場所:警視庁庁舎・警備部 指揮統制室会議室
午後の光が庁舎の窓を淡く照らす中、警視庁の幹部たちが再び長机に顔を揃えていた。
中央には警備部長・鳴神修。
その隣に座るのは公安部長・笹塚理一。刑事部長・香取、そして第四機動隊 隊長・白峰あかね。
壁際には、警視庁特科車両隊の隊長――警部補・荒巻政義が背筋を伸ばして待機していた。
まだ、ジャンヌからの予告はない。
だが、警備部は静かに、そして確実に“次の夜”へ向けて準備を進めていた。
「……通常の警邏体制、そして捜査線では、神風怪盗ジャンヌには対応不能と判断している」
低い声で、鳴神が口を開いた。
「過去数件の犯行は、いずれも予告どおりに実行され、現場の封鎖・包囲・監視網を“無傷で”突破された。
ただの怪盗、あるいはトリックでは説明できない事例が蓄積されている。
……我々の組織に対して、明確な能力優位性を有していると見ていい」
公安部長の笹塚が軽く頷いた。
「……対象は依然“正体不明”。単独犯である可能性は高いが、支援者がいない保証はない。
霊的存在――などと非科学的なことは言わないが、極限的な身体能力と空間認識能力は現実として記録されている」
「つまりは、通常の警察対応じゃ手に負えないってことですね」
と、あかねが冷静に言った。
「だからといって、制圧が免除されるわけではありません。
私の判断としては――“生け捕り”の方針は変更ありません」
鳴神は、彼女の眼を見た。その瞳に宿る冷徹な覚悟と法の精神を感じ取る。
「そのつもりで呼んだ。だが、君一人に背負わせるには、今度ばかりは危険が過ぎる。
あかね警視、サポートに“機甲部隊”を出す。特科車両隊の支援だ」
その言葉に、あかねが眉をわずかに上げた。
「……出すのは?」
「特型警備車2台、放水車3台。配置は現場に応じて調整。
特型車は市街地用装甲仕様、GPSと可動式遮断壁を搭載。
放水車は高圧噴流による障壁・牽制用。……ただし、発砲は許可できない。警職法に反する」
「当然です。発砲の選択肢は、法秩序を守る私たちにはあり得ません。
“生きて裁かれる”――それが、この国の正義ですから」
静かに言い放ったあかねの言葉に、場の空気が引き締まった。
警視庁特科車両隊隊長・荒巻が前に出て、一礼した。
「放水支援、並びに遮断線の構築については、現場指揮の判断に委ねます。
当隊は機械力による封鎖、排除、無力化を主とし、武力行使には踏み込みません。
あくまで“鎮圧支援”に徹します」
「感謝します、荒巻隊長。お互い、法の中で出来る限りのことをしましょう」
あかねは目を細め、しっかりと頷いた。
だが、鳴神はその表情を見て、わずかに思った。
――彼女の冷静さの裏には、必ず“何か”がある。
ジャンヌという怪盗。
一度も顔を明かさず、暴力も振るわず、血を流さず、ただ空を舞う存在。
それを本当に、装甲車と水圧で捕まえられるのか。
それとも、この“冷たい装備”の向こうに、あかね自身も――何か、確かめようとしているのか。
「……あかね警視。相手が未成年であっても、もし状況が不測の事態に陥った場合、どうする?」
その問いに、彼女は即答した。
「そのときこそ、機甲部隊が必要になります。
人の手では、躊躇する局面であっても、機械は感情を持ちません。
ただしそれでも、私の指揮の下では“過剰防衛”は発生させません。
それが“鬼の第四”の信条です」
会議室が静まり返る。
「よろしい。では次回ジャンヌからの予告を受け取り次第、即座に出動体制へ移行する」
鳴神が言い切り、会議は終わった。
あかねは立ち上がり、敬礼をして静かに退室した。
その背中を見送りながら、笹塚がぽつりと呟いた。
「……さて、どちらが本当の“化け物”か、試されるのはこれからかもしれませんね」
会議室の時計が刻む秒針の音が、ただ静かに鳴り響いていた――。