隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない   作:フーツラ

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第7話 リュミンの指導

「ほれ、剣を抜け。いつ、グラスウルフが襲ってくるかわからんぞ?」

 

 王都東の草原。見渡す限り、膝丈ほどの草木が広がっている。パッと見ではモンスターの姿はない。マッドラットもホーンラビットもグラスウルフも草木に身を隠しているのだ。

 

 ちなみにこの辺りの食物連鎖は虫→マッドラット、ホーンラビット→グラスウルフとなっている。草原の覇者はグラスウルフだ。人間を除けば。

 

「ふむ。あの辺が怪しいな。行ってみるか」

 

 リュミンが指さした先には、草の密度に不自然なばらつきがある。数体のグラスウルフが地面に寝そべり、獲物が通るのを待っているのだろう。もしかすると、マッドラットやホーンラビットの巣が近くにあるのかもしれない。複数ある巣穴の入り口を手分けして見張るぐらいの知能はグラスウルフにもある。

 

 リュミンは右手に杖を構えながら、スルスルと草木を縫うように歩く。魔法使いとは言っても、超一流の冒険者。その身のこなしは相変わらず洗練されたものだった。

 

 俺も後に続く。

 

 ピタリとリュミンの足が止まった。無言である地点を指差す。緑色の草の中に、微かに灰色が見えた。グラスウルフだ。リュミンが顎をしゃくって、俺に促す。「やってみろ」と。

 

 さて、どうしたものか。スキルを使わなくても、グラスウルフぐらいなら簡単に仕留めることができる。しかし、あまりあっさり片付けてしまうとリュミンに「なぜもっと上を目指さない!?」なんて言われかねない。この塩梅が難しい。

 

 うまく苦戦しなければ……。

 

 俺はあえて気配を消さずにグラスウルフに近付く。俺に気が付いたグラスウルフはより一層身を低くし、いつでも飛び掛かれるように力を溜めている。

 

 パキリ。と地面に落ちた低木の枝を踏んだ。それを合図にして、グラスウルフが勢いよく飛び掛かってきた。その顎門は俺の喉を狙っている。

 

 短剣の腹をグラスウルフの口に噛ませると、「ガチ」と硬い音がした。グラスウルフはそのまま俺に体を預けてくる。

 

 俺は短剣を手放し、グラスウルフと共に地面に倒れ込んだ。噛まれないように顎を左手で押さえながら、右手で腰のナイフを抜く。

 

 前足の鋭い爪が安物の鎧下を破る。擦り傷が生まれた。丁度いい。苦戦している感じが丁度いい。

 

 俺は右手のナイフをグラスウルフの首元に刺した。あえて浅く刺し、何度も傷を抉った。出血によって、グラスウルフの動きが急に鈍くなり、やがて動かなくなった。

 

「ふうぅ」

 

 立ち上がり、息を吐く。

 

「無様だ」

 

 リュミンは呆れた様子でつぶやいた。その瞳には俺を馬鹿にしたような気配がある。どうやらちゃんと、苦戦をしているように見えたらしい。俺の演技力もなかなかである。

 

「見ておれ」

 

 手本を見せるつもりらしい。杖を構えたリュミンは滑るように草原を進む。完全に気配を消しているようで、もうすぐ近くまで来ているのに、グラスウルフは飛び掛かる様子すら見せない。

 

 リュミンは杖の柄の部分を握ると、石突をグラスウルフに向かって突き刺した。残心の後、俺の方を向いて手招きをする。

 

 近寄ると、眼窩を杖で貫かれた狼の魔物の死体があった。

 

「相手に気付かれる前に致命の一撃を与える。これが最も安全で効率のよい戦いかたじゃ」

 

 リュミンは胸を張り、ドヤ顔を向ける。

 

「それが出来れば底辺冒険者なんてやってない」

「練習じゃ、練習。せめて相手の初手を狙いを持って躱せるようにならないと、いつまで経ってもドン臭い戦いしか出来ないぞ? 相手の動きを見切ったうえで、自分に有利になるように仕向けるのだ」

 

 そう言ってリュミンは大股で歩き出した。近くに潜んでいたグラスウルフが警戒をして身を低くし、力を溜め始めた。

 

 あと数歩。というところでグラスウルフはリュミンに飛び掛かる。杖の上下を持ち換えていたリュミンは、鋭く尖った石突を大きく開いた顎門に差し込んだ。一瞬、空中に縫い付けられたように、グラスウルフの体が止まる。

 

 リュミンが杖を素早く抜くと、グラスウルフはそのまま地面に落ち、何度か痙攣した後に動かなくなった。石突は生命の中枢を破壊していたのだろう。

 

「ふん。こんなもんか。ゼル、やってみろ」

「……わかった」

 

 ドヤ顔が面倒くさい! もう!!

 

 俺はリュミンの監修のもと、グラスウルフを倒し続けた。一戦一戦で成長している姿を演出しながら。これは前世も含めてかなり難易度の高い戦いだった。超一流の冒険者に対して実力は隠しつつ、相手の指導にあわせて成長を演じる。

 

 別に二、三体倒したところでやめてもよかった。しかし、俺はグラスウルフを狩り続けた。俺の動きがよくなる度に、リュミンは笑顔になったからだ。

 

 アパートのベランダで酔っ払い、ダル絡みをしてくるリュミンとは違った。俺がグラスウルフを倒す度に声を弾ませ、文句を言いながらも俺を鼓舞する。

 

 前世で一緒に強敵に挑んでいた時と同じような感覚。心が弾み、妙な高揚感がある。

 

「どんどん良くなっているぞ! 私の指導がいいからだな!」

「……言ってろ」

 

 グラスウルフの死体で山が出来つつあった。

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