星火の如く   作:にらたま

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―――だから、少女は影を見ることが出来ない。



So, I can't see the shadow

 トリニティにはカフェがいくつか設置されている。

 その中の一つに、スズミは良く訪れる。

 

 そのカフェは校舎から少し離れたその場所にあるからか、人通りは少ない。ここをいつも使うのは、近くにある古書館や図書館を使う人間か、或いはそういった人通りの少ないところを好む人間ぐらいだろう。

 

「どうも、こんにちは。ご一緒しても?」

「……えぇ、かまいませんよ」

 

 だから、この場所に黒制服―――それも大きな黒羽を持った人物が訪れることは相当に珍しいと言える。

 

「何か御用でしょうか、ハスミさん」

「いえ、()()()()お見かけしたので、せっかくですしご挨拶をと」

 

 正義実現委員会副委員長、羽川ハスミ。ドリンクとベーグルをトレーに乗せて、ハスミは席に着いた。

 どう考えても何か用がある雰囲気を漂わせている以上、スズミもはいそうですかとそれを受け入れることは出来ない。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、ハスミは少し微笑みながら「そう畏まらないでかまいませんよ」と告げてベーグルを食べ始めた。スズミはよくわからないまま、テーブルのカップに手を伸ばした。二人の間には沈黙が流れていた。

 

「私に何か?」

 

 沈黙を先に破ったのはスズミだった。ハスミがベーグルを食べ終わるタイミングを見計らってそう問いかける。

 不自然というか、何の為にこの場所に来たのかよくわからない人だった。

 

「トリニティの走る閃光弾、その名を知らぬものは、こと正義実現委員会に限っては居ないでしょうね」

 

 ハスミの口から出たその言葉に、思わず体を強張らせる。

 いつぞやか誰かが口にした言葉。気づけばスズミを指し示すあだ名は、自警団だけではなく正義実現委員会でも広まっていたらしい。

 

「それは誰かが勝手に言い出したものです」

「えぇ、知っていますよ。それを貴方があまり快く思っていないことも」

 

 ですが重要なのはそこではありません、とハスミは言葉を続ける。

 

「トリニティ全体の治安維持に、自警団という組織が大きく貢献していることは既に周知の事実。その自警団で二つ名を轟かせるほどの活躍を見せる貴方に、()()()は興味を持っている」

「……勧誘ですか? それなら何度もお断りしていますが」

「いえ、今回はそうではありませんよ。今回は単純にスズミさんと()()をしたかったのです」

「……」

 

 勧誘ではなく、興味。このトリニティでは、一つの言葉がいくつもの意味を持つ。特に組織の中枢に近くなるにつれて。

 だからスズミはその言葉を図りかねていたし、答えることも出来なかった。一体、どんな意図をもってこの言葉は発せられているのかが掴めなかった。それはトリニティで生きていくに必要な常識だった。

 

「そうですね、いきなりのことですからね。少し説明をしましょうか」

 

 スズミの内心を察してか、ハスミは再び語りだした。

 

「四日前の放課後、トリニティ120番地付近。ヘルメット団に暴行を受けそうになったトリニティ生をパトロール中だったスズミさんたちが発見。直ちに他自警団員2名と共に自衛戦闘を開始。ヘルメット団21名を相手にほぼほぼ損害なく勝利した」

 

 報告書を読み上げるかの如く語られた内容は、つい先日のパトロールで起きた事件だった。

 

「3週間前、トリニティ郊外、国道41号線。トリニティ生とミレニアム生が誘拐される現場に遭遇。不良グループ17名を相手取り、一人で救護を行いながら現場から脱出、及び犯行グループの半数をその場で拘束。

 その前、エデン条約の時。アリウス分校生徒と対峙した際も、貴方は近接戦闘により多数生徒を拘束、無力化。

 シャーレに先生が着任する際。ワカモを相手取り、さらに多くの不良生徒を相手に、数少ない弾丸を節約しながら、格闘術と閃光弾を組み合わせた戦闘で随分と助けられました」

「話が見えません。どれも正規に報告を提出していますし、それで問題になった記憶はありませんが」

「えぇ、そうです。どれも問題にはなっていない。だから、今まで見逃されていたのかもしれません」

 

