隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない   作:フーツラ

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第4話 絡まれる

■リュミンの日記

 

 スラムの様子を眺めながらベランダで酒を飲んでいると、夜になっていた。ベランダの端に灯りの魔道具を置き、部屋から椅子を持ってきて、夜風を浴びながら、更に飲んだ。

 

 日付が変わろうという時間になって、ガン、ガンとアパートの外階段を誰かが上がってくる音がした。

 

 何者かは三階まで上がってきて、程なく、隣の部屋の灯りがついた。ゼルだ。こんな遅い時間まで依頼をこなしていたのだろうか。

 

「お疲れ様」とでも言ってやろうかと待ち構えていたが、ゼルは一向にベランダに現れない。少しすると、ゼルの部屋の灯りは消えた。そのまま寝てしまったようだった。

 

 大家である私に挨拶もしないとは……。一度、キチンと指導をしなければ……。

 

 そんなことを考えていると、夜は更に深くなっていた。

 

 

#

 

 

 黒焔魔法師団で副団長を務める長身の麗人、ネルバに呼び出されて食事をし、スキルについて問い詰められること三回。出身地や家族のことなどは話してしまったが、いまだにスキル【影術】のことは黙っている。

 

【影術】なんてスキルを使う人間なんて前世でも俺しかいなかった。このスキルのことが知られると、きっと目立ってしまう。黙っておくしかない。

 

 ネルバの俺のスキルに対する興味はどんどん増しているような気がしているが、まぁ、なんとかなるだろう。

 

 毎回、食事を奢ってもらえるので「一食分得した」ぐらいの感覚でやり過ごそうと思う。

 

 そんなことを考えながら早朝の冒険者ギルドの扉を開く。

 

 時間が早いので冒険者の姿は疎らだ。俺と同じような駆け出しが熱心に依頼掲示板に貼り付いている。新しく追加される依頼票を待っているのだろう。

 

「ゼル君! ちょっと!」

 

 依頼掲示板の前に向かおうとすると、ファムに声を掛けられる。カウンターから飛び出してきたファムは俺の手を掴み、そのままギルドの二階へと駆けあがった。

 

 応接室の扉が開かれ、中へと通される。ファムも入ってきて、厳重に扉を閉めた。

 

 もう、この部屋に来るのは何回目だろう。

 

 ネルバは必ず冒険者ギルドを通して俺を呼び出すので、その度にファムに連れて来られていた。そしてネルバに会った翌日も、こんな感じで拉致されるのだ。

 

 俺も流石に慣れたもので、黙って長椅子に座る。ファムも鋭い眼つきで、俺の前に腰を下ろした。

 

「ねえ! 昨日はネルバ様と何をしたの!?」

「いや、普通に食事をしただけだが?」

「本当に? ネルバ様とゼル君らしき人が貴族街近くのバーに入って行ったって目撃談があったわよ!?」

 

 まさか見られていたとは……。冒険者ギルドの職員があの辺りに暮らしているのかもしれないな……。気をつけないと……。

 

「夕食をとったあと、軽く酒を飲んだだけだ」

「ふーん」

 

 ファムは眉間に皺を寄せたまま、上目遣いで見てくる。深夜まで飲んでいたことを見透かされたような気分になる。

 

「なんで、ネルバ様はゼル君に目を掛けているの?」

「別に目を掛けているとかじゃないだろ」

 

 ぐっと身体を乗り出して、更に問い詰めてくる。

 

「もう三回も呼び出されているでしょ? 絶対何かあるわよ!」

「そんなこと言われてもなぁ……。単純に俺のことがタイプなんじゃないか?」

「確かにゼル君はカッコいい部類だけど、ネルバ様が執心するほどじゃない!」

 

 微妙に失礼なことを言われた気がする。

 

「とにかく、呼び出される理由は俺にも分からない。知りたいならネルバ様に直接聞いてくれ」

 

 そう言って立ち上がり、応接室を出て階段を降りる。

 

「ちょっと待ってよ!」というファムの声を背に受けながら、依頼掲示板の前に辿りつく。

 

 出遅れたので、依頼票は少し減っていた。王都の中で完結する便利屋系の依頼は既にない。薬草類の採取依頼も既に完売。

 

 残っていて地味な依頼というと、常設系の討伐依頼だ。

 

 王都周辺は草原になっていて、強力なモンスターは生息していないが、小物はいる。小物でも数が増えると街道の治安が悪化するので、間引く意味合いで王都周辺のモンスターに対しては常設の討伐依頼があるのだ。

 

「グラスウルフとホーンラビット、マッドラット……」

 

 依頼票があったのは、三種類のモンスターの討伐依頼。どれも王都周辺の雑魚モンスターだ。

 

 討伐するのは簡単だが、あまり早く片付けてギルドに戻ると怪しまれる。スキルを使っているところを他の冒険者に見られるのもマズイ。討伐依頼は何かと気を遣って面倒なのだ。

 

「とはいえ、だよなぁ……」

 

 収入を考えると、働かないという選択肢はあり得ないのだ。

 

 俺は一番難易度の低い「マッドラット討伐」の依頼票を取ると、カウンターに向かい、ファムに渡した。

 

 ファムはまだ納得のいかない表情を俺に向けるが、仕事は仕事。サクッと受付は終わった。

 

「さて、行くか」

 

 背後に妙な視線を感じながら、俺は冒険者ギルドを後にした。

 

 

 

 

 王都には東西と門がある。北門は王族と貴族しか使えない。西門は騎士団や魔法師団専用となっていて、冒険者が使うことが出来るのは東門と南門だけだ。

 

 俺は一番雑多で込み合っている南門を出てしばらくは街道を進んだ。

 

