隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない 作:フーツラ
俺の協力者になったネコ科の獣人三人。毛並みは灰色がかった茶色で、耳は常にぴくぴくと動き、感情がすぐ顔に出るタイプだ。瞳は琥珀色で、怒りも喜びも、すぐにその中に浮かぶ。
聞くところによると、ヒューイはファムと同じ集落の出身らしい。
ヒューイはファムの三つほど年下の十五歳。つまり、俺と同じ年齢だ。
幼い頃から年上のファムに憧れていて、十五歳で成人してから、ファムを追いかけるようにして王都に出てきたそうだ。ファムと接点を得るために冒険者になり、ファムに認めれれるために、せっせと依頼をこなした。
そんな甲斐があって、つい先日、冒険者として最低ランクであるE級からD級にあがったらしい。
ヒューイにとって、それは人生の転機だった。
ようやくファムに認められる──そう思った矢先に、俺が現れた。
冒険者ギルドの中で、何度もファムに呼び出され、二人で応接室に消えていく俺の姿を見て、ヒューイの心はざわついた。
一体、ファムと何をしているのか……?
ヒューイは妄想を膨らませ、俺に対する嫉妬心を募らせていった。そして、先の凶行に及んだわけだ。
「……ゼルの分だ」
ヒューイがテーブルの上に小袋と置いた。ガチャリと金貨の音が響くが、昼間から酒を飲む酔っ払いのがなり声にすぐに打ち消された。
ここは冒険者ギルドから離れた、スラムに近い昼間から営業している酒場の片隅。
木製の四人掛けのテーブルに、俺とヒューイたち三人が腰を下ろしていた。マッドラット討伐の報酬を分配するためだ。
王都周辺のマッドラットを殲滅した報酬はそれなりの金額となり、その七割でも金貨十枚以上ある。
「本当に、俺達が三割ももらっていいのか?」
「構わない。その代わり──」
口外するなよ。と視線を強くする。ヒューイ達は一瞬で怯えた表情になり、背筋を伸ばす。
「……わかっている」
唇を震わせながら、なんとかヒューイは答えた。
ヒューイ達にとって、俺の能力は未知だ。なぜあの時、自分達の身体が動かなくなったのか分かっていない。俺がその気になれば、いつでも命を奪われる。と思っていることだろう。まぁ、それ自体は間違いではないが……。
「今後のことを相談したい」
ヒューイ達は無言で頷く。
「基本的に朝一でギルドの依頼掲示板の前に集合。俺が指さした討伐系の依頼票をヒューイが取り、受付をする。その後は俺が依頼をこなして、討伐証明の部位と魔石をお前達に渡す。で、報酬の受け渡しはこの酒場でやる。何か問題は?」
「……ない」
よし。素直でいい。
「冒険者ギルド内で俺に接する時は、なるべく悪態をついてくれ。ヒューイ達は期待の新人。俺はパッとしない底辺冒険者。そう、印象付けたい」
「……でも……」
「いいから、やれ」
「……はい……」
ヒューイ達はシュンとして下を向く。
俺はテーブルの上の木製のジョッキを呷り、ぬるいエールを飲み干した。
「明日からも頼むぞ」
「わかった」
俺は店のカウンターに向かって主人に金を払い、酒場を後にした。
#
小金持ちになった俺は王都南通りに並ぶ露店をひやかしていた。
石畳の通りには、色とりどりの布を張った屋台が並び、香辛料の香りや焼き菓子の甘い匂いが風に乗って漂ってくる。
今までなら、財布の中身を気にして足早に通り過ぎていたこの通りも、今日は違う。懐の余裕は、心の余裕を生む。
