神風怪盗ジャンヌ vs鬼の第四機動隊   作:山さん

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開戦前夜

 

東京都港区、東京湾に面した“臨海美術館”に、一通の封書が届けられたのは朝の定時開館を迎えた直後のことだった。

 

白封筒に巻かれた金糸のリボン。封蝋には、風に舞う女神を象った紋章。

 

神風怪盗ジャンヌ」からの予告状である。

 

受付係の女性が目を見張り、すぐに館長室へ通報した。

 

「ま、まさか……本当に来たのか……!?」

 

臨海美術館の館長・佐野は額の汗をぬぐいながら呟いた。新聞やネットでその名を聞いたことはあったが、まさか自館が標的になるとは思ってもみなかった。そもそも港湾沿いのこの美術館は、近代的でまだ若い。歴史的遺産を収めているわけでもないのに。

 

だが予告状は明確に、こう書かれていた。

 

 

 

 

「明日、午前0時月が海面に微笑むその時 汝の中に棲まう悪しき魂”を封じるため、我は来たる。神風怪盗ジャンヌ」

 

 

 

 

 

 

標的は、先月パリのルーヴルから貸し出された絵画「月下のサロメ」。

 

近年、美術品を巡る祓い事件で幾度も名が上がった曰く付きの一枚だった。

 

すぐに警視庁へ通報がなされ、危機対策本部が動き始めた。

 

会議室 ― 静かなる覚悟

 

場所は、警視庁第四機動隊・立川宿舎内の会議室。

 

午前10時。冷房の効いた会議室には、隊長・白峰あかねと副隊長・榊圭介をはじめ、各班の小隊長たち、情報分析班、そして警備車両隊の指揮官たちが居並んでいた。

 

テーブルの正面に立つのは公安部長から派遣された情報官。手元には一枚のモニター。そこに表示されたのは――

 

「偵察衛星SAR画像……?」

 

情報官が頷き、説明を始めた。

 

「これは、ジャンヌによる祓いとされる現場を、数日前に偶然上空通過したSAR衛星が捉えたものです」

 

画像には、空間の歪みのようなリングと、黒くねじれた何かが浮かび上がっていた。肉眼では見えない“何か”が、衛星のレーダーによって記録された。

 

「公安ではこの存在を、“魔的影響”と判断。背後に“魔王”と呼ばれる存在が潜んでいる可能性があると考えています」

 

ざわめきが走る。

 

あかねは静かに手を挙げて制し、冷ややかな声で問いかけた。

 

「つまり、ジャンヌの行動は……“悪魔を祓う”ためだったと?」

 

「その可能性を否定する材料は、現在のところ見当たりません」

 

一人の若い隊員が手を挙げた。

 

「……だったら、俺たちは何のために捕まえるんですか。ジャンヌは、悪魔を……」

 

あかねは、彼をまっすぐ見据え、静かに答えた。

 

「確かに、ジャンヌの行動には理があるのかもしれない。だが――」

 

声を張る。

 

「銃器も刃物も使ってはいない。だが、彼女は法の枠を越えている」

 

「予告し、現場に入り、逃走する――それは、いかなる動機であれ、“法”の外にある行為だ」

 

「我々は、“善悪”ではなく、“秩序”を守る」

 

「――以上だ。準備にかかってくれ」

 

 

装備保管庫

 

装備保管庫では、静かに出動の準備が進められていた。

 

重厚な金属のラックに並ぶ装備品の数々。隊員たちは手慣れた動作で、自らの装備を確認していく。

 

・ポリカーボネート製の盾(軽量かつ高耐衝撃)

・耐刃防護ベスト(30口径相当)

・臑当・篭手

・催涙弾、伸縮警棒、刺股

・高圧放水器インパルス、捕縛用の網

・拳銃(SIG SAUER P230)+実弾(使用許可は隊長判断)

 

彼らの目的は「排除」ではなく「捕縛」。それは厳しい任務である。殺してはいけない。だが、相手は“法の枠外”にある。

 

 

場所は警視庁第四機動隊・立川宿舎 訓練場前広場。

柔らかな春の陽射しが、空の薄雲越しに隊員たちの防護ベストとポリカーボネートの盾を照らしていた。

 

警視庁広報課が招いたメディア陣が、指定された報道ラインの背後に並び、カメラを向けている。

その前に、整然と並ぶ約80名の機動隊員。彼らの視線が一斉に一点を見つめる。

 

