東京都・市ヶ谷。防衛省本庁舎。
鋼鉄の扉に守られた地下会議室で、重く分厚い空気が張りつめていた。
出席者は、陸海空の各幕僚長、防衛省事務次官、防衛装備庁長官、統幕長、そして統合司令官・黒木一歩陸将。
議題は一つ――「“魔王”対処作戦」。
「本件、“有害鳥獣駆除”の名目での出動要請が、総理より正式に下された」
会議の口火を切ったのは、事務次官だった。
「これは前例のない事案です。対象は明確な武装組織ではなく、また自然災害とも異なる。
防衛出動ではなく災害派遣に準じた措置となりますが……異論は?」
沈黙。誰も即答しない。
だがその中で、航空幕僚長がやや苦い表情で口を開いた。
「“魔王”とされる対象の性質が不明すぎる。
空自としては、F-2戦闘機に改造弾頭を搭載して“冷凍爆撃”の態勢は取れる。
しかしそれが有効か否か、現場からの確証がないままでは……」
「有効か否かを問うている時間はありません」
黒木が一言で断ち切った。
彼の声には、戦場で生き延びた者の確信があった。
「この“魔王”によって、すでに十数名が深刻な精神障害を負い、今も回復していない。
現象は“侵蝕”に近く、医療機関では処理不能。
我々はただの軍事組織ではない。“国家の盾”であり、最終防壁だ」
静まり返る中で、陸幕長が低く呻いた。
「……現代の戦場に、“鉄球と液体窒素”を持ち出すとはな……まるで昭和のウルトラ計画だ」
場が微かに笑いを漏らすが、それも一瞬だった。
誰もが知っている。これは、笑えない冗談だと。
「ならば、“あれ”が現れたら、誰が最前線に立つ?」
海幕長が問いかけたその時、黒木は即答した。
「陸自 第一空挺団と、第1ヘリ団。冷凍投下支援に航空自衛隊 第8飛行隊。海自は後方警戒と情報収集に回ってもらう。
作戦名は――“破魔雷(はまらい)”。対象を凍結し、確実に破砕する」
「“破魔雷”……祓う雷か」
空幕長がその名を反芻するように呟く。
「敵が“魔”ならば、我々が“祓う”しかない」
黒木の視線が全員を貫いた。
「警察の任務は“人間”に対する秩序維持だ。だがこれは、我々にしか止められない“災厄”だ。
もはや“見えざる敵”ではない。“確実に、そこにいる”。
ならば、我々の役割は明白だ。武器を取り、冷静に引き金を引け」
次の瞬間、幕僚たちは姿勢を正した。
それぞれの制服に刻まれた徽章の下、黙って頷く者。
眼鏡を外して深く息を吐く者。
だが誰も、逃げようとはしなかった。
国を守るということは、時に「神話」とすら戦うということ。
防衛省の地下で下されたこの決断が、やがて東京都心を舞台に――“魔王”と“人間”の、未曾有の交戦を導くことになる。
それはまだ、誰も知らなかった。