隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない 作:フーツラ
早朝の冒険者ギルド前。俺が入り口に近付くと、三人の猫科の獣人が現れた。ヒューイ達だ。三人は俺を押しのけるように冒険者ギルドに入る。
ヒューイ達には「なるべく俺を邪険に扱え」と指示してある。それを忠実に守っているわけだ。素直でいい奴等だ。
基本的に冒険者って人種は単純で人に流されやすい。ヒューイ達に格下扱いされる俺を見て「あぁ~こいつは馬鹿にしていいやつなんだ」と思う。そしてそれは連鎖する。
十日もすれば俺は完全に「底辺冒険者」の地位を確立するだろう。地味な依頼ばかりをこなす、臆病者。そんな評価になれば言うことなし。
裏では前世から引き継いだスキルを駆使して金を稼ぎ、表では冴えない冒険者。この構図が確立できれば、「謙虚堅実にコツコツと生きる」という俺の目標が「謙虚堅実にそこそこ贅沢に生きる」へとアップする。
ネルバに高級レストランに連れて行かれ、美味い飯と美味い酒をご馳走になったのが良くなかった。一度良いものに触れてしまうと、スラムの屋台の飯がひどいものに思えるようになってしまった。
かといって、金を稼ぐために高難易度の依頼をバンバンやっつけてしまうと、目立ってしまう。それは嫌だ。
そんな俺にとって、ヒューイ達を隠れ蓑にする方法は理に適っているのだ。
少し時間を置いてから、冒険者ギルドに入る。
依頼掲示板の前にはヒューイ達が立っていた。俺が来るのを待っているのだろう。
俺はいかにも自信がない様子でこそこそと依頼掲示板へと向かった。
ヒューイ達三人を含む若手冒険者が熱心に依頼票を見ている。
人垣の隙間から目ぼしい依頼票を探す。
金になりそうなのは……「野盗の討伐」だな。
王都の東の街道に現れるという野盗。その討伐依頼がある。依頼主が商業ギルドということもあり、かなり報酬がいい。ヒューイ達にはこの依頼を受けさせよう。
俺はヒューイのすぐ隣に立ち、依頼票を指差しながら呟く。
「野盗の討伐かぁ……」
ヒューイはビクリと反応し、ちらと俺を見た。俺は目で合図を送る。ヒューイは覚悟を決めたような顔になった。
「へっ! 雑用ばっかりやってる臆病者が野盗の討伐なんて出来るわけないだろ!? 俺達の活躍を指でもくわえてみていることだな」
ヒューイは俺に向かって予定通りの悪態をつき、「野盗の討伐」の依頼票を掲示板から乱暴に剥がした。そして、大股で受付カウンターへと向かう。
その様子を確認してから、俺は地味な「薬草採取」の依頼票を手に取った。隣に立つ若手冒険者が鼻で笑った。
さっそく「見下しの連鎖反応」が機能したようだ。狙い通りにはまり、嬉しくなる。
背中を丸めながらこそこそと受付カウンターへと──。
「おい、ゼル! 貴様、馬鹿にされて悔しくないのか!」
──凛とした声が冒険者ギルドに響く。声の主はリュミンだった。いつものように酔っ払いではなく、キリリとした表情をして、いかにも高級なローブを纏って立っている。小者を演じている俺とは雲泥の差がある。
「……いや、別に馬鹿にされたわけじゃ……」
「馬鹿にされていたであろう! 全部見ていたぞ! なぜ、冒険者らしく上を目指さない!? 謙虚堅実と向上心がないのは別だぞ!?」
いや、俺はわざと馬鹿にされにいっているの! それが狙いなの!
「……俺は身の丈にあった依頼をこなしているだけだ」
「昨日はマッドラットの討伐をしたのであろう? ならば今日はグラスウルフの討伐に挑戦すればよいではないか! なぜ、薬草採取依頼なのだ!」
「……危ないし……」
「それならば、私が指導してやろう! ほれ、グラスウルフの討伐依頼を受けるぞ!」
リュミンは人垣を割って依頼掲示板の前に立ち、勢いよく一枚の依頼票をちぎった。そして俺の手を引いて受付カウンターの前に向かう。
カウンターの横ではヒューイ達が困惑した表情浮かべて立っている。リュミンというイレギュラーな存在の登場によって、次にどう行動すべきが分からなくなってしまったのだろう。
俺はヒューイを見てから、視線を冒険者ギルドの入り口に向けた。「先に出ていろ」という意味を込めて。
ヒューイは俺の意図を察して動き出す。
すれ違うようにして、俺とリュミンは受付カウンターの前に立った。
「この男はグラスウルフの討伐依頼を受ける!」
リュミンは勝手に宣言し、バン! と音を立てながら依頼票をカウンターに叩きつけた。ファムが少し迷惑そうな顔をする。
「あの……ゼル君にグラスウルフの討伐は少し早いような……」
「案ずるな、小娘。ゼルの面倒はこのリュミンがみる」
「はぁ……」
ファムはいよいよ困った顔になる。どうやら、今の時代ではリュミンはそれほど有名ではないらしい。少々意外だ。もしかすると、隠居して何十年も表舞台に立っていないのかもしれない。
「ゼル君、本当に大丈夫? というか、この人だれ?」
ファムはカウンターから身を乗り出し、小声で俺に尋ねた。
「俺が住むアパートのオーナー。いつも飲んだくれて、暇を持て余している」
「誰が飲んだくれだ! いいから、さっさと受付を済ませるのだ!」
リュミンの剣幕に押され、ファムは仕方なくグラスウルフの依頼票を処理した。
「よし! さっそく草原に向かうぞ!」
「そんなに腕をひっぱるなよ」
そのほっそりとした腕からは想像もつかない力で、リュミンは俺をひっぱり冒険者ギルドの外に連れ出した。そしてそのまま街道を進み、王都の東門へ向かう。
後ろを振り返ると、ヒューイ達三人がついてきている。どこかのタイミングで俺に接触するつもりなのだろう。
「おい、よそ見をするな! 行くぞ!」
「わかったから、もう手を放せよ」
「断る!」
リュミンはきっぱりと断り、俺の手を離そうとしない。随分と機嫌のよさそうな笑顔を浮かべたまま、リュミンは歩き続けた。