隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない 作:フーツラ
もうすっかり陽は落ち、辺りは薄暗い。
腰にぶら下げた灯りの魔道具を点け、グラスウルフの討伐証明部位である右耳をナイフで切り落とす。そのままナイフを胸に突き入れ、開く。心臓の横に手を入れて、魔石を掴んで引っ張り出した。
リュミンが見ていなければわざわざ手を汚さなくても【影穿ち】で魔石を取り出すのだが、仕方がない。俺が【影術】を使えばきっと騒ぎ出すに違いない。
そしてかつて喧嘩別れした前世の俺を思い出し、不機嫌になるだろう。せっかく良好な関係なのだ。わざわざそれを壊すようなことはすべきではない。
「随分、遠くに来てしまったな」
「あぁ」
グラスウルフの潜んでいる場所を探しているうちに、王都から随分と離れてしまった。これから戻ると、深夜とは言わないまでも遅い時間になる。
「一旦、街道まで行くか?」
「そうだな」
馬車の灯りが点々と連なって見えるのが街道だ。一度そこまで言って道なりに王都まで戻るのが距離的にも最短だろう。
リュミンと並び、街道に向けて歩く。なんとも懐かしい気分になる。
かつてはほぼ毎日一緒に行動していたし、ほとんどの時間、リュミンが隣にいた。食事も買い物もモンスター討伐も、善行も悪行も。死ぬときも一緒なんじゃないかと思ったが、それは違った。
大喧嘩した後、一人で受けた依頼で俺はあっさりと死んだ。リュミンは俺の死を知っていたのだろうか? 今更だが、気になる。
しかし、それを聞く勇気はない。今後も尋ねることはないだろう……。
「グラスウルフ、何体倒した?」
「二十ぐらいかな」
グラスウルフの右耳と魔石が入ったリュックの底を叩きながら答える。
「やれば出来るではないか。冒険者ギルドの獣人の娘も多いに驚くだろう」
「リュミンのお陰だな」
「その通りだ。深く、感謝するように」
言葉は尊大だが、口調は柔らかい。リュミンとの距離が今日一日で随分と縮まった気がする。ひどく上機嫌なようで、三百年前に流行った歌を鼻で歌っている。
「そういえば、ゼルは魔法やスキルは使わないのか? グラスウルフとの戦いでも一切使っている様子がなかったが」
言葉に詰まる。普通、冒険者を志す奴等は最低でも一つや二つはスキルや魔法を授かっているものだ。スキルオーブを使って後天的に増やす奴も多いが、全くゼロなんて話は聞いたことがない。
「……戦闘で使えるようなスキルや魔法はない……」
「そうだったか。嫌なことを聞いてしまったな。すまない」
リュミンが珍しく謝った。その謝罪の言葉が俺に罪悪感を産み付ける。
【影術】なんていうクッソ便利で、条件さえ整えば対人最強のスキルを持つ俺がスキルなしを装う。まぁ、傲慢だよな。
「うん?」
「どうした?」
リュミンが何かに反応し、疑問の声を上げた。視線の先には馬車の光り。ただ、随分と飛ばしているようで激しく揺れている。
「街道とはいえ、夜にあんなに馬車を飛ばすとは……」
【夜目】のスキルを意識する。馬車の後ろには何頭もの馬が見える。
「野盗……?」
「おそらく、な」
視線を馬車に向けたまま、リュミンは答えた。
リュミンも俺も、正義の味方でもなければ悪党でもない。その時の気分や損得で動く冒険者だ。馬車が野盗に襲われているからといって、無条件に助けに入るようなこともない。しかし、今日のリュミンは機嫌がいい。
「ゼル。野盗の狩り方も教えてやる!」
口角を上げてニヤリと笑ったリュミン。ローブの裾と金糸のような髪を靡かせながら、走り出す。俺も慌てて後を追って駆ける。
