◆ 2025年 春の午後 17:00
【首相官邸・総理執務室】
窓の外、霞が関の上空には薄雲がひとすじ流れ、春の陽光が赤坂の街並みに柔らかく降り注いでいた。
その静謐な空の下――総理執務室では、張り詰めた沈黙とともに、国家の針路が定められようとしていた。
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■ 高城 遼子(内閣総理大臣)
―モデル:高市早苗―
総理執務室の中央、木製の大机に立てかけられた大理石の時計が、午後五時を告げる。
高城遼子は静かに立ち上がり、窓の外を見やった。春の空に、白い飛行機雲が弧を描いていた。
> 「“法と秩序に対する――力による現状変更は、認めない”。
…これを挑発と受け取るのか、“国家の矜持”と受け取るのかは、相手次第です」
卓上には、外務省から送られてきた中国外交部の抗議電文と、報道各社の反応が山と積まれている。
> 「だが、私は一国の総理として、あの訓示を否定することはできない。
白峰警部補は、我が国の法と精神の下で、その責務を果たしたまでだ」
そう言い切った総理の目は、政治家のそれではなかった。
かつて大臣として、防衛や法務を渡り歩いた一人の“行政の戦士”としての光が宿っていた。
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■ 萩生田 光一(官房長官)
―「官房番長」の異名を持つ強面のブレーン―
革張りのソファに腰を下ろし、指先で眼鏡のブリッジを押し上げる。
その表情には、言葉にならぬ苦悩と、冷徹な計算が交錯していた。
> 「SNSでもテレビでも、“抜刀隊”の引用にやられてるな。『我は官軍、我が敵は朝敵ぞ』――
……痛快だが、外交の現場では“古傷”に触れたって言われかねん」
彼は一拍おいて、口を引き締めた。
> 「だが――俺はあの子の言葉に、嘘はなかったと思う。
あれは『現場の矜持』そのものだ。“戦う官軍”を地で行ってる。
総理、政府としては守る姿勢を明確にしておくべきです」
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■ 小野田 公顕(警察庁官房長・特命係)
―警察庁の影のブレーン、政界では“黒衣の参謀”と囁かれる男―
スーツの襟元をきっちりと整え、警察手帳も携えずに現れた彼は、あかねの直属の上司にして、国家公安の中枢人物。
> 「……白峰警部補は、法に従い、職務を遂行しただけです。
抜刀隊の引用も、彼女の祖父――第四機動隊員として殉職した白峰尚武警部の遺志を受け継いだものです」
静かに、そして揺るぎない声音で語る。
> 「“朝敵”という言葉は、彼女にとって“個人的な正義”ではなく、“職務上の敵”という意味合い。
あくまで“感情”ではなく、“警察官の矜持”です。
警察庁としては、懲戒の対象には一切該当しないと判断しております」
彼は背筋を伸ばし、総理を正面から見据えた。
> 「彼女のような警察官を、“切り捨てる政治”があってはならない。
日本警察は、現場に立つ者が“国の矜持”を背負うことで、初めて命を懸けられる組織なのです」
■ 総理の結論
総理・高城遼子は、ゆっくりと口を開いた。
> 「――本件において、白峰警部補の言動は違法性を帯びていない。
よって、日本政府としては“擁護の立場”をとる。
外交上の波風が立とうとも、“現場の魂”を切ることはできません」
そして、官房長官と警察庁官房長に目を向け、穏やかに言った。
> 「あなたたちは、政と現場の架け橋だわ。
その責任を――信じて任せます」
春の陽光が、総理の肩に射した。
この国の秩序を守る者たちの矜持が、またひとつ、歴史を刻もうとしていた――。
【東京都港区・臨海美術館 警備本部内 17:20】
――静まり返った指揮所に、耳をつんざくような電子音が鳴った。
「……白峰警部補、官房長より入電です」
指揮端末に座っていた情報班の隊員が振り返る。
その報せを受けた瞬間、白峰あかねは無言で無線機の送信ボタンを押した。
耳に押し当てたヘッドセットの奥から、男の低く響く声が伝わってくる。
> 『こちら警察庁官房長・小野田だ。……中国政府が、反応した』
指揮本部内の空気が凍りつく。
今、この臨海美術館に集結しているのは、警視庁第四機動隊・特別警備部隊。
“神風怪盗ジャンヌ”の予告に対応すべく設置された臨時作戦本部だ。
