も依頼をこなして来たのか?」

 

 リュミンは冒険者として俺を育てようとしている節がある。毎日依頼をこなして当然、という雰囲気を出しながら、尋ねてきた。

 

「いや、今日は図書館に行ったんだ」

「ほぅ……。魔法やスキルを得る方法を調べにでも行ったのか?」

「いや、ヴェルミリオン帝国について調べに」

 

 途端、リュミンの顔が険しくなった。何か嫌なことでも思い出したように。グッと黙り込んでしまう。

 

「リュミン。今日はまだ酒を飲んでいないのか?」

「……私を酒精中毒者みたいに言うな。飲んでおらん」

「なら、飲みに行くか」

「えっ……!? 急になんだ……!?」

 

 さっきまでの怖い表情が消え去り、リュミンは一人、ベランダで慌てる。赤焼けに照らされたのか、顔も赤い気がする。

 

「グラスウルフの倒し方を教えてくれただろ? そのお礼だ」

「ほっ、ほほう。殊勝な心掛けだな。行ってやらんこともないぞ?」

「じゃあ、行こう。この前、雰囲気の良さそうな酒場を見つけたんだ」

「待っておれ」

 

 リュミンはさっと部屋の中に引っ込み、バタバタと音を立てる。着替えているのだろうか。

 

 俺はリュミンの部屋の玄関の前に立ち、時間を潰す。

 

「待たせたな!」

 

 声を弾ませながら出てきたのは薄い緑のワンピースに身を包んだリュミンだった。ベランダで見た、だらけた寝間着とは違う。

 

「行こう」

 

 リュミンと一緒にアパートの階段を降りるのは初めてだ。カンカンカンと二人分の足音が響き、妙な懐かしさを覚える。

 

「どっち方面の店だ?」

「南東だ」

「あの辺は老舗が多いからな。落ち着いていて、私も好きだ」

 

 陽が落ちて街灯が灯り、通り沿いの家や飲食店から夕飯の香りが漂い始める。ずっと食事を摂っていなかったので、腹が鳴りそうになる。

 

 グゥゥ。

 

 いや、俺じゃない。俺は我慢した。チラリ横を見ると、リュミンが恥ずかしそうにしている。

 

「何も食べてないのか?」

「さっきまで二日酔いだった」

「いつも通りだな」

 

 休みの前日は深酒をし、休日は二日酔い。三百年前と同じだ。

 

 そんなことを考えながら進んでいると、目当ての店が見えてきた。ミルカ商会を訪れた時に見付けた、レストランだ。赤レンガが蔦に覆われた外観がとても良い。きっと、味もいい筈だ。

 

 ベルの付いた木製のドアを開けると、年のいった給仕の女性が「いらっしゃませ」と柔らかく発した。窓際の席に通される。通りを挟んでミルカ商会が見えた。

 

「ゼルにしてはなかなか趣味がいい」

「頼むから、お店に失礼なことを言うなよ」

「肝が小さなぁ。ゼルは」

 

 メニューを見ながらリュミンは俺を小馬鹿にしたように笑う。存外に楽しそうだ。

 

 店のお勧めの煮込み料理を二つとサラダ、そしてエールを頼む。木彫りの凝ったジョッキでエールが出され、リュミンが「おぉ」と唸った。

 

「ゼル、このジョッキかわいいな。同じようなの作ってくれ」

「えっ、作るのか? 買うんじゃなくて?」

「私は長く生きているが、こんな意匠のジョッキは見たことない。きっと店主が作った一点ものであろう。どこかで買えるようなものではない」

 

 俺達の会話を聞いて、給仕の女が頷く。

 

「俺、別に手先が器用なわけじゃないんだけど……」

「魔法もスキルも使えないんだから、何か取柄が必要であろう。やってみろ」

「偉そうだなぁ」

 

 エールを半分飲み干した頃に、二種類の煮込み料理が出てきた。一つは香辛料の香りで、もう一つはバターの香りで交互に食欲をそそる。我慢出来ないリュミンは自分の分だけ取り分けると、すぐに口をつけた。

 

「美味い! 美味じゃ! ゼル、美味しいぞ!」

 

 もうちょっと表現の仕方があるだろう、と思いながら俺もスプーンで煮込みを口に運ぶ。

 

「美味いな! 美味だ!」

「そうであろう?」

 

 何故かリュミンが胸を張る。この店を見つけたのは俺なのに。

 

 それからリュミンはエールからワインに酒を変え、上機嫌で飲み続けた。赤レンガと蔦のレストランの料理はどれも美味くて酒に合う。普段はそんなに飲まない俺も、ついつい杯を重ねた。

 

「そういえば、この前の野盗を率いていたダークエルフ、ミルカ商会に買われたそうだぞ」

「おぉ、ミルカ商会か。たしか、すぐ近くだな」

 

 そう言って、リュミンは窓の外に視線を移した。ミルカ商会はもう営業していないようで、光は落ちている。

 

「あいつ、帝国から流れてきたって言っていただろ? どうやらその背後にはネザリム教団がいるらしいぞ」

 

 俺はリュミンの反応を見るために、ネザリム教団の名前を出した。確かめたかったのだ。俺がネザリム教団の調査依頼を受けて、命を落としたことを知っているのかを。少々、酔っぱらっているのかもしれない。

 

「ふーん。野盗を雇う宗教か。碌なもんじゃないな」

「だな」

 

 リュミンの反応は薄い。まぁ、そうだよな。それはそうだ。

 

 俺は逃げるように視線を窓の外に映す。その途端、ミルカ商会が赤く染まり、大きな衝撃が店を揺らした。

 

「なんだ?」

「ミルカ商会が、襲撃されているのか?」

 

 立ち上がろうか迷っていると、リュミンが先にワイングラスをテーブルに置いた。俺も慌ててグラスと金をテーブルに置く。

 

「ゼル、いくぞ」

「あぁ」

 

 二人で赤レンガと蔦のレストランを飛び出した。

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