午後10時、総理官邸
特別防衛会議室の扉が静かに閉じられると、部屋に集まった四人の顔ぶれが、ただならぬ緊張を物語っていた。
椅子に座る白峰あかねを囲むように――
総理大臣・高城遼子、
警視総監・大河内源一郎、
統合司令官・黒木一歩 陸将。
それは、国家の「法」と「軍事」と「政治」の中枢すべてが一室に集まる異常な構図だった。
「……これは、あなたに知らせるべきだと判断しました。白峰隊長、心して聞いてください」
総理の言葉で、部屋の空気が一段と重くなる。
最初に口を開いたのは、警視総監・大河内だった。
「まず、確認しておく。現在の政府は、“悪魔”および“魔王”の実在を、国家レベルで認知済みだ。
すでに数件の霊的被害、精神崩壊、空間振動が国内外の観測網で確認されている」
「観測網……?」
あかねが聞き返す。
「合成開口レーダー(SAR)、偵察衛星、地磁気センサー、EM妨害モニターなど。
いずれも通常兵器や災害では説明のつかない“異常現象”を検出している。
公安部も複数年にわたって、特殊事件を非公式に収集していた。それらの関連性が、“ジャンヌ”によってようやく可視化された」
静かに、あかねは息を呑んだ。
「まさか……あの子は、すべてを一人で……?」
「そうです」と頷いたのは、統合司令官・黒木陸将だった。
「彼女は“封じて”いた。“討って”いたのではない。“堕ちようとする者”を、祈りで留めていた。
それが“予告状”の意味だ。防衛省としては、これを**“破魔予告”と呼称**している」
「……破魔予告」
その言葉は、ジャンヌの行動すべてを一変させた。
あかねの表情に、かすかな動揺が走る。
「だが、事態はもう“祈り”だけでは収まらない」
黒木の声が鋭くなる。
「“魔王”の覚醒が確認された。
兆候は、都内各地での広域精神干渉。すでに十数人が意識障害を起こし、うち三人は“自我の解離”が報告されている。
ジャンヌの予告前に起きたケースもある――つまり、“魔王”がジャンヌの行動に先んじて動いていた」
「それが……“人を堕とす”という現象」
「その通りです。だから、我々は作戦を発動する」
黒木が一枚の作戦図を机に広げた。
「作戦名は**“破魔雷(はまらい)”。
F-2戦闘機による“液体窒素弾頭”投下で目標を瞬間凍結、
同時にCH-47チヌークから鉄球兵器を投下し、“氷結した魔核”を一撃で粉砕する。
UGMの“マーゴドン事案”をベースとした、いわば対・霊的災厄用の物理制圧戦術**だ」
「魔王を……凍らせて、叩く……」
「他に手段はない」と、黒木は断言する。
「この敵は、言葉が通じない。
意思は存在するが、対話の概念を持たない。
ジャンヌが接触してなお、沈黙していたということは――すでに“理”を喪った存在である可能性が高い」
総理・高城遼子が、あかねに目を向けた。
「あなたが言った、“呼ぶべき者たち”の中にも、この現実を知る者がいる。
私たちは、それを伏せてきた。でも今は違う。
あなたが必要だと判断したなら、私たちは協力する。
ただし――」
そこで彼女は言葉を切る。
その眼差しに、かつて報道の現場を歩いてきた冷徹な現実感があった。
「秩序を守るのは、あくまで“人間”の側であるべきよ。
どんな力を持っていようと、“祈り”も“戦い”も、その土台を離れた瞬間に“災い”に堕ちる」
白峰あかねは、まっすぐにその言葉を受け止めた。
「承知しています、総理。……だからこそ、“私”がやります」
その瞳は、もはや恐れていなかった。
秩序と祈り。その両方の重さを知った、戦う者の目だった。