神風怪盗ジャンヌ vs鬼の第四機動隊   作:山さん

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氷室の葛藤と鬼の姫

 

【警視庁・屋上通路】(修正版)

 

夜の風が吹く。

庁舎の非常階段に一人立ち、煙草をくわえたまま火を点けずに見上げていたのは、東大寺氷室。

煙草ではなく、思考に火がついたままくすぶっている。

 

(何なんだ……ジャンヌって奴は)

(盗む。だが壊さない。消える。だが傷つけない。何のために……?)

 

そのとき、階段の扉が開く音がした。

制服姿の若い女性が静かに現れる。

 

「……お一人ですか?」

 

振り返ると、そこに立っていたのは、第四機動隊 隊長――白峰あかね。

 

「おう、“鬼の姫君”ってやつか。こんなとこに立ってりゃ、風邪ひくぞ」

 

皮肉を込めたような口調。だが、あかねは気にする様子もなく、氷室の隣に立つ。

二人で無言のまま、夜の空をしばし見上げる。

 

やがて、氷室が口を開いた。

 

「……俺には、わからないんだよ。ジャンヌの“動機”が。

悪意はないように見える。なのに、盗みを続けてる。

おかしいだろ、そんな奴」

 

白峰あかねは、短く息を吐いた。

 

「……ええ、動機が不明なまま放置するのは危険です。

だからこそ――捕まえて、聞き出すしかない」

 

氷室が目を向ける。あかねの瞳は夜の闇よりも冷静で、揺らいでいなかった。

 

「それが、私たちの役割です。

理由を知るために、まず“行動を止める”。その順番は、決して逆にはできない」

 

氷室は無言で煙草を外し、コートの内ポケットにしまった。

 

「……お前、本当に鬼なんだな」

 

あかねは答えない。代わりに、こう続けた。

 

「秩序を守る者にとって、相手の内面より、まず外に出た“結果”が重要です。

ジャンヌが何者か、それが正義か悪か――それは、捕まえた後に初めて議論できる」

 

沈黙。

氷室は一瞬、言い返そうと口を開き――やめた。

 

(正しい。正論だ。だが……)

 

(それでも、どこか――違う)

 

白峰あかねは、すでに踵を返していた。

去り際に一度だけ振り返り、敬礼もなく静かに言う。

 

「次の出動は、私が指揮を執ります。

――貴方の記録は、必ず活かす。これは、貴方の“積み重ねた時間”への敬意です」

 

そう言って、静かに夜に消えた。

 

一人残された氷室は、夜空を仰ぎながら呟いた。

 

「……動機が分からないから捕まえる、か。

あいつがその理屈で納得するほど、単純な存在なら、もうとっくに俺たちが捕まえてるさ……」

 

彼の視線の先、摩天楼の向こうに、白く輝く月が浮かんでいた。

その下に、また“彼女”が舞い降りる夜が近づいていた――。

 

白峰あかねが去ったかに見えたが、彼女は立ち止まり、再び足音を戻す。

コツ、コツと規則正しく響くブーツの音が、無言の氷室の背を押した。

 

「……やはり、あなたには言っておきたくなりました」

 

あかねは静かにそう言うと、氷室の横に立ち、真っすぐ前を見据えたまま、続ける。

 

「ジャンヌという存在――あの行動には、私も何か、“信念のようなもの”を感じています。

たとえそれが誤った信念でも、彼女の中には確かな“覚悟”がある。

目を見れば、わかります。……誰かのために戦っている目でした」

 

氷室はゆっくりと息を吐く。言葉を挟もうとしたが、あかねがそれを遮るように続ける。

 

「でも――法と秩序を、力で変えようとする行為は許されません。

どれほど高尚な理念であっても、それを法の外側で行うなら、暴走と紙一重です」

 

夜風が二人の間をすり抜ける。あかねの瞳は、決して揺れていなかった。

 

「私たちや、私たちの先輩たち――そして近代国家になる以前の治安の守り手たちは、

数え切れない“暴力”と“混沌”に立ち向かってきました。

……血を流し、中には帰らぬ人もいた。それでも、その中で“正義を法に委ねる社会”を作ってきた」

 

あかねの声に、抑えた怒りと深い祈りが込められていた。

 

「だからこそ、“力ある者が自ら正義を行使する”ことは、例えそれが崇高でも――私たちは認めない。

それは、彼らが命を賭して築いた“秩序の誓い”を、踏みにじる行為です」

 

氷室の胸の奥で、何かがひっそりと軋んだ。

そして彼女は、穏やかに問いかける。

 

「――東大寺さん。あなたも、それを知っていたからこそ、

どれだけジャンヌが“悪人”には見えなくても、彼女を追っていたのではないですか?」

 

氷室は言葉を返さなかった。

だが、拳がポケットの中でゆっくりと握られていた。

 

「……俺は、あいつが“正しい”とは一度も思っちゃいねぇよ。

だが、“間違ってる”と断言する資格が、自分にあるのかどうか……わからなくなるだけだ」

 

その声に、あかねは目を伏せて一瞬だけ微笑む。

まるで、彼が抱え続けてきた苦しみを、理解しているかのように。

 

「ならばこそ、私が引き継ぎます。――秩序を守る側として、彼女を“法の場”に立たせる。

その先で、初めて“正義”が問われるべきだと、私は思うから」

 

氷室はその言葉を黙って受け止めた。

そして、数秒後にようやく短く、低く答えた。

 

「……頼んだぞ、“鬼の姫君”。」

 

それは、警視庁の男が自分の戦いを後輩に託す、静かな承認だった。

 

二人の背後で、東京の空に風が走る。

そして――その遥か高みで、再び羽ばたこうとする“白い影”が、密やかに予告状を投げる。

 

ジャンヌが、次に狙う“何か”を告げて。

 

 

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