 商人が馬車を走らせ、ゆっくり歩く俺を追い抜いていく。

 

 耳を澄ますと、俺と同じ速度で進む足音がある。

 

 試しに止まってみると、足音も止まる。

 

「はぁ」

 

 俺は街道から外れ、草原を進む。マッドラットを狩るのだから当然、街道からは外れる必要があるのだが、その前にやることがありそうだ。

 

 街道から十分距離を取ったところで、足を止めて振り返る。視界に入ったのは、三人の男。三人ともネコ科の獣人だ。

 

 駆け出しの冒険者のようで、粗末な服の上に剣帯だけ装着し、短剣をぶら下げている。

 

「俺に何か用か?」

 

 一人が前に出てた。肩で息をしながら、尾は怒りを表すように左右へと激しく揺れている。興奮で丸く開いた瞳孔が俺を睨みつけた。

 

「お前! ファムに手を出すんじゃねえ!」

 

 驚きだ。まさか、俺がファムを誘っているように見られているのか? どう考えても、俺は絡まれている側だろ……。

 

「お前、馬鹿なのか? どんな風に解釈したら、俺がファムを誘っているように見えるんだ? 冒険者ギルドで声を掛けてくるのはいつもファムの方じゃないか」

「そ、それは! お前が何かしたからだろ! ファムの弱味を握るようなことを!」

 

 頭がクラクラする。獣人が直情的なのは昔からだが、こいつは飛び切りの考えなしだ。ファムが別の男といるのを見ただけで、頭に血が上って冷静な判断が出来なくなるのだろう。

 

「俺はファムから伝言をもらっているだけだ」

「それなら、別に受付カウンターで言えばいいだろ!」

 

 獣人の男は空気を払うように大きく手を動かしながら、怒鳴り続ける。

 

「人前では言えないことなんだ」

「どういうことだよ! お前、やっぱり怪しいな!! ファムに纏わりつく害虫め!」

 

 面倒だな。少しこちらから攻めてみよう。

 

「ところでお前はファムとどういう関係なんだ? ファムの彼氏か?」

 

 獣人の男は少し言葉につまる。

 

「……いずれ、そうなる予定だ」

「つまり、今はただの他人ってことでよいか?」

「……」

「他人の癖にファムの交友関係に口出しをして……お前、ヤバイ奴だな」

「うるせえぇ……!」

 

 先頭の獣人が剣帯に手を伸ばした。全く、愚かな男だ。しかし、その愚かさに利用価値があると、閃いた。

 

 俺は剣を抜いて凄む三人の影を意識する。そして──。

 

【影縫い】

 

「……!?」

 

 影を縫われた三人はピタリと動きを止めた。その眼球だけが、せわしなく動く。

 

「さて。お前達三人は俺に向かって剣を抜いた。つまり、殺そうとした。俺がお前達を殺しても文句はないな?」

 

 三人の眼球の動きが激しくなる。必死に身体を動かそうとしているのだろうが、こんなに快晴の日のくっきりとした影を縫ったのだ。指一本だって動かない筈だ。

 

「駆け出しの冒険者が消えたところで、誰も不思議には思わないだろう。同族のファムでさえ、お前達が現れなくなったことに気が付きさえしない。お前達の死体はマッドラットに食い荒らされ、骨だけになり、やがてそれも崩れて土に還る」

 

 一人の瞳から涙が流れ始めた。自分の死を、具体的に意識したのだろう。

 

「そんなに悲しむことはない。誰もお前達の死を悲しむ者はいないんだ。お前達だけ、悲しむのも変だろ? ただ、命を終えるだけ。家族も友人も、その瞬間に関係がなくなる。気楽なものだ」

 

 残る二人の瞳からも、涙が零れる。さっきまであんなに威勢がよかったのに、ころころと感情を変えて忙しいものだ。

 

「さて、殺すか」

 

 涙は止まらない。もうそろそろ、いいだろう。

 

「しかし、一つだけお前達が助かる方法がある」

 

 三人の瞳の黒目がグッと広がった。やはり獣人は感情の遷移が分かり易い。

 

 ここで、俺に難癖をつけてきた男の【影縫い】を解いた。男は恐る恐る、手を動かし、自分の身体を触っている。

 

「おかしな動きはするなよ? まだ、仲間二人の命は俺が握っている」

「わかった……」

 

 男はいまだ身動きの取れない仲間二人を振り返り、怯えた表情を俺に見せた。

 

「俺とファムは何の関係もない。本当に伝言を聞いていただけだ。いいな?」

「……はい……」

「さて、本題だ。お前達はここで殺されない代わりに、俺の協力者になってもらう」

「協力者?」

 

 男は首を捻る代わりに、尻尾を曲げてみせた。

 

「そうだ。これからお前達には、俺に変わって冒険者ギルドで様々な依頼を受けてもらう。依頼自体は俺が達成するから心配しなくていい。報酬の三割ぐらいはくれてやる。ただし、絶対に誰にも口外するな。秘密が漏れたら、次は本当に殺す」

「わかった……。でも、それはお前にとって何の得があるんだ?」

「俺は目立ちたくないんだ。地味に暮らしたい」

 

 地味に暮らす。なんて選択肢はこの男の中にはなかったのだろう。何か考え込んだような表情になった。

 

「それでいいなら俺達はいいが……。よく分からねぇなぁ……」

 

 その後、俺は残りの二人の【影縫い】を解除し、俺のことを口外しないと制約させた。

 

「お前達、マッドラットの討伐依頼は受けたか?」

「あぁ、一応」

「よし。丁度いい」

 

 程なくして、俺は王都周辺のマッドラットを全て駆逐した。

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