夜の警察庁。
会議室の灯りは沈痛な沈黙とともに、ただ一点のスクリーンに注がれていた。
映し出されるのは、衛星画像。
だが、それは通常の光学映像でも赤外線でもない。新設された「合成開口レーダー(SAR)」――気象や夜間の影響を受けず、物質の振動や空間の“歪み”までも捉える特殊観測技術によるものだった。
「これが……ジャンヌの現場を、SARで捉えた画像か?」
公安部長・笹塚理一の低い声に、技官が頷く。
「はい。先日の“港区・泉美術館襲撃”とされる現場。ジャンヌの出現後、これが捉えられました」
静寂の中、映像が拡大される。
そこには、人の形をした“なにか”が、空間から捻り出されるように現れ、闇の波動を撒き散らす姿が――はっきりと、記録されていた。
それはただの影ではなかった。
空間が、音もなく“泡立ち”、断裂していた。
重力の変調。電磁波の乱反射。赤外線の焦点が、明確に「非人間的熱源」の存在を証明していた。
「――まさか……これは、悪魔か」
刑事部長・香取が、言葉を失ったように声を漏らす。
「否定できない。これは……我々が“想定していなかった対象”だ」
笹塚は、そう言って静かに書類を置いた。
それは**公安警察が、10年近く水面下で進めてきた“特異事象ファイル”**の一部。
ジャンヌの出現前にも、不審な失踪や記憶障害事件が起きていた。
その幾つかには、宗教団体や密教僧侶が極秘裏に関わっていたが、全て曖昧に処理されていた――「霊的」だなどと、国家が認められるはずもない、と。
だが、もはや違った。
「この波形……“人間”とはまったく異なる、重力場の歪みです。まるで、別次元から現実に入り込んだような構造変異が見られます」
技術研究所の主任研究官が絞り出すように言った。
「これは科学でなく、“神秘”の領域では?」
「違う。神秘ではなく、“敵”だ」
重く、決然とした声。
それは白峰あかねだった。第四機動隊を率いる“鬼の姫君”。
彼女は画面を見据え、言った。
「警察庁、警視庁、そして国家が、ようやく目を開いた。ジャンヌは単なる予告盗ではない。彼女は、“あれ”と戦っていた」
「……あれほどの者と、たった一人でか」
香取が呆然と呟く。
「いや、彼女は一人ではなかったのだろう。背後に、祈りがあった。信念があった。――“見えないもの”と戦う者には、何かが宿る」
公安部長・笹塚が、あかねの横顔を見やる。
それは、かつての“霊的な敵”の存在を、封印された公安資料で知る者の視線だった。
「……では、我々はどうする」
「法に従い、秩序を守る。ただし――」
白峰あかねは、初めて言葉を変えた。
「その秩序が、“悪”に従ってはならない」
会議室が凍りつく。
それは、法の執行者が、自ら“法の限界”を認めかけた瞬間だった。
そして、その頃。
まろん――神風怪盗ジャンヌは、夜の屋上で空を見上げていた。
風が舞い、胸元のペンダントが淡く光る。
「見つけたんだね……“あれ”の正体を」
彼女の目には、哀しみと覚悟が宿っていた。
「だけど……遅いの。もう、始まってしまった。“魔王”が、目覚めたのだから」
東京はまだ知らなかった。
“ジャンヌ”が予告してきたのは、“盗み”ではなかった。
それは――“災厄”の目覚めに対する、最後の警告だったのだと。