歩く速度も自然と緩やかになり、視線は商品に吸い寄せられていく。
最初は武具でも買い揃えようかとも考えたが、地味で報酬の低い依頼しかこなしていない俺が、急に装備を充実させたら怪しい。目立つのは避けたい。今世の俺は「謙虚堅実にコツコツと」だ。
武具店へ行くのはもう少し先。
今はあてもなくただ露店に並ぶ商品を眺め、興味を惹くものがあれば手に取り、店主と会話する時間を楽しんでいた。
誰かに追われるわけでもなく、誰かを守るわけでもない。ただ、穏やかな午後の陽射しの中で、俺は俺の時間を過ごす。ずっとこんな時間が続けばいい。
「これは?」
地面に色褪せたラグを敷き、その上に古びた小物を並べる髭モジャの老人に尋ねる。老人は俺の指差した品に目をやり、記憶を探るように唸った。
「そりゃ~あれだ。えーとなんだっけなぁ。うーんとえーと……あぁ~もう少しで出てきそうなんだけどなぁ……」
俺が指したのは、ナイフの鞘だった。ナイフ本体はなく、鞘だけがぽつんと置かれている。
その鞘には凝った意匠が施されていた。銀糸で縁取られた模様は、薔薇の花をかたどっている。鞘全体を見ると古びているが、その美しさは、時を経てもなお色褪せていなかった。
「随分と古そうだが」
「えぇっと、そうだ。何百年か前に滅んだ国の、騎士団だかの紋章が描かれたやつだ」
懐かしい。俺とリュミンに喧嘩を討った騎士団の紋章だ。確か、白薔薇騎士団とだったか。
『私の好きな白薔薇を冠する不届きな輩どもめ。今から黒薔薇にしてやる』とか言って、リュミンは広範囲に爆裂魔法を放ち、宣告通りに黒焦げにしていた。
その後、王国はその国と本格的な戦争に突入したのだが、リュミンは知らんぷりしていた。今思い出しても、やはりとんでもない奴だ。
「このナイフの鞘をくれ」
「まいど~」
鞘を受け取り、懐にしまう。遠い過去の記憶を、取り戻したような感覚になった。
俺はその後、花屋で白薔薇を、屋台で夕飯を買ってからアパートに戻ることにした。陽はゆっくりと傾き始めていた。
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カン、カンと音を立てる鉄製の外階段を上り、アパートの三階へと辿り着いた。鍵を取り出して玄関を開けていると、涼しい風が俺の頬を撫で、もうすぐ夜が訪れることを伝える。
部屋に入ると魔道具の照明を点け、ベランダ側の窓を開けて空気を入れ替えた。
「おい」
ベランダの向こうからリュミンの声がした。明らかに俺を呼んでいる。
「おい、ゼル。こっちにこい。直ちに」
棘のある命令口調。なんで機嫌が悪いんだ……⁉ 俺は何もしていないだろ……‼
「今行く」
荷物を置き、屋台で買った串焼とパンを片手にベランダに出た。食べ物で懐柔しようという腹積もりである。
「ゼルよ。昨日は随分と帰りが遅かったではないか。もう日付が変わろうという時間に部屋にもどり、ベランダにも出ずにそのまま寝てしまったであろう? 私は労いの言葉を贈ってやろうとベランダにいたのに、貴様は顔も見せずに寝てしまった」
知らねえよ! 昨日はネルバに飲まされて酔っぱらっていたんだよ!
「そうだったのか……。それは悪いことをした。串焼食べる?」
「いらん! そのような下賤な食べ物は舌にあわん!」
噓つけ! お子様舌で味が濃ければなんでも「美味しい!」というくせに!
