星火の如く   作:にらたま

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正義は言い争いの種になる。
力のあるなしを見分けるのはたやすく、言い争いの余地はない。

こうして正義に力を与えることは出来なかった。

パンセ / ブレーズ・パスカル




―――そして結局のところ、少女は引き金を引くことは出来なかった。



In the end, The trigger wasn't pulled.

 守月スズミという生徒にとっては、その銃は最早意味を持ってなどいなかった。

 

 

 銃を撃つことはこの世界にとっては余りにも当たり前のことだった。だからそうすることは正しいし、そうあることは普通である。この世界はそれを良しとして成り立ってきた。

 

 だけどスズミは、その痛みを、その苦しみを()()()()()()()と受け入れることは出来なかった。

 撃たれれば痛い。銃口を向けられることが怖い。スズミにとってはその当たり前は、受け入れがたいことだった。

 

 だからといって、手放すことなどできなかった。それを世界は許さなかった。

 銃を持たぬ生徒はこの世界では生きてはいけない。それは世界から要請された事実であり、強制された意味でもあった。

 

 だから、スズミはそれを拒絶する。

 閃光弾を使い続けるのも、銃に撃たれる痛みを知っているから。正義という名で振るう暴力が正しいとは思いたくなかったから。

 

 撃たれることなく、その動きを封じ、そして傷つくことなく事が済むのならその方がいい。

 

 ずっとそう思っていた。

 

***

 

 

「スズ、どうしたん?」

「ッ! はい?」

 

 声を掛けられて、ようやく周囲の状況を認識した。

 同じく灰色の制服を身にまとう仲間がこちらを心配そうに覗いていた。

 

「なんかぼーっとしてるけど、なんかあった? 気分悪い?」

「いえ、そんなことはありません……大丈夫ですよ」

 

 大丈夫、スズミはそう言って目の前の光景を見た。

 ヘルメットをかぶった、俗にいうヘルメット団の生徒たち。それが十数名地面に横たわっていた。そのほとんどが目を抑えたり、或いはヘルメットを脱ぎ捨てて何かを叫んでいる。その周囲には既に役割を終えた閃光弾や手りゅう弾が散らばり、建物には弾痕がいくつも刻まれていた。

 

「ふーん、まぁいいや。とりあえず正義実現委員会が直ぐに来るらしいから片付けとこうか」

 

 放課後、学校のすぐそばにある賑やかなこの通りは、飲食店や雑貨店、学校と連携した文房具店や書店で賑わいを見せている。人が集まる場所は、それ故に度々こうしたいざこざや不良による襲撃が頻繁に発生する。

 同じ白と青を基調にした制服の生徒が襲われているのも、残念なことにここキヴォトスではよく見る光景だった。特にトリニティ生はどうしてもお金を持っていると思われがちだ。不良曰く、治安の悪い地域においてその制服はネギを背負った鴨に見えるらしい。

 スズミは周りを見渡して、道の端で座り込む生徒たちの方へ歩みを進めた。

 

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「ッ! は、はい、大丈夫です」

 

 声を掛けた瞬間にびくりと肩を震わせる。よく見れば、手が少しだけ震えているようだ。

 その生徒の様子を見て、スズミは優しく語り掛ける。こういう場面に不慣れな生徒にとって、ちょっとした銃撃でさえ恐怖でしかないその感情は良く知っているから。

 

「もう少ししたら、正義実現委員会の方が来ますから、状況を説明してください。大丈夫ですよ、お二人にはなんの責任もありませんから」

 

 怯えるように縮こまる生徒の姿に、少しだけの同情と、なんとも言いようのない感情が湧きおこるのを感じていた。

 

「は、はい」

「怪我はありませんか。必要なら救護騎士団を呼びましょう」

「ハイ、大丈夫です。あのッ、本当にありがとうございました!」

「いいえ、私たちは自警団。助けるのはお互い様ですから。そこまで気にしなくていいんです」

「それでも、本当にありがとうございます。助けていただいて……その、お礼を」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

 そっと財布を取り出そうとするあたり、本当にお嬢様なのか、それとも少し感覚が庶民とずれているのかよくわからないけど、スズミはそれを手で制した。

 

「その気持ちだけで十分ですよ。この辺りは夜は暗いですから、気を付けて帰ってくださいね」

 

 そう言って、近づいてくる黒制服に後は全てを頼んだとばかりに立ち去った。

 どの道、誰もが出来ることをしているに過ぎない。スズミたち自警団はそういったボランティア活動の上に成り立っている。

 

「さっすがスズミ、トリニティの走る閃光弾。今回も鮮やかだったね」

「……私は出来ることをしただけです」

 

