警視庁本庁舎・上層階、警備部長室。
午前八時五分。
鳴神修は、書類の束に目を通していた。
だがその手が、音もなく止まる。
「――入れ」
ノックの音に、低く短く返す。
入室してきたのは、第四機動隊隊長・白峰あかね。
制服姿のまま、凛とした所作で敬礼を決める。
「報告します。昨日深夜、ジャンヌと思われる人物と接触しました」
「続けてくれ」
鳴神は視線を上げずに言った。
あかねは静かに言葉を紡ぐ。
「現場は都内某邸宅。予告状あり、通報なし。現場にて、白装束の少女と遭遇。
行動、跳躍力、指先の制御、回避動作――すべてが“人間のそれ”ではありませんでした」
鳴神の目が、一瞬だけ動く。
「そして、逃走直前に“変身”を――解きました」
数秒の沈黙。
そして鳴神が、ようやく視線をあかねに向ける。
「……変身?」
「はい」
あかねの目はまっすぐだった。
揺るがない。嘘でも誇張でもない。
あの夜、あの場所で、自分の目が確かに見たものを、そのまま語っていた。
「……どういう意味だ。衣装替えか?」
「違います。視界が瞬間的に歪んだ。
衣装や髪の色が、光の中で一瞬で切り替わるように――“変わった”んです。
科学的な偽装とも違う。…説明不能ですが、“本当に”姿が変わりました」
鳴神は立ち上がり、背を向けた。
窓の外を見つめながら、低く、そして硬く口を開いた。
「君は、冷静な指揮官だ。
祖父の時代から、警察の血を引いてここにいる。
その君が、“変身”と報告する。……その重みは理解しているな?」
「承知の上です。……報告書には、“不明な手法による変装”と記載します」
鳴神は、目を閉じた。
「……見えないものを、どう“治安”で扱うか。
宗教か、民間信仰か、狂言か。……あるいは、“新しい現実”か」
やがて、彼は振り返り、静かに言った。
「――構わん。記録に残せ。“変身”と。そのまま。
だが、報告対象は俺だけに限れ。他部署には“異常身体能力”とだけ伝えろ」
「了解しました」
「……で、正体は?」
「日下部まろん。栄天学園一年。東大寺氷室刑事の娘の親友です」
その名に、鳴神の目が再び鋭くなる。
「東大寺……あの男の、か」
彼は数秒、沈黙したのち、静かに命じた。
「現場指揮は継続して君に任せる。
次の予告が出たら、特型警備車2、放水3、交機連携。
“神”を自称しようと、我々は“法”と“治安”で対処する。
変身でも、念力でも関係ない。
――現代国家は“奇跡”を信じない。君も、それを貫け」
あかねは、深く頭を下げた。
(信じない……でも、対処はする。
あの人は、そういう“覚悟”を持ってる)
警視庁の壁の中に、目に見えぬ異端が入り込んだ瞬間だった。