隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない   作:フーツラ

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第9話 強敵

「悪いが、そいつらのロープを解いてくれないか? 最近野盗も人手不足で、新しいメンバーを揃えるのも大変なんだ」

 

 馬上のダークエルフの男は、馴染みのバーでオーダーでもするかのように、気安く話し掛けてきた。剣呑な状況だというのに、慌てた様子は一切なく、強者特有の余裕がある。

 

 大体、エルフってのは魔法が得意で冒険者であればA級に相当するような奴等がゴロゴロいる。このダークエルフも、きっとそうなのだろう。同じくエルフであるリュミンを見ても、自分が負けるとは微塵も思っていなさそうだ。

 

「見下げた奴だな。エルフの血を引いていながら、野盗に身をやつすとは。帝国から流れてきたのか?」

 

 リュミンはダークエルフと対峙し、厭味ったらしい口調で問う。リュミンは昔からダークエルフを毛嫌いしている。別に差別主義者ってわけじゃないのだが、エルフとダークエルフは歴史的に対立してきた背景があり、関係が上手くいかないことが多い。

 

 三百年前にはダークエルフの集団に襲撃されたこともあり、今もその記憶が残っているのだろう。忌々しいものを見るように、リュミンは眉を寄せている。

 

「あぁ、そうだよ。最近、帝国は荒れていてね。同業者が増えていて、競争が激化しているんだ。だから俺達は活動の場を王国に移した」

 

 ヴェルミリオン帝国か……。俺が死んだ国だ。最近まで漁村で暮らしていたこともあって、今の帝国のことは全く分かっていない。男の話を信じるなら、ひどい状況のようだ。

 

「判断を間違えたな。ダークエルフの犯罪奴隷は高く売れる。お前達、やるぞ!」

 

 リュミンは俺やヒューイ達に発破をかける。数の上では五対一。俺達が優位だが、相手は間違いなく魔法使いだ。気を抜くことは出来ない。

 

 まぁ、リュミンが本気を出せば一撃だろうけど……。

 

「ふん。【氷杭】」

 

 ダークエルフの周囲に手のひら程の鋭い氷の杭が無数に発現した。【夜目】のスキルがなければ、闇に溶け込んだそれを判別することは出来ないだろう。なかなかエグイ。とはいえ、ヒューイ達は猫科の獣人だし、俺もリュミンも【夜目】のスキル持ち。攻撃に気が付かないうちにやられてしまう、なんてことはない。

 

「くるぞ!」

 

 リュミンが叫び声と共に、氷の杭が射出された。ヒューイ達は大きく飛び退き、俺はとリュミンは紙一重で躱す。

 

「まだ!」

 

 また、十個ほどの氷の杭が射出される。ダークエルフは随時【氷杭】を唱えているようで、一向に数が減る様子はない。

 

「ぐぁぁ!」

 

 ヒューイの仲間の一人が脚に氷の杭を受け、地面に転がった。さて、どうする。さっさとリュミンが強力な魔法で片付けてくれればいいのだが、今日は「指南役」を気取っている。俺に「魔法使いとの戦い方を教えてやる」とでも思っていそうだ。

 

「うぁぁ!」

 

 もう一人、ヒューイの仲間が脚を氷の杭に貫かれ、悲鳴を上げて地面に倒れた。どうやらダークエルフの殺意は低いようだ。俺達に致命傷を与えないように戦っている気配がある。生かして捕え、闇の奴隷商にでも売るつもりかもしれない。

 

 助けを求めるようにリュミンの顔を見る。あれ……? 表情に余裕がない……。この程度の魔法使いなら、電光石火の雷魔法で瞬殺の筈だが……。

 

「どうした? エルフの癖に魔法を使わないのか?」

 

【氷杭】を繰り出しながら、馬上のダークエルフはリュミンに向けておどけたように言った。俺もヒューイも見るからに駆け出しの冒険者。ダークエルフが敵と認識しているのはリュミンだけなのだろう。

 

「……貴様ごときに、魔法など不要」

 

 杖の頭で氷の杭を砕きながら、リュミンはじりじりとダークエルフに近付く。本当に魔法を使わないつもりのようだ。

 

「ふん。ならばこれはどうだ? 【氷獣】」

 

 ダークエルフが跨る馬の横に、虎のような姿をした氷の獣が二体現れた。白く凍える息を吐きながら、リュミンに狙いをつける。

 

「行け!」

 

 氷の獣は地面を蹴って鋭く飛び出した。一体は大きく飛び上がり、もう一体は地を這うように身を低くしてリュミンに迫る。リュミンは前方に【魔法障壁】を──張らない。 横に飛んで辛うじて氷獣の攻撃を躱す。鋭い爪に、リュミンのローブの裾が切り裂かれる。

 

 おいおい、結構危なかったぞ……。なんで魔法を使わない……!? このダークエルフ、魔法抜きで倒せるほど甘くはないぞ……!?