 一緒に戦った仲間から肩を叩かれた。それにスズミは素っ気無く言葉を返した。

 走る閃光弾という異名はいつからか仲間の中で言われるようになった二つ名のようなものだ。スズミはその異名をあまり好ましくは思ってはいなかった。

 それを口にする彼女には悪気はなく、栄誉ある仲間内のあだ名のような感覚だったのだろう。スズミの素っ気無い態度とは裏腹に彼女は上機嫌に言葉を続けた。

 

「スズは強いねー、マジ助かってるわ。うちらの中で一番射撃も上手いし、てか正実からもスカウト受けたくらいなんでしょ?」

 

 そう言って、黒制服の集団を見る。

 何人かに混ざっていくつかこちらを伺うような視線と目が合った。

 

「なんかスゴイこっち見てるね。また勧誘されるんじゃない?」

「……以前からお断りさせてもらっているのですが」

「むぅー、スズミなら正実でもうまくやってけるんじゃないの? あいや、別に自警団を抜けてほしいわけじゃないんだけど!」

「……まぁ、そうですね」

 

 確かに、その疑問はもっともかもしれない。

 自警団という組織は治安の悪化を防ぎ、そして自分たちで自分たちの身を守るために結成された組織だ。部活という体を取らず、あくまで生徒の自主的な活動であるというのが基本姿勢にある。

 それに対し、正義実現委員会は自治区に認められた自衛権と警察権を行使することが許された存在であり、いわば正規の武力組織と言えるだろう。それ故に、正義実現委員会と自警団の行動はかなりの部分で重なる部分が多い。

 ただ、唯一違う点を挙げるとするなら、自警団はその活動を生徒個人の防衛や、緊急避難的な行動に限られている点だ。当然ながら、自警団の行動はあくまで生徒の自主的な行動が根底にある。過剰な暴力は下手すれば逮捕される恐れだってある。

 その反対に、正義実現委員会は正規の要請があればどんな場所にでも立ち向かい、正義の名の元に力を行使する。故にある程度自由な戦闘行動と強制執行権を持つが、それ故に課される義務も多い。

 

「ずっと断り続けているのも、自警団の在り方が性に合っているからというのもありますが……強いて言うなら、正義実現委員会だと閃光弾を自由に使えないから、でしょうか」

「閃光弾? いやそんなことないんじゃない?」

「あぁ、その。そういうことではないのですが」

 

 少しだけ考え込んで、言葉を選ぶ。選ばなければならないほどには、この感情はここでは理解を得られるものではなかった。

 

「正義の名のもとに、必ず敵を制圧することを求められます。確実に、そして迅速に。その為に正義実現委員会は銃弾を撃ち、時に直接制圧する。力を持って正義を実現する」

 

 正義実現委員会に期待される役割は、トリニティへ害する存在の排除だ。

 そのために、黒制服を纏ったからにはその名のもとに力を振るい、銃を撃ち、()を倒す。

 

「閃光弾はあくまで()()()()ものです。私のように閃光弾だけを使う戦い方は、正義実現委員会とは愛想れないですから」

 

 だから、スズミは正義実現委員会に入らなかった。

 ある意味それは臆病者だといわれかねない考え方だった。

 

「へー、そっか。スズミは優しいんだね」

 

 そうして何か会話が続く前に、彼女は「あ、ごめんちょっと呼ばれたわ!」といって正義実現委員会の方へと走っていった。

 いつものように簡単に事情を聴かれるのだろう。

 それに、少しだけ安堵を覚えた。これ以上この話をしなくてもいいという思いが根底にあったから。

 

「優しい、ですか」

 

 そう呟いて周りを見渡した。

 正義実現委員会の委員がヘルメット団を取り押さえ、タイラップで手首を固定して連行していく。

 その中に、目元を抑えるヘルメット団の一人を見つけた。腹部を抑えながら言葉にならない何かをずっと叫んでいる。それは可哀そうにも見えるし、自業自得だともいえるかもしれない。

 その痛みは、もう語るまでもなく知っているものだった。銃撃の痛みも、苦しみも、それはスズミが良く知っている感情だった。

 

 何処が優しいんだろう。そう思ってしまった。

 

 それに背を向けた。正義実現委員会が出てきた以上、自警団の役割は終わりだ。そもそも、公的な部活や委員会とは異なるのだからこれ以上ここにいてもかえって邪魔になるだろう。

 

 既に片付けがほぼほぼ終わりかけている。少し遠くの方で手を振っている姿が見えた。

 

「スズー! 行くよー!」

「はい、今行きます」

 

 グリップを握り締める手が少しだけ痛かった。

 

 

***

 

 

 

 守月スズミは正義を貫く。その為に自らの身が亡びる可能性を知りながら。

 恐怖を無かったことには出来ない。 

 だけど見ないふりをして、それでも少女は銃を手に取る。

 

 

 それが、キヴォトスで生きるということだったから。

 

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