日差しが穏やかに傾く、春の午後。
学校帰りのまろんとみやこは、近所の小さなオープンカフェで、ベンチに座ってクレープを頬張っていた。
「うん、やっぱりこの季節はストロベリーだね!」
「まろん、またそれ?いつも甘いのばっかり~」
そんな他愛もない会話をしていると、みやこがふと前方の席を見て「あっ」と声を上げた。
「ん? どうしたの、みやこ?」
「まろん、紹介するね。あたしの知り合いの警察官。父さんの職場の後輩で――今や、すごい人だよ」
そう言って駆け寄ったのは、黒いパンツスタイルにグレージャケットという落ち着いた私服姿の若い女性。
髪はショートボブ。その瞳は知的で、どこか緊張感を孕んでいる。
「こんにちは、東大寺さんの娘さん。お久しぶりですね」
「久しぶりです、白峰さん!今日はお仕事じゃないんですね?」
「ええ、非番です。たまには気を緩めないと、部下に怒られてしまいますから」
みやこが笑いながらまろんの方に手を向ける。
「こっちは、うちの学校の友達。日下部まろん。新体操部でエースやってるんだよ」
「えっ、やだもう、やめてよ……」
まろんが恥ずかしそうに笑いながら立ち上がる。
「初めまして、日下部まろんです。いつもみやこがお世話に……」
そのときだった。
まろんの目が、不意に“何か”を感じ取った。
目の前に立つ女性。
制服ではなく、落ち着いた私服姿のはずなのに――背筋の伸び方、目の動き、警戒心の張り詰めた気配。
(……この人、ただ者じゃない)
一方の白峰あかねも、まろんに対して丁寧に微笑みながらも――微かに、異質な波動を感じていた。
だが、正体に気づくには至らない。ただ、なぜか視線がぶつかるたびに、“引っかかり”が胸に残る。
そして話題は自然と、あの事件へと移っていった。
みやこがクレープの棒を弄りながら、少し沈んだ声で言った。
「そういえば、お父さん、ジャンヌ事件の担当から外されちゃったんだって」
「えっ……?」
まろんが素で驚いた声を出す。
「ジャンヌ……って、あの予告状送ってくる怪盗ですよね?氷室さん、いつも事件で名前出てますよね?」
「うん……でも次から、違う部隊が動くんだって。
“鬼の第四機動隊”……って言ってたかな」
「……っ!」
まろんの手がわずかに止まる。
(第四機動隊……!? 機動部隊が……わたしを!?)
内心に焦りの色が走る。
これまでの警備よりも“質が違う”。それは即ち、“力による封じ込み”というメッセージに他ならない。
みやこが話を続ける。
「氷室さん、ちょっと納得いってないみたいだったけど……でも白峰さんが隊長なんでしょ?次、現場に出るの」
「……ええ。次回の“ジャンヌ予告”には、私たち第四機動隊が正式に対応にあたります。
目標は――生け捕りです」
まろんの表情が、僅かに引きつる。
白峰あかねの目は、一切の感情を排したまま。
「必要なら、あさま山荘事件と同じ判断も辞さない。
秩序と生命を守るために、法の枠内で最適な力を行使します。
……それが、私たちの仕事ですから」
一瞬、風が吹き、まろんの髪が揺れた。
(生け捕り……あさま山荘……そこまで本気なんだ)
まろんは笑顔を装いながら、手元のクレープを見つめた。
(わたしは、“それ”を跳ね返せるの?――神の名のもとに)
「日下部さん?」
「えっ、あ、ごめんなさい。ちょっと、部活のこと思い出してて。今、新体操の大会近くて……」
「新体操……それはすごいですね。体のキレは機動隊でも役に立ちますよ」
そう微笑む白峰に、まろんは「そうかもですね」とだけ返し、ぎこちなく笑った。
【オープンカフェ通り沿い/夕刻】
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
まろんとみやこが、白峰あかねと挨拶を交わし、カフェを出て並んで歩き出したそのときだった。
――バッ!
「キャッ! 財布が……!」
突如、店の先の歩道で女性の悲鳴が上がった。
振り返ったまろんの視界に、男がバッグを引ったくって逃走する姿が飛び込んでくる。
「引ったくり!?」
「速っ……!」
とっさにみやこが叫ぶが、犯人は人混みをすり抜け、角を曲がろうとしていた。
そのとき。
「追います!」
白峰あかねが、私服のまま駆け出した。
機動隊員として鍛え上げられた走法。無駄のない加速。
だが、相手も小柄で素早い。加えてこの服装では限界がある――
「私も行く!」
そう叫んだのは、まろん。
(わたしの身体能力なら、いける!)
制服のスカートを押さえながら、まろんは軽やかに障害物を飛び越え、駆ける。
通行人が振り返る中、2人の女性が一直線に犯人を追っていた。
「右に!建設現場に入ります!」
「了解!」
あかねの冷静な予測に、まろんは即座に反応。
手すりを跳び越えて、泥だらけの路地裏に入った。
犯人は後ろを確認していた――が、視線の先に、まろんの跳躍する姿が見えた。
「――なっ!?」
ジャンヌとして鍛えた空中制動と、瞬間判断。
まろんは鉄パイプを足場にして降下すると、犯人の進行方向をふさぐように着地した。
「ここまでだよ、お兄さん!」
「邪魔すんなぁッ!」
男が突進しようとしたその瞬間――
後ろから、白峰あかねの膝蹴りが男の脇腹に炸裂。
「動くな!」
体勢を崩した男は、まろんの踏み込みで足を取られ、地面に叩きつけられた。
「――ふぅ……」
呼吸を整える白峰。だが、すぐに眉をひそめる。
「……手錠がない。非番だったので……!」
と、そこに巡回中の制服警官が駆け寄ってきた。
「現行犯! ご協力ありがとうございます! あ、白峰警視……!」
「手錠を。拘束は済んでいます。念のため両手後ろで固定してください。
――この方のバッグも、落ちていました」
「は、はいっ!」
巡査が男を引き渡され、あかねはまろんの方を向いた。
「……見事な動きでしたね。日下部さん。新体操部の技術、あれは普通の高校生じゃできませんよ」
「えっ、そ、そんなことないですよ!? 練習してるだけで、あとは反射で……」
「いずれ警察学校に来たら、ぜひうちの機動隊に」
「ひぇっ……いやいやいや……無理ですって!」
みやこが息を切らして追いつく。
「なにその運動神経……二人ともなんなの!?」
笑いながら、まろんは言葉を濁す。
だが内心では――白峰あかねの膝蹴りの正確さと、迷いのない判断が脳裏に焼きついていた。
(この人……現場で本気出したら、ほんとに私、捕まるかも)
そして、あかねの側でも。
(あの子……瞬時の判断、あの跳躍、全身のバランス……ただの学生ではありえない)
――しかし、この時点では、互いに正体を知らない。
だが、“次の戦場”では、彼女たちは敵として再会する。
それぞれの立場で、それぞれの信念を持って。