隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない 作:フーツラ
「ゼル君!」
早朝の冒険者ギルド。入り口の扉を開けるなり、声を掛けられた。声の主は受付嬢のファム。猫を思わせる好奇心旺盛な瞳を俺に向け、受付カウンターからこちらに駆けてくる。
「ちょっと来て!」
ファムは俺の手をとり、グイと引っ張ってカウンター横の階段を駆け上がる。少し躓きそうになりながら、なんとか二階にあがると、「入って」と部屋に案内された。
通されたのは質素な長椅子が二つ並んであるだけの空間だった。冒険者向けの応接室なのだろう。入るのは初めてだ。
「ゼル君、座って。ちょっと話があるの」
「話?」
普通の話であれば、受付カウンターでいい筈だ。それをわざわざ個室に呼ばれるなんて、一体何事だろう。特に最近、ギルド関連で変わった出来事はなかった筈だが……。
ファムは長椅子に座ると前傾姿勢になって俺を見上げる。威嚇するように。俺は少々気圧されながら、ゆっくりと長椅子に腰を下ろした。
「ゼル君……。貴方、黒焔魔法師団の宿舎で何かやった?」
黒焔魔法師団? 昨日のネズミ駆除の依頼主だ。一体どんな要件だろう。
「いや。普通に依頼をこなしただけだ。依頼主にも満足してもらったと認識している」
「冒険者ギルドに、黒焔魔法師団の副団長から連絡があったの! 『昨日、ネズミ駆除をした冒険者に連絡して、宿舎にくるように伝えてほしい』って!」
「副団長って偉いのか?」
ファムの瞳がカッと光る。
「黒焔魔法師団は王国の魔法師団の中でも最大の火力を誇る集団よ! 国王からの信頼も厚いわ! その黒焔魔法師団の副団長が偉くないわけないでしょ! ゼル君? あなた何をしたの?」
「いや……何も……」
「本当!?」
嫌疑のまなざしを浴びるが本当に心当たりはない。
「もし、依頼の達成に当たって不正な行為を行っていたことが分かれば、冒険者資格は停止になる。一度そうなると、普通は回復もないの! 今ならまだ守ってあげられるかもしれない。何か思い当たることがあるなら、正直に話して欲しい!」
ファムは真剣な調子で話す。しかし、不正なんてやってない。俺はネズミを駆除しただけだ。
「信じてくれ。俺は何もやましいことなんてしていない。今から黒焔魔法師団の宿舎に行って話してくる」
「分かった。信じる」
やっとファムに解放され、応接室を出て一階へと降りる。受付カウンターには既に冒険者の列が出来ていて、一人で対応していたファムの相方が額に汗を掻いていた。
「ごめーん!」
ファムはカウンターに飛び込むと、依頼票を手に持った駆け出し冒険者の相手を始めた。列に並ぶ何人かが「お前、何をしたんだ?」という視線を俺に向けた。
二階の応接室に呼び出されるのは、ちょっとした出来事らしい。
俺はこれから起こる厄介事を想像して憂鬱な気分になりながら、冒険者のギルドを後にした。
#
王都の北西。貴族街のすぐ近くに黒焔魔法師団の宿舎はある。昨日来たばかりなので、流石に道には迷わない。
しばらく歩くと、黒鉄の柵に囲まれた建屋郡が見えてきた。
体格のいい門衛が昨日と同じ姿勢で立っていた。まるで、一日が巻き戻ったような感覚になる。
門衛は俺の姿を認めると、ギッと眼つきを鋭くした。不審者を見るように。
「何のようだ?」
「副団長に呼ばれてきた」
「ネルバ様がお前のような若造を呼び出すわけないだろ」
副団長の名前はネルバというらしい。
「冒険者ギルドに連絡があったそうだ。まさか、聞き漏らしていたのか?」
「……お前の名前は?」
