星火の如く 作:にらたま
僕は目を背けてしまったんだ。
その閃光があまりにも眩しくて。
輝くような銀、そして閃光が光るその一瞬、投影された像が脳裏に焼き付いて離れない。それほどに鮮明な印象を残していた。
連邦生徒会で、シャーレのビルで、トリニティで。彼女は決して目立つ生徒ではなかったが、だが走り去る輝きは何処に居ようとも鮮烈に輝いているように見えた。
きっと己の軸がしっかりしているのだろう。何かに流されたり、判断を曲げるようなことはしない、そんな誠実な生徒。
彼女の中の正義がどのようなものであれ、きっとそれを守り抜く、そんな強さを持っている子。
だから、私はずっと目を離せない。その輝きを、眩しいと知っていながらも、それはまるで特別な何かだった。
だから私は、その輝きが、苦手だった。
***
「スズミが?」
「そうなんです。なんだか元気がないっていうか……とにかく普段とちょっと違うっていうか」
そんな相談を受けたのはトリニティへ仕事で立ち寄ったときだった。
「はい、最近何かに追われるような感じで、ずっと焦ってるというか、何か追い詰められているような感じっていうか」
「そうそう、よくわからないけど、調子があんまり良くないっていう感じで」
スズミと同じ、灰色の制服を身にまとう彼女たちは、その顔に心配の表情を浮かべていた。
それに、私も同じように真剣な顔を浮かべた。
「変、ですか。具体的にはどんな感じかわかりますか?」
「ん……、何だかパトロールとかでも焦り、っていうか、急かされている感じがあるんですよ」
「不良を見つけたときなんてもうそれは激しくぼこぼこにしちゃってさ。あんなにキレてるスズミなかなか見ないよね」
「なんか、普段のスズミと違うんだけど、でも話しかけるとやっぱり普段通りでさ。不気味ってのは言いすぎかな。でも何か隠してそうな感じあるんだよね」
自警団は、繋がりが薄い組織だと聞いたことがあるが、この様子を見る限りそんなに薄情で、ドライなものではないのを感じ取った。
「そうですか……わかりました。私も良く見ておきますよ」
「ありがとう、先生!」
「頼りになる!」
「また何か困ったり、悩んだりしたらいつでも相談してくださいね」
相談になんか気軽に乗れるような人間でもないだろうに。脳裏にそんな声がしたのを務めて無視しながら、笑顔を張り付け、安心感を彼女たちに与えるように努めた。
「じゃあねー!」と駆けていく彼女たちの姿を見ながら、少しだけ表情筋が引き攣るのを感じた。どうやら限界が来たらしい。笑顔を張り付けたままで、だけどその瞳の奥は何処までも暗い。
上手く誤魔化せただろうか。今回も、ぎりぎり取り繕えただろうか。相談を受けたというのに、そんな事ばかりが脳裏をよぎる。
決して内面を気取られないように、半ば逃げるように校舎に向かった。
そんな時。ふと視界の端に銀の輝きが見えた、ような気がした。
忘れもしない、鮮烈な銀。その輝きを。
だが周りを見渡しても生徒の姿はない。最近事務仕事が多いからだろうか、ついには幻影まで見え始めたか。
いや。
「よりによって、スズミか」
誰も居ないことをみて、私はそう呟いた。呟かないとどうにかなりそうだったから。
あぁ、何を隠そう、私はスズミのことを少々苦手にしていた。嫌いなわけじゃない。決して。むしろその素直さや正義感は、私がかつて追い求めていたものだったから。
いや、そうだからかもしれない。
彼女の在り方と、そして私が現実としてある自分自身がまるで――――。
「……」
腕に着けたスマートウォッチがアラームを鳴らす。時刻は5時少し前を示していた。
仕事の時間だ。
すぐに、雑多な思考は脳の中に溶けていった。
****
トリニティで仕事を済ませた頃には既に日が沈み、丸みを帯びた月がかなり高く昇っていた。
タブレットで乗換案内を検索する。高速鉄道網が整備されたキヴォトスなら、たいていの場所からなら日帰り出来るのはありがたい。