その中央――一歩、前に進み出たのは、第四機動隊 隊長・白峰あかね。

 

凛とした濃紺の出動服、左腕には金の桜章、赤みがかったダークブラウンの瞳が静かに場を見渡す。

口元に迷いはない。だがその瞳の奥には、微かに揺れるものがあった。

 

彼女は一度だけ息を吸い、はっきりとした声で言葉を紡ぎ始め

 

「我々が、これより対峙する者は、“神風怪盗ジャンヌ”」

 

「その名が意味するように、彼女は“風”のように現れ、“神の使命”を名乗って“悪”と戦っている」

 

「だが、その行動は、法を超えている」

 

「銃器も刃物も使わず、人を傷つける意図はない。そのことは我々も理解している」

 

「実際、彼女の標的の多くには“悪魔の痕跡”があるとされ、公安・防衛省もそれを確認している」

 

「だが、我々は正義を競う場にいるのではない」

 

彼女は静かに拳を握った。

 

「こちらは、“法と秩序”を守る者」

 

「向こうは、“法と秩序”への挑戦者」

 

「だから私は、あえてこの二つの言葉を掲げる」

 

次の瞬間、あかねの声が力強く張られた。

 

 

 

 

「法と秩序に対する――力による現状変更は、認めない!」

 

 

 

その言葉に、メディアのカメラが一斉にシャッター音を響かせた。

だが、彼女は動じない。そのまま、古めかしい詩の一節を、鋼のような声で紡ぎ出す

 

「我は官軍 我が敵は 天地入れらざる朝敵ぞ!」

 

「これはただの詩文ではない。“正しき法の名”のもと、治安を守る者の覚悟だ」

 

「そう。ジャンヌが戦う相手が“悪魔”であったとしても、我々にとって彼女は“法の外側にいる者”」

 

「ならば、“我が敵は天地入れらざる”――そう言うしかない」

 

 

 

あかねは歩みを進める。一歩、また一歩。整列した隊員たちの前を静かに歩きながら言葉を続ける。

 

 

 

 

「敵の大將たる者は 古今無雙の英雄で!」

 

「確かに、ジャンヌは“英雄”と呼ばれるにふさわしい何かを持っている。信念、覚悟、犠牲……」

 

「だが英雄であるか否かは、我々の判断基準ではない」

 

「私たちが問うのは――その行動が“法”の中にあるかどうか、それだけだ」

 

 

 

あかねは立ち止まり、拳を握った右手を高く掲げる。

 

 

 

 

「賊を征伐するがため剣の山も何のその!」

 

「――これは、暴力の許可ではない。これは、“秩序のために痛みに耐える覚悟”の象徴だ」

 

「法を守る者は、常にその剣の上を歩む。時に理解されず、時に非難され、それでも――踏みとどまる」

 

 

 

 

そして、声をさらに強く――

 

「ジャンヌがどれほどの使命を背負っていようとも、我々は“法と秩序”を護る最後の砦だ!」

 

「だからこそ私は命じる。ジャンヌを、生け捕れ。」

 

「憎しみでなく、怒りでなく――“法の力”によって、その行動を止めよ!」

 

 

 

 

静寂が、訓練場を包んだ。

あかねは一拍置き、副隊長・榊圭介に軽く頷いた。

 

榊が敬礼し、低く叫ぶ。

 

「第四機動隊、敬礼――!」

 

盾を鳴らすように、鋭く高く、機動隊員たちが揃って敬礼した。

 

一糸乱れぬその動きに、春の風が吹き抜ける。

桜の花びらが一枚、あかねの肩に落ちては、また舞い上がる。

 

 

あかねは、現場指揮官車へと乗り込んだ。大型の人員輸送車。特型警備車

 

それぞれが東京湾沿岸・臨海美術館へと向け、夜の街を進んでいく。

 

無線が鳴る。

 

「第四機動隊、現場へ移動中。本庁、応答願います」

 

数秒の間をおいて、応答が返る。

 

『了解。法に背きし怪盗に、法の名を以て秩序を――』

 

あかねは無言でマイクを握った。

 

「こちら第四機動隊。これより――現場に向かいます」

 

月の光が海に揺れ、東京の夜が、静かに“戦場”へと変貌していく。

 

――ジャンヌとの対決の幕が、今、切って落とされた。

 

 

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