門衛は少し不安そうな表情になった。
「ゼルだ」
「少し待っていろ」
門衛は門の横についた魔道具のボタンを押し、誰かと会話を始める。恐らく、魔法師団の事務員だろう。何度か言葉を往復させた後、門衛は振り返った。随分と不機嫌な顔付きだ。
「ネルバ様がお待ちだ。宿舎の裏の建物、修練場に行け」
「わかった」
相手が負けたような顔をしているからだろう。何故か勝ったような気分に浸りながら、俺は門を潜る。
そして昨日ネズミ駆除をした宿舎の横を通りすぎ、無骨な煉瓦造りの建物の前についた。
耳を澄まして中の様子を窺う。何者かの気配がする。ネルバだろう。
一応、ノックをしてから、修練場の扉を開いた。
中には白い空間が広がっていた。ただし、白一色というわけではなく、壁のところどころは黒くすすこけている。攻撃魔法が着弾した跡だろう。
そして、空間の中央には銀色の髪に褐色の肌をした長身の女が立っていた。
「ネルバ様?」
「貴方なの? 昨日、うちの宿舎のネズミを駆除したのは?」
「はい。依頼を受けた冒険者のゼルといいます」
「若いわね。本当に貴方があのネズミを駆除したの?」
ネルバの足元には大きく膨らんだズタ袋がある。もしかして、昨日のネズミはネルバのペットだったのだろうか……。
「ネズミは依頼を受けて、駆除しました。勝手に殺したわけではありません。文句なら、依頼を出した事務員に言ってくれませんか?」
「ん? 別に、ネズミを駆除したことを咎めて呼び出したわけではないわ」
「なら、何故俺は呼び出されたのでしょう?」
ネルバは俺の問いに答えることなく、しゃがんで足元にズタ袋を漁り始めた。
「私は今、【死霊術】の研究をしているの。要は死んだ生き物をアンデッドとして蘇らせる術よ。昨日、事務員からネズミの死体を貰った私は、【死霊術】の練習台にしたわ」
ズタ袋の中からネズミの死体を摘まみ、地面に寝かせる。そして右手を翳すと、ネルバは魔力を練り始めた。膨大な魔力が空間を歪め始める。
「【魂縛再生】」
ネズミの死体が青白い光に包まれる。ビクリと体が跳ねた後、ブルブルと揺れる。そして──。
バシャ。と音がして、ネズミの死体は弾けた。ネルバは顔色一つ変えず、右手についたネズミの血肉をハンカチで拭う。
そして立ち上がり、俺の前まで歩を進めた。
「【魂縛再生】は死体の心臓に周囲を漂う雑多な魂を縛りつけ、アンデッドとして再生する魔法なの。小動物の死体であれば半分ぐらいの確率で成功するわ。でも、貴方が駆除したネズミの死体は駄目。何度やっても失敗した。不思議に思った私は、ネズミの死体を解剖したの。その死体には全く外傷はなかったわ。毒でも食べさせたのかしら? と思いながら、解剖用のハサミで腹を開くと」
ネルバは一度話すのを止め、じっと俺の顔を見た。
「……何故か心臓がなかったの。ぽっかりと、初めから存在しなかったように」
「それは不思議だな」
「とぼけないで。貴方の魔法かスキルの効果でしょ? 一体、どんな能力なの? 教えなさい!」
その道の探究者によくある、知識欲を制御出来ないタイプらしい。ネルバは俺の肩をグッと掴み「どんな魔法? それともスキル?」と何度も聞いてくる。
ネズミの心臓は俺が【影穿ち】で摘出し、【影牢】にしまったのだが、本当のことを話すわけにはいかない。今世の俺は、地味に謙虚に生きるのだ。
「何度聞かれても、ネズミの心臓は知らないです。俺は素手でネズミの首を絞めて駆除した。心臓を摘出したのは、事務員じゃないですか?」
「そんなわけないでしょ! さっさと白状しなさい」