仕事内容にもよるが、日を跨ぐ仕事以外ではなるべくシャーレに帰るようにしていた。出先であっても、
大人と子供は違う。それは純粋な知識や経験、というものではない。大人でもガキみたいな人はいるし、子供でも俺みたいなのより遥かに道理を理解しているときもある。だからそれは年齢や経験、知識の多寡で決まるような概念でもないはずだ。
だけどここにいる多くの子供たちは、私からすれば確かに子供で、そして
そう言った意味で分かりやすいのだ。
「先生」
闇が降りてくる街で、誰そ彼と声を掛けずとも、そこには鮮烈に輝く銀の姿があった。
小さく手を振る彼女の姿は、夜闇に包まれようとも決して色褪せない。
「こんばんは」
その赤い瞳を。その射抜くような輝きを。
小走りで近づいてくる彼女を、でもその時の私は素直に綺麗だと思った。
「……やぁ、スズミ。珍しいね、こんな時間に会うなんて」
「お久しぶりです、先生。今日は月が綺麗でしたから。パトロールの後に、少しだけ街を歩いていたんです」
銀の髪の毛がふわりと漂う。話しかけるとスズミは何処か嬉しそうに微笑んだ。
私は、その張り付けた笑みが引き攣っていないかに大半のリソースを裂いていた。
「先生はこんな時間まで……今からお帰りですか?」
「うん、少し仕事が長引いてしまってね。でもまだ時間はあるし、ゆっくり歩いて帰ろうと思ってさ」
そうして私は再び笑みを張り付けた。大人の世界では、それが常識だったからだ。
「駅まで行くのならエスコートさせて欲しい」と言うスズミに、それなら2人でゆっくり歩いて行こうと言うと、スズミは微笑みながら隣に位置した。彼女と歩くときは、いつもそういうふうにしていた。
一方で頭の中には数時間前の話がタスクとして浮かんでいた。何かを悩んでいるようだと、思いつめているようだから助けてほしいという声を聞いていた。
自警団の子たちが心配していたよ、という声が喉から出かかって、それを務めて飲み込んだ。言葉をどう紡ぐか、先生として何を言うべきかを考えていた。
どんな場面でもそうだが、必ずしも直接的な問いかけが問題を解決するわけではない。
だけど、それして考え込んでいる様はまるで不自然だったらしい。気づけばスズミが顔を覗き込んでいた。
「どうか、されましたか?」
「……あ、いや、何でもないよ」
そう呟く声が震えていなかったか、少し心配になった。だがスズミがほっとした表情を浮かべたのを見て少しだけ安心した。
子供たちは素直で、わかりやすい。
だけどそれは自分の想像の範疇に収まるといった意味ではない。大人たちが隠してしまうようなサインも、飲み込んでしまうような言葉を彼女たちは隠さない。必ずその何処かに
その何かは耳を傾ければ、きちんと向き合えば必ず見えてくる。そういうものだと思っている。だから
だけど多くの大人たちは向き合うことを、見ることを諦める。そばに居ても、どんなに近しい存在だとしても子供たちを理解できない時がある。だから直ぐに見失ってしまう。そして見逃した時、子供たちは一気に
わかりやすいのは、それを向き合い続けたからわかるというだけの話で、言葉にすればそれだけだった。
また再び、スズミの赤い瞳と目が合った。
「先生?」
「あぁ、いや、すまない」
「……少し、お疲れですか?」
「あぁ、いや、大丈夫だよ」
向き合うことを辞めないように、だけどそれ以上に何か出来ることは少ない。
私はその笑顔を張り付けて応える。だけどその赤い瞳はそんな薄い仮面を貫くようだ。スズミは、ふと足を止めて私の前に回り込んだ。
「先生、少し遠回りになりますが、此方の通りへ行きませんか?」
スズミは駅とは少し離れた通りを指さした。
「よく立ち寄るドーナツ店があるんです。よろしければ一緒に、いかがでしょう?」
「うん、いいよ」
頭の裏に地図を思い出す。確か旧市街と呼ばれる方向だったか。少し遠回りではあるが、方向的にはそこまで遠くならないはずだ。まだ深夜には程遠い。
「先生も、きっと気に入ってくれると思いますよ」
そう言ってスズミは少しだけ微笑んだ。