 

「【氷鎖】」

 

 地面に転がっていたヒューイの仲間二人の身体が、氷の鎖に囚われた。これではポーションで怪我を回復させても、身動きは取れないだろう。絶えず飛んでくる【氷杭】を躱すだけで、俺もヒューイもまったく余裕がない。

 

 ヒューイは擦り傷が増え、身体中から血を流している。動きも鈍くなりつつある。

 

「ふはは! どうした? 魔法を忘れてしまったのか!?」

 

 リュミンも苦戦中。二体の氷獣は巧に連携しながらリュミンに反撃の隙を与えない。ここにもう一つ魔法が加われば、リュミンでも捌くのは難しいだろう。……このまま、魔法を使わないのならば……。

 

「くっ……」

 

 氷獣の牙がリュミンのローブを大きく嚙み千切った。それが合図だったかのように、ダークエルフが右手を高く上げる。

 

「【氷牢】」

 

 中空に氷の柱が何本も浮かぶ。氷獣への対応で身動きの取れないリュミンを、氷の牢に閉じ込めてしまうつもりだろう。

 

「ちっ……」

 

 リュミンは苦し紛れに懐から閃光弾を取り出し、ダークエルフに向けて放り投げた。それに気が付いたダークエルフはさっと、馬から飛び降りてマントで顔を覆う。

 

 パン! と乾いた音が再び空を裂いた。一瞬で辺りは昼間のように明るくなり、音に驚いた馬がいななきながら立ち上がった。

 

 よし。このタイミングならバレないだろう。俺はダークエルフの足元に生まれた影を意識して、小さく唱える。

 

「【影縫い】」

 

 ダークエルフはマントで顔を覆ったまま、ピタリと動きを止めた。本人は何が起きたか把握できていないだろう。

 

 俺はヒューイに視線を送る。「今だ!」と。俺の能力の一旦を知るヒューイならば伝わる筈。

 

 ヒューイは期待通りに駆け出し、大きく振りかぶった短剣の腹をダークエルフの頭にぶつけた。視界をマントで覆ったままのエルフは無防備に頭を殴られ、あっけなく崩れて地面に沈んだ。

 

 中空に浮いていた氷の柱はドサドサと地上の降り、氷獣は動きを止める。

 

「……やるではないか。獣人」

 

 マントをボロボロにしたリュミンがヒューイの傍に寄り、偉そうに言う。ヒューイは俺の方をちらちら見ながら、「運が良かったです」と控えめに答えた。

 

「これは【魔封じの縄】だ。これが身体に巻き付いていると、魔力の流れがおかしくなり、うまく魔法やスキルが発動しない。これでダークエルフを縛るといい」

 

 リュミンは黒光りのする如何にも怪しい縄を懐から取り出し、ヒューイに渡した。リュミン、懐から何でも取り出すな。マジックポーチでも仕込んでいるのかもしれない。

 

「……助かる」

 

 ヒューイはやはり俺をちらちら見てから、【魔封じの縄】を受け取り、意識を失ったままのダークエルフの身体をしっかりと縛った。

 

「さて、王都に戻るまでが野盗狩りだぞ?」

 

 おかしい。グラスウルフを狩りに来たはずだが……。

 

 縄に縛られた野盗達を見ながら、リュミンは楽しそうに言った。まるで、昼間のことなど、すっかり忘れてしまったように。

 

■リュミンの日記

 

 今日は危なかった。

 

 野盗を率いていたダークエルフ。同時に三つの魔法を操る魔法技術と魔力量。私よりは若いだろうが、長きにわたり魔法の修行を続けていたのだろう。本来、魔法を使わずに倒すことが出来る相手ではなかった。

 

 奴が私達を生け捕りにするつもりがなければ、隙を突くことさえできなかっただろう。

 

 そういえば最後、ダークエルフは不自然に固まっていた。 もしかすると、ヒューイは特殊なスキルを持っているのかもしれない。

 

 

 ……私は何故、魔法を使わなかったのだろう……。

 

 過去の記憶より、今の方が大事だ。もし、ゼル達が死ぬような目に遭っていたら、私は激しく後悔しただろう。今、隣の部屋で眠るゼルにもう会えなかったかもしれない。

 

 しかし魔法を使おうとした瞬間、奴の顔が脳裏に浮かんだ。このまま魔法を使ってしまえば、奴との思い出が私の中から消えてしまう。私はそれが怖くて、魔法を発動できなかった。

 

 呪いを……なんとかしなければいけない……。

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