「そうか」
すわった眼つきで悪態をつくリュミンを尻目に、串焼の肉をパンに挟み、大口を開けて頬張る。
「あっ」
リュミンが物欲しそうな声を上げたが、無視する。無言で咀嚼し、食べ終えた。
「ガツガツとした食べ方に、育ちの悪さが出ている」
「俺は田舎の漁師の三男だ。育ちが悪くて当然だろ」
「こやつ、開き直りおった」
頬に当たる夜風が気持ちいい。べつにリュミンと話したいわけではなかったが、ベランダの心地よさに負け、鉄製の手すりに身体を預ける。
「今日はなんの依頼をしたか?」
「……マッドラットの討伐」
「かっかっかっ! 相変わらず地味な依頼をこなしておるな」
「いいんだよ。地味で。俺はコツコツタイプなんだ」
急に機嫌が良くなったリュミンは手に持ったグラスの氷をカラカラと鳴らし、声を弾ませる。
「まさか、こんな遅くまでマッドラットの討伐をやっていたのではあるまいな?」
「そんなわけないだろ。依頼を終えたあと、露店をひやかしていた」
「何か面白い雑貨でもあたか?」
リュミンは手すりに寝そべり、夜風に髪をなびかせている。
「そうだな。凝った意匠のナイフの鞘があった。年代物らしかったが、柄が気に入ったので買ったよ」
「ほう、見せてみろ」
審美眼を確かめてやる、といった口調でリュミンは要求する。俺は懐からナイフの鞘を出すと、ベランダ越しに手渡した。指先が微かに触れ、妙にもどかしい感覚が生まれた。
「ほお」
リュミンは灯りの魔道具でナイフの鞘を照らし、熱心に観察している。
「これはかつてあったホルン王国のある騎士団の紋章だ。懐かしい」
「物知りだな」
「エルフは長生きだからな」
一瞬、リュミンは視線を中空に彷徨わせた。
「どうした?」
「いや、その紋章を使っていた騎士団──白薔薇騎士団について思い出していた。昔、コンビを組んでいた男がいて、そいつが白薔薇騎士団に喧嘩を売ったんだ」
いやいや、喧嘩を売ったのはお前だ。リュミン。
「奴のせいで、最終的にホルン王国とエウレリア王国の戦争にまで発展してしまった。全く、とんでもない男だった。ゼルはそんなことをするんじゃないぞ?」
お前だ! 戦争の原因はリュミンだ! 俺は知っている!
「やらねーよ。そもそもそんな力も度量もない」
「そうだたな。ゼルは所謂、底辺冒険者」
なんだろう。少しむかつく。しかし、そんな俺の気持ちには全く頓着せず、リュミンはジッと白薔薇騎士団のナイフの鞘を見つめている。
「やらないぞ?」
「べ、別にいらないし!」
「そうか。いらないか」
「もらってやらんこともない」
リュミンは物欲しそうな瞳を俺に向ける。酔っぱらっているせいか、少し潤んで見えた。
「ちょっと待っていろ」
俺は一度部屋に戻ると、思い付きで買った一輪の白薔薇を手にしてベランダに出た。リュミンの傍に寄る。
「ナイフの鞘はやらないが、代わりにこの白薔薇をやろう」
「えっ?」
リュミンの頬が俄かに紅潮した。酔いが回ったようだ。
「ほら」
「うむ……」
白薔薇をリュミンに渡し、ナイフの鞘を受け取る。
「白薔薇、好きなのか?」
「……まぁまぁ」
「そうか」
それから二言、三言だけ会話し俺は部屋の中に入った。リュミンが「酔った」と顔を紅くして、「寝る」と言って引っ込んだからだ。
「俺も寝るか」
向上しつつある生活に満足感を覚えながら、俺は床に敷いた寝袋の上に転がった。開けっ放しの窓からは、少し湿り気を含んだ夜風が入り、相変わらず俺の頬を撫でた。
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■リュミンの日記
頬が火照る。胸の奥で心臓が騒ぎ、酒精が血流に乗って全身を駆け巡る。
すべては、ゼルのせいだ。あの男が、何の前触れもなく白薔薇を差し出したから。
奴は何故、私の好きな花を知っている? それとも、知らずにたまたま? モヤモヤする。心臓が痛い。
奴のことを思い出してしまう。私を残して勝手に死んだ奴のことを。
……いけない。落ち着かねば。水を飲もう。冷たい水で、熱を鎮めよう。
今日は、ゼルを叱るつもりだった。だというのに、気づけば彼に言いくるめられていたような気がする。
十五歳の少年に、翻弄されるとは。けしからん。実にけしからん。指導が必要だ。
そう、彼はまだE級の底辺冒険者。私が導いてやらねばならない。今日は早く眠ろう。そして朝、冒険者ギルドに顔を出す。
……こんなにも早く床に就くのは、何年ぶりだろうか。