 その眼差しは単純な興味以外の何かを内包しているように感じられた。

 

「閃光弾と徒手格闘術を組み合わせたCQBの技術、そして中距離からの正確な射撃技術。どれをとっても正義実現委員会の選抜中隊や教導班に迫るほどに洗練されている。銃弾を極力使わず、被害を抑えた戦い方は実に興味深く、そして()()()です」

 

 不可解、というワードをスズミは聞き逃さなかった。たまたまカフェテラスを通りがかり、治安維持組織の役職者が面識のない一般生徒に挨拶をする、その不自然さと『お話をしたい』という行動の意図。

 スズミはそれらが示すことを正確に理解できる側の人間だった。

 

「それは、私への警告ですか?」

 

 この様子だと、今までの戦闘行動や自警団の活動も全て把握されているのだろう。そして、興味があるというワードから滲む意味は、警告。

 そんな勘繰りを察してか、ハスミはやれやれといった様子で再び言葉を紡ぎだす。

 

「そこまで身構えなくても構いません。注目しているのは事実ですが、それによりスズミさんが不利益を被ることはありませんよ」

 

 ただ、とハスミは言葉を続ける。

 

「気になっているのです。我々を圧倒しかねないほどの武力を持った個人が、明らかに我々の把握していない何かの思想に基づいた行動をしている。今のトリニティは不安定です。疑うには理由がない、でも完全に白だとも言い切れない……力はその使い方を間違えれば暴力にもなりうる。それが無自覚なものであったとしても」

 

 ハスミの目が鋭くなったのを感じた。

 

「貴方がそういった行為をするとは思いませんが、だからこそ理由を聞きたい。自警団という組織で、スズミさんは何を目指しているのか」

「別に大したことではありませんよ。そこまで大それたことをしてませんし、何より買いかぶりすぎでしょう」

 

 そう言われればそうかもしれない。

 スズミの行動は、ざっくりといってしまえばキヴォトスの標準からは些か離れている。銃弾を使わない戦闘というのは、よほどの臆病者か、或いは格下への煽りぐらいでしか見られない。一度撃てば、相手が逃げるか倒れるまで続くのが普通だからだ。そうしなければこちらが負けるし、負ければ痛いし奪われる。

 でもスズミはそうしなかった。撃たないし、奪わない。ただ銃撃や喧嘩を辞めさせて、留めさせるだけだ。不可解、とハスミは表現したがスズミはそれを敢えて選択したのだ。

 

「私は、ただ撃たれた痛みや苦しみがない世界を目指しているだけです。私たちは言葉よりも先に銃弾による力に訴えてしまう。銃を持ち、痛みと共に語り合うことを正しいとは思いません」

 

 スズミにとっての優しさ、或いは理想と言い換えてもいいそれは、だがこの世界で受け入れられることはない。それはほかならぬスズミも自覚していることだった。

 

「だから私は銃を撃たない。そして閃光弾を用いて銃撃を終わらせる。それが一番傷つくことのない解決法であり、痛みが少ないからです」

「……理解できない、というのは違うのでしょう。ですがそれを踏まえたうえで、私には受け入れがたい。それは()()()ではないのですか」

 

 ハスミはそう言ってなんとも言い難い顔をした。当然か。銃を持たない、或いは撃たないということをしている人間など、このキヴォトスでは見たことがない。

 大方不良やスケバンあたりに撃たれて終わりだろう。そのやり方が有効なら、とっくの昔に誰かが実践して皆に広まっているはずだ。でもそうはならなかった。それが既に答えなのだ。

 

「わかっているとは思いますが、それには力がなければ無意味です。その理想、考えは私たちも願うものですが、ですが他の人々は違う。他者へ理解を求めるあり方は早速愚かとも言える。言葉で分かり合えるのなら銃弾なんてとっくの昔に消えているでしょう」

