放課後の図書館には、窓から射す西日が静かに差し込んでいた。
カーテンがわずかに揺れ、紙のページがかすかにふるえた。
その間に座るひとりの少女――日下部まろん。
彼女は制服姿のまま、閲覧席に広げた資料に目を落としていた。
(……こんなに多かったんだ)
手にしていたのは、**「現代警察制度と人的被害」**と題された行政白書。
一般にはあまり読まれることのない資料だが、図書館には一部が保管されていた。
昨今の「公務員制度改革」の流れの中で、意外にも“殉職者”や“過重勤務”の記録は記載されている。
2023年、負傷者:4,612人
うち殉職:5名
2022年、負傷者:3,980人
うち殉職:4名
(毎年、こんなに多くの人が傷ついてる……)
読み進めるうちに、まろんの心臓が静かに締め付けられるような感覚に包まれた。
思い出すのは、あの雨の夜のことだった。
逃げる途中、狭い路地で待ち伏せしていた若い巡査――
彼はとっさに手を伸ばしたが、ジャンヌの跳躍でそれをかわされた。
そのまま足を滑らせ、背中からコンクリートに倒れ込むようにして転倒。
(あのとき……私は……)
まろんはゆっくりと本を閉じた。
その音がやけに重く感じられた。
「わたしは、“悪”を祓っているつもりだった。
でも、それで傷つく“誰か”がいたのだとしたら……」
警察官――
制服に身を包み、誰かを守るためにその場に立つ人々。
テレビや新聞では「不祥事」や「冤罪」がクローズアップされがちだ。
けれど、この白書にはそうした日々の陰で、文字にならない傷を負った者たちの数字が、静かに記されていた。
特に、機動隊の項目。
“群衆制圧訓練中の事故”“爆発物処理時の火傷”“刺創による重体”――
言葉だけでは伝わらない、緊迫した現場の気配。
そして、“殉職”という二文字。
(あかねさんの隊も、そうなのかな……)
図書館の隅には、少し古びた書籍が並んでいた。
『あさま山荘事件記録』『安田講堂攻防の記録』『オウム真理教最終章』
――そこにあるのは、国家が本気で命を張った日々の記録。
“鬼の第四機動隊”と呼ばれるあかねの隊。
その先祖のような存在――抜刀隊や戦後直後の暴動制圧部隊の記録もあった。
そこには、**“剣を抜いたことを悔いながら、それでも法を守るために抜いた”**という証言が、涙の跡のように残されていた。
まろんは静かに天を仰いだ。
西日が赤く差し込む天井に、淡く舞い散る埃が輝いて見えた。
(私は……彼らにとって“敵”なのか。
それとも、私が倒している“悪魔”を、彼らも見えていないだけなのか……)
だが、どちらにせよ、事実がひとつある。
彼らは、“わたしを捕まえるために手を伸ばしてくる”。
それは憎しみではなく、職務のため。
守るべき何か――それが法であれ、人であれ、彼らなりの“正義”を背負って。
(……ごめんなさい)
まろんの目尻に、小さな涙が滲んだ。
でも、それは誰にも見られなかった。
彼女は再びページを開き、指先で震える言葉をなぞるように読んだ。
> 「我々はいつも、最後の壁としてそこにいる。
銃を持っていなくても、心は折れない。
法と秩序、それは祈りにも似ている」 ―機動隊員匿名記録より
自らも「祈り」と共に闘う者として、まろんはその言葉を静かに胸に刻んだ。
少女の戦いは、ただの“正義の名を騙る怪盗”のものではない。
けれど、“正義”という名で傷つく者の存在を無視することも――もはや、できなかった。