各種装備に身を包み、訓練を重ねた者たちが全国から選抜されている。
あかねもまた、その中心に立つ者だった。
現場の空気を裂くように、無線の声が続く。
> 『中南海――中国国家主席府では、先ほど“強い遺憾”の声明が協議された。
あの訓示に対して、彼らは“帝国主義的な正義感の誇示”だと表現した』
「……中国が、か」
白峰あかねは、思わず呟いた。
その声音には、怒りでも動揺でもなく、むしろ澄んだ緊張があった。
彼女の着ているのは、第四機動隊制式出動服。
肘と膝には黒い篭手(ガントレット)と臑当(すねあて)、
胸には耐刃防護ベスト――NIJ規格で30口径弾を想定したプレートが収められている。
頭部はポリカーボネート製防弾ヘルメットに守られ、フェイスシールドを上げた状態だ。
背には「警視庁 TOKYO METROPOLITAN POLICE」の白字が浮かぶ。
彼女は、戦う者の姿をしていた。だが、敵は“兵”ではない。
――彼女が待つのは、ひとりの「少女」だった。
“怪盗”という名で呼ばれ、いまや国家権力すら振り回し、
国際政治にまで波紋を生じさせた存在――ジャンヌ。
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【記者会見の余波と、揺れる国際社会】
「……抜刀隊を引いたせい、でしょうか」
部下のひとりが言う。
あかねは静かに頷いた。
「“我は官軍、我が敵は天地入れらざる朝敵ぞ”――
法と秩序を守る者として、引用に迷いはなかった。
ただ、政治がこれをどう見るかは……別の話」
無線から、小野田の声が再び響いた。
> 『中国は、訓示にある“現状変更は認めない”という言葉を、
自らへの当てつけだと感じ取った。特に、台湾問題を連想させるらしい』
あかねは目を細め、警備本部のマップボードを見つめた。
ジャンヌの想定侵入経路、待ち伏せポイント、監視カメラの死角――
あらゆる情報が、重ねた透明シートの上に戦術図として浮かび上がっている。
「敵は、“現状を変えよう”としている。
法を超えて。人知を超えて。倫理を超えて。
それが国内であれ、国外であれ、警察としての原則は変わらない……」
その言葉は、誰に向けられたわけでもない。
ただ、自らに刻み込むように、静かに放たれた。
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【あかねの回想】
部隊内では知らぬ者はいない。
白峰あかね――父は元・第四機動隊の警備小隊長。
そして祖父は、かのあさま山荘事件で殉職した伝説の隊員だった。
白黒の映像で記録された、機動隊員が雪の中を前進する姿。
火炎瓶と銃声が飛び交うなか、“命令を貫く者”として前へ進んだ祖父の背中。
あかねはその背を、少年のような眼差しで見続けていた。
警察とは何か、国家とは何か、そして「正義」とは。
> 「たとえ政治が揺れても、法は揺らがない。
私たちは、国家の矛でもなく、盾でもない。“骨”だ。
社会の構造を内から支える、静かな柱なんです――」
それが、父が語った最後の言葉だった。
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【そして、覚悟】
“予告の時刻”まで、あと数時間。
あかねは拳銃を見つめた。
ホルスターに収まるその銃が、発射されることはないかもしれない。
だが、抜くことはある。
> 『白峰。お前の判断を信じる。
ジャンヌを“敵”とするか、“少女”とするか――その線引きは、お前に任せる』
小野田の最後の言葉が、胸に響いた。
あかねはゆっくりと、無線の送信ボタンを押す。
「了解。私は、警察官です。
人を裁くのは、暴力ではない。法です。
たとえ中国が不快を示したとしても、それは我々の矜持には関係ない」
> 「私はこの国の秩序を、法の名において守ります。
それが“神風”であっても、“怪盗”であっても、同じことです」
そして、ヘルメットのフェイスシールドを下ろした。
シールド越しに映るのは、誰よりも冷静な「覚悟」の瞳。
隊内の誰かが小さく呟いた。
> 「――これが、“白峰あかね”か」
誰かが戦うとき、その背後には「信じて任せた者」の声がある。
小野田の声も、中国の声明も、政治の思惑も。
そのすべてを背に受けて、彼女は「ジャンヌを待つ」。
静かに、そして確かに。
――そして、戦いの時が近づいていた。