東京・永田町。総理官邸 地下指揮室。
広域モニターに映し出されるのは、関東各地で相次ぐ原因不明の精神錯乱・幻覚症状・突発的暴力事件の記録。
すべて、ジャンヌによる“予告”が出されるより前に発生していた。
「この“予告に先行する被害”……どう説明する?」
公安調査庁次長の質問に、官邸は静まり返った。
「現時点で死者は確認されておりません。ただし、被害者の脳波には共通して“深層意識の干渉痕”が見られる。通常のPTSDとも薬物中毒とも異なる反応です」
応えるのは防衛省・情報本部の分析官。
「……つまり、これは“意識そのもの”への攻撃ということか」
「はい。対象の行動・思考を支配し、他者を傷つけさせた上で自壊させる。被害者の一部は“絵画に話しかける”“影に跪く”“鏡を怖れて割る”などの共通行動が確認されています」
総理――**高城 遼子(たかぎ りょうこ)**は、静かに前を向いた。
「……これは、もう“犯罪”ではない。“災厄”だ」
彼女の声には、冷徹な判断があった。
「自衛隊を動かします。“有害鳥獣駆除”として」
会議室がざわめく。だが誰も反論できない。
災害対処に準じた法的手続きのもと、自衛隊は出動可能である。
画面が切り替わる。登場したのは、統合幕僚監部・統合司令官――黒木 一歩 陸将。
元は防衛大学から戦略研究を重ねた叩き上げ、いまや自衛隊全体の象徴。
「総理の命に従い、初動部隊を編成中。だが、注意すべきは一点」
黒木は資料を掲げる。
そこには、かつてUGMが遭遇した“怪獣マーゴドン”との交戦記録が記されていた。
「対象が通常兵器での損傷を無効化、あるいは吸収する可能性がある。よって“UGM方式”を提案します」
資料に表示される、**“冷凍→鉄球による内部破壊”**という大胆な戦術。
「旧UGMがマーゴドンに行ったように、対象を“液体窒素で瞬時に凍結”し、巨大質量兵器で直接破砕する。物理法則そのものに抗えぬよう叩く。これが現状最も確実な方法です」
防衛装備庁の担当者が頷く。
「液体窒素は、対艦ミサイルの弾頭部分を改造し、F-2戦闘機で空中投下可能と判断。鉄球は陸自第1空挺団のCH-47チヌークで搬送、ピンポイント落下を行う計画です」
「……鉄球、か」
総理・高城遼子の目が静かに細まる。
「ならば、その標的に名を与えよう。“魔王”。
神話ではなく、現実の、我が国に出現した“異形”の名として」
誰も返せなかった。
“悪魔”や“魔王”という言葉を、いまや警察庁・自衛隊・国家安全保障会議が“現実の対象”として議論している――そんな時代が、すでに始まっていた。
「……それでも、ジャンヌに対しては?」
官房副長官が尋ねる。
総理は短く答えた。
「警察による捕縛方針を継続。我々は法治国家。魔に落ちてはならない。だが同時に――」
彼女の眼差しが、静かに揺れる。
「彼女の戦いが、独りではなかったことを、必ず記録に残す」