「それでも、それが痛みや苦しみを肯定する理由にはならない。」

「いつの時代も、力なき正義は無力でしたし、無力な何かが伝承されることはありませんでした。それは他でもないトリニティの歴史(アリウス派の追放)が証明しています。……スズミさんが自警団に所属するのも、それに気づいているからでしょう」

 

 ハスミの言葉はもっともだった。銃を、その痛みを逃れたいというのであれば、まずスズミ自身がそれを捨てるべきなのかもしれない。撃たずに済ませるあり方は歪で、効率が悪い。でもスズミはそうしなかった。

 なぜなら、それが結局のところ銃を撃たないという選択が無意味だと気づいているから。ハスミはそう指摘する。

 

「無力な正義は淘汰される、ハスミさんの言う通りです。ですが、だからといって痛みや苦しみを肯定することは出来ませんし、受け入れたいとも思わない。そして少なくとも私はそうすることを選ぶことが出来た。だから私はその力を使って暴力に晒される人を守りたいと思った。それだけです」

 

 だが幸いなことに、スズミは強い生徒だった。それこそ走る閃光弾という二つ名がささやかれる程度には。腕が立ち、神秘が多いというのはそれだけで大きなアドバンテージになる、だけどそれをスズミは敢えて捨てた。その力を持って、スズミは積極的に戦わないという選択をした。それ故に閃光弾を使い、銃弾を撃たないのである。

 

「だから、自警団に?」

「組織に属するということは、撃つべきではない時、正義という名のもとに引き金を引かざるを得ない場面があるかもしれないからです。それに貴方たちはエデン条約の際、パテル分派の要請で直ぐには動くことが出来なかった」

「……」

「自警団は、そうであることを強制はしません、それ故に私は手の届く範囲で救うことが出来る。痛みに寄り添うことが出来る……私は何か根底を変えようとも、押し付けるつもりもありません。ただ、一人の生徒として立ち向かうためにここに居る」

 

 スズミはただ、自分でやれることを実践しているだけだった。そう伝えればハスミは「そうですか」と静かに嘆息した。

 スズミとハスミの間には、沈黙が流れていた。ハスミにとっては、それは最早信念や理想ではなく狂信のようにも思えた。

 

「銃を持ちながら、そうならない世界を願う矛盾、それを内包しながらも力を持ち戦う正義感……貴女の行く道は茨の道ですよ。信念を貫くことは賞賛されがちですが、同時に身を焼くこともある」

「……だとしても、そうであることを諦め、見ないふりをする理由にはならない」

「わかっていますよ。貴方のゆく道を邪魔する気はありませんし、それを引き留める権利も私にはありません」

 

 スズミの考え方は矛盾を孕んでいる。そしていくつもの問題と、課題を含んでいる。ただの個人の行動としては賞賛されようとも、それが何か根本から解決することにはならないのは明白だった。

 スズミはそう言って、冷え切った紅茶をのどに流しこんだ。風味も何も消し飛んでいたが、それでもかまわなかった。

 

「貴女が正義実現委員会に来なかった理由がわかったような気がします。それに、貴方にとっての正義も」

「……失望しましたか」

「いいえ。言ったでしょう。私は邪魔もしないし、その権利もないと」

 

 ですが、そう言ってハスミは自らのつけていた腕章をはずしてテーブルに置いた。

 

「同じ景色を望むものとして、私はあなたに敬意を払いましょう。その火が小さなものだとしても、それが掻き消えることを望まないですから……もし今後、何か力が必要な時があれば、これをもって正義実現委員会へ訪れてください。私がいる間でしたら、力になりましょう」

 

 では、と言ってハスミは立ちあがった。

 静かなカフェからハスミが立ち去ると、余計にその場所の寒さを感じとれるようだった。

 

「わかっていますよ。ハスミさん」

 

 相手のいなくなったテーブルの上に、スズミの声が落ちていく。

 言葉の代わりに銃弾が交わされるこの街で、スズミの考え方はまさに異端と言ってもいいかもしれない。だがそれを曲げるつもりもない。

 

 スズミはそっと、腕章を手に取った。

 

『Justis』と、その言葉を静かに手でなぞった後、何も言わずにカバンに入れた。

 

 後には沈黙だけが残された。

 

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