野盗に追われているのは四頭立ての馬車だった。荷物が山になって積まれている。きっと、護衛の費用をケチった商人だろう。野盗が狙いをつけるわけだ。
ぐんぐん速度を上げ、リュミンは街道に迫った。俺は少し遅れながらも、それに追従する。
リュミンと馬車、野盗達がちょうど三角形を描くような位置関係になった。足をとめたリュミンがローブの中から何かを取り出し、野盗達に向けて放り投げた。
パン! と乾いた音が空を裂く。夜空に閃光が広がる。
白銀の光が闇に沈んでいた街道を一瞬、昼のように照らし出した。馬に跨った野盗たちは、咄嗟に手綱を引く。
光に驚いた馬が嘶き、前足を浮かせて暴れる。野盗の一人が叫び声を上げながら、鞍から投げ出された。
野盗達の跨る馬は混乱し、進路を見失い、互いにぶつかりながらその場で足踏みを始める。
「ゼル、行くぞ!」
俺の返事を待たず、リュミンは野盗達に向かって一直線に走り出す。杖を長く持ち、上段に構えて振りかぶりながら、馬から振り落とされ、地面に転がる野盗に躍りかかった。
パコン! と間抜けな音がなり、野盗が被っていたヘルムが宙を舞った。リュミンは止まらず、再び杖で野盗を殴る。とても魔法使いとは思えない戦い方だ。
スキルも魔法も使えない設定の俺に対して、手本を示しているつもりだろうか?
「ゼル! 野盗は生かして捕まえたほうが、報酬が上がる! なるべく殺さないようにするんだぞ!」
生け捕りされた野盗は犯罪奴隷として奴隷商人に売られる。報酬が上がるというのはその通り。
しかしなぁ……。底辺冒険者の俺がいきなり野盗の討伐をしたらおかしいだろ……。ヒューイ達は何をしてるんだよ……。陽が暮れるまでは俺達を遠巻きにして、この辺をウロウロしていた筈なのに……。
「おりゃ!」
また一人、リュミンに頭を殴られて地面に転がった。どうする……? このままだと、リュミンが野盗を全て生け捕りに──。
「大丈夫か!?」
──その声は若い猫科の獣人、ヒューイのものだった。状況的に、突然現れた暴走エルフに怯える野盗達に向けて「大丈夫か!?」と声を掛けたように思えるが、そんなことはどうでもいい。
俺はヒューイ達に向かって助けを求める。
「馬車が野盗に襲われていたんだ! 俺達は二人しかいない! 助太刀を求む!」
「任せておけ!!」
三文芝居だが、やらないよりはましだ。リュミンも野盗の頭を殴りながら、俺とヒューイの遣り取りを見ていた。
さっそく、ヒューイは短剣を抜いて、いまだに閃光弾に目を焼かれて右往左往している野盗に向かって襲いかかる。
しっかり生け捕りを狙っているようで、剣の腹で野盗の頭を殴り、意識を刈り取るような戦い方をしている。ヒューイの連れの二人もそれに倣い、野盗の頭を狙う。
「よし! 野盗共の手を背中に回してロープで縛るんだ!」
十人いた野盗はすっかり地面に転がり、お縄を頂戴するだけになっている。ヒューイ達はいつの間にかリュミンの手下のような立ち位置になり、「へい」と下手に出ながらロープを取り出し、いそいそと野盗の腕を縛り始めた。
野盗全員の手が背中の後ろに回った時のことだ。パカパカと呑気な馬の蹄の音が闇夜に響いた。野盗達を立たせていたヒューイ達が手を止め、音のする方を見た。俺やリュミンも同じようにする。
「どっちだ?」
リュミンの声。「どっち」とは、野盗の仲間か、それ以外かを指しているのだろう。蹄の音は近付いてくる。ヒューイが灯りの魔道具を馬に向けた。跨っていたのはローブ姿の男。褐色の肌に銀糸のような髪が流れ、ピンと尖った耳が見える。
「ふん。黒か」
現れたのは王国では珍しい、ダークエルフだった。