ネルバはどんどん言葉が乱れる。しかし、拷問をされるでも人質を取られているわけでもないのに、俺が【影術】について話すわけがない。
「どうすれば、教えてくれるの!?」
「普通に考えてください。もし本当に俺がレアな魔法やスキルをもっていたとして、初対面の人に教えると思いますか?」
とりあえず時間を稼ごう。
「わかったわ! この後、食事に行きましょう。そこで私が信頼できる相手だと分かった、教えてくれるんでしょ?」
「えっ、今日ですか?」
「そうよ! ちょっと待っていなさい。話をつけてくるわ」
ネルバはつかつかと早足で修練場を出て行く。一人ぽつんと残される。
「まさか、【影穿ち】が問題になるとは……」
しばらく待っていると、ドレス姿になったネルバがやってきて「食事にいくわよ」と俺の手を引いた。
「おかしなことになった」
俺の呟きは誰にも届かなかった。
#
小洒落たレストランで昼飯を食べ、人気のカフェでお茶をした。
ネルバから解放されたのは、陽が落ち始めた頃だった。
「ゼルが秘密を明かしてくれるまで、誘うから」と言い残し、ネルバは馬車に乗って宿舎へと帰っていった。
周囲にはそれなりの人目があったが、大丈夫だろうか? 悪目立ちしていなかっただろうか? 心配になる。
今世の俺はコツコツと地道に生きるのだ。表に出たくない。
遠ざかる馬車の背を見送りながら、改めて自分の生き方について再確認する。
「まぁ、のらりくらり躱していれば、そのうち諦めるだろう。ネルバはそんなに暇じゃないだろうし」
雑踏の中で呟き、馬車が完全に見えなくなったところで踵を返す。そして、我が家に向かって歩き始めた。
アパートに帰り、部屋の空気を入れ替える為にベランダの窓を開けた。何となく気になって、ベランダに降りて隣を見ると、酒を手に持ったリュミンの姿があった。
薄暗くて肌の色はわからないが、酔っ払っている雰囲気がある。
「おっ、ゼルじゃないか。今日は一日仕事をしていたのだな? 感心」
今日に関しては依頼をこなしていたわけではなく、銀髪長身の美女と飯を食ってお茶をしていただけなのだが、それを伝えるのはなんとなく憚られる。
「……あぁ。久しぶりに長く働いたから疲れた」
「どんな依頼をやっつけた?」
リュミンはベランダの端により、グラスの中の氷を鳴らしながら尋ねてきた。
「ん? いや普通の採取依頼だよ。ポーションの原料になる薬草を森の浅いところで集めていた。なかなか依頼の量に達しなくて時間がかかった」
「ふーん」
リュミンは疑ったような声を出すと、グラスの中の酒を飲み干し、ふらりと部屋の中に戻った。俺もベランダに残る理由がなくなり、中に入る。
床に敷いた寝袋に寝転ぶと、耳が痛くなるような静寂が広がった。そして、俄かに生まれた罪悪感が俺の中で騒いだ。
#
■リュミンの日記
いつものようにダラダラとベランダで飲んでいると、日が暮れた頃にゼルが現れた。勤勉に依頼をこなしていたのだろうと話し掛けると、どうも様子が違う。
様子というか、香りが違った。
ゼルの身体から香水の匂いがした。しかも、女物だ。
ゼルのような地味な若者が、そんな香りを纏う理由があるとすれば──女と会っていた以外に考えられない。
もちろん、誰と会っていたかまでは分からない。だが、香りの種類からして、安物ではない。つまり、相手はそれなりの地位か財力を持つ女。
ゼルは「薬草採取の依頼だった」と言った。
あれは嘘だ。あの香りは森ではつかない。あれは、絨毯の敷かれた室内でしか漂わない香りだ。
ゼルが女と会っていたところを想像すると、ひどく心がザラザラした。
生意気だ。今度会ったらいじめてやろう。