午後1時20分、春の陽光が差し込む窓辺。
静かな高校の下校時間前――日下部まろんは、制服姿のまま自室のテレビの前に立ち尽くしていた。
画面に映し出されているのは、警視庁第四機動隊・立川宿舎前の訓練場。
中央に立つのは、一人の若き女性――白峰あかね。
強く、冷静に、そして揺るぎない声で彼女は言った。
「法と秩序に対する――力による現状変更は、認めない!」
一瞬、まろんの心臓が強く脈打った。
(――あの人……)
まろんは、無意識に両の手を握りしめていた。
画面の中のあかねは、軍人ではなかった。感情を剥き出しにするでもなかった。
だが、**まろん自身と同じ“信念の人間”**だった。
「我は官軍、我が敵は天地入れらざる朝敵ぞ!」
「敵の大將たる者は 古今無雙の英雄で!」
「賊を征伐するがため剣の山も何のその!」
ジャンヌという存在を、ただの怪盗と断じなかった。
戦っていることを、使命を帯びていることを――“認めた上で”捕らえると宣言した。
それでもなお、法と秩序の側に立ち、正面から向き合う覚悟を示した。
その姿に、まろんの胸の奥で何かが軋む音を立てた。
「……私のこと……分かってくれてるの?」
つぶやいた声は、自分でも驚くほど震えていた。
まろんは、これまでの“祓い”で一度も迷ったことはなかった。
悪魔に蝕まれた芸術品、乗り移られた人間、そして拡がる災厄。
誰にも見えない“魔”と戦うのは、自分しかいないと信じてきた。
けれど――
(“それでも、あなたを捕らえる”……か)
テレビの画面の中、あかねが背を向け、敬礼の号令と共に隊員たちを出動させる姿を見て、
まろんは初めて、“心のどこか”が叫んでいた。
(――お願い、来ないで)
心ではそう願いながらも、彼女の唇はそっと結ばれた。
「……でも、私も引けない」
その言葉は、祈りにも似ていた。
同時刻、警視庁本庁舎・の会議室では、幹部たちが一堂に会していた。
巨大モニターには、ちょうど終わったばかりの白峰あかねによる訓示の中継映像がリピートされていた。
公安部長・笹塚理一は、眉一つ動かさずに映像を眺め、ぼそりと呟いた。
「……良い落とし所だな。あの言い回しなら、メディアの論調も、国民の反発も抑えられる」
警備部長・鳴神修は無言のまま頷き、腕を組む。
「“相手を理解した上で、それでも捕らえる”――人間らしい言葉だ。現場の士気も上がる」
スーツの袖を丁寧に直しながら、刑事部長・香取龍彦はふっと笑った。
「まさか、あの子がここまでやるとはな。やはり“鬼の姫君”の名は伊達じゃない」
その場にいた全員が、何かを共有するように黙った。
まろん=ジャンヌの行動が、悪意ではなく使命から発せられていることを、幹部たちはすでに薄々理解していた。
しかしそれを公に認めるわけにはいかない。
警察とは、国家の盾。正しさではなく、“統治の正統性”を守る最後の砦だ。
その意味で、白峰あかねが発した言葉は、警察機構そのものの“良心と責任”の代弁でもあった。
真鍋剛・警視総監は、ゆっくりと口を開いた。
「……あの言い方なら、警察への風当たりも減る。世論も我々の正当性を保つだろう」
彼は眼鏡を外し、ポケットの布で丁寧に拭いた。
「――あの娘の中に、生きている。かつての“鬼”が」
彼の言葉には、かつて自らが送り出した“特命班”の記憶と、あさま山荘の死地へ向かった男たちの影が滲んでいた。
今、再び警視庁は“見えざる敵”と戦う。
そしてまた一人の若き指揮官が、その矢面に立っていた。
法と秩序の旗を掲げ――敵が“悪魔”であろうとも。
この日、警視庁とジャンヌ、二つの正義は、それぞれに覚悟を決めた。
“祓う者”と“捕らえる者”――
互いに相手の痛みと信念を感じながらも、譲れぬ一線を守るために。