過去編ふまえて初期ナナミンを再解釈してみる   作:糾縄如氏

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もう1話は夜7時3分に投稿予定です。



『幼魚と逆罰』外伝 〜七海建人による貴重な虎杖救命シーン〜

 

 ――己の不甲斐なさに腹が立つなどということは、今までも。そして、これからも、私の人生では有り得ない。

 

 

 

「必要ありません――後悔はない」

 

 

 

 そう。ただ、ひたすらに。

 

 この現実を突きつけてくる醜悪を。

 ただ、ひたすらに――。

 

 

 

(クソっ。動け体‼︎ 殺すんだろ。アイツを!! ぐちゃぐちゃに、叩き殺、す……!)

 

「――虎杖君っ、大丈夫ですか。しっかり、虎杖君!」

 

 

 

 否。その当時、冷静さは頭からこぼれ落ちていた。

 彼によって助け出され、調子(ハシゴ)を外された。

 

 

 

 本来であれば一級術師として、逃げる特級呪霊に対して『帷』を降ろすなりの手段で、確実に祓うべきだ。

 

 現に、猪野君へ直ちに事態を共有した。

 

 だが今。天秤は敵でなく味方へと傾き、

 眼下の少年――頽れた、ピンク髪の半死体へと意識が向いていた。

 

 

 

『――もう、あの人ひとりでよくないですか?』

 

 

 

 より具体的には。

 過去に見た、似た少年の死に様を想起して。

 

 

 

(いいわけが、ないだろう――今、彼の横には私しかいない!)

 

 

 

 ゴーグルを割らんとばかりに、目を見張った。

 

 

 

(失血が多すぎる。あれだけ穴だらけで動いたのが災いしたのか。止血体だけでは不足、心臓マッサージなんてすれば逆効果。宿儺に契約を迫るか。いや無謀だ。さっきの傲慢不遜ぶりを見れば明らか――原始的手段しかない!)

 

 

 

 時間を稼ぐ。それしかなかった。

 ごく一般的な、救急車が来るまでの救命。

 

 

 

 不幸中の幸いながら、里桜高校の一帯に生じた帷はすでに消えていた。

 

 救急車は到着可能だろう。

 問題は、やはり目の前の少年がもってくれるか。

 

 

 

「クソっ……!」

 

 

 

 考えながらも体は最善へ向かって働いていた。

 

 

 

 ――まずは失血部位の処理。この場合、主に穴ボコだらけの掌だ。こればかりは圧迫ではいけない、物を詰めて失血せねば。

 

 よって、持っていたハンカチ、だけでは足りず自身のシャツを埋め込んだ。さしもの彼も苦痛に喘いでいた。だがこれしかないのだ。『宿儺の器』の強度を信じるしかなかった。

 

 圧迫の止血も行いつつ、空いた片手で心臓の周りを止血体で覆った。虎杖君には後ほど謝るとして、彼の制服を破ってベルトも動員、そして自分のネクタイで縛る。

 

 もちろん、失血性ショックを防ぐべく、仰向けで足を少し高い位置に固定した。

 

 ――少年の顔は。血色が悪く――わずかに、紫の唇が震えて見えた。

 

 

 

(いけない。体温が低下している!)

 

 

 

 だが、あの時とは違う。まだ辛うじて息がある。

 

 

 

 とにかく保温が必要だ。

 もはや形振りを構っていられる場面ではない。

 

 最大限、負担にならないよう努めつつ上着を被せて、体温を直に与えるしか――。

 

 

 

(あらかじめ経験しておくべきだった。思えば救命行為は複数人に呼びかけ行うもの。とてもこれでは救急車を呼ぶなんて暇は……!)

 

 

 

 と。そこまで追い詰められた手前。

 

 善意が、服を着たような人物が、遠くに見えた。

 

 

 

「――伊地智君。火急ですッ、救急車を!」

 

「もう呼んであります。手伝います、虎杖く――、ん」

 

 

 

 そして。その善意が曇る場面を目にする。

 

 

 

 ――前線担当でないとはいえ、補助監督。

 仲間の死に立ち会う事は少なくない。

 それも、彼は、自分の担当した現場で二度目の死の間際――。

 

 

 

 否、だからこそ。

 

 

 

((絶対に、死なせるものか……!!!))

 

 

 

 近づくサイレンの音。赤濡れた体を照らす赤い電灯。負けじと、彼らの決意は燃え上がる。

 

 

 

 少年は、多くの人に囲まれていく。

 少年を、多くの手が「死ぬな」と引きあげる。

 

 その意思を、眠る彼だけは知らないまま。

 

 彼は――その後、無事に一命を取り留めた。

 

 

 

――

―――

 

 

 

「以上が、任務の経緯報告となります――五条さん」

 

 

 

 そう。ビクビクした顔でおびえる伊地智。

 

 それでも報告は怠れず、「一人では怖いので一緒に来てください」と言われ、私もまた高専の同室にお邪魔していた。

 

 そうでなくても、必要な業務報告には違いない。

 

 

 

「なるほどね。総監部のデータベースとの照合結果は――『無為転変』か。厄介だね。とはいえ、団子になって動いてる特級呪霊達の中で、唯一術式が割れたのはデカい。初エンカにしちゃ相当な情報を引き出せたし、上々でしょ」

 

 

 

 よ、よかったぁ〜。

 いや、全然よくはないんだけども!

 と、目に見えて伊地智の顔に落ちた影は晴れる。

 

 

 

 ……実際、今後も一般人で被害者は間違いなく発生する。その犠牲が無駄にならない最善手が残っただけ、不幸中の幸いに違いない。

 

 

 

「は、はい。まだ残穢の特定には情報不足ですが、今後同じケースが見られた際、より確度を高められるかと」

 

「しっかし、特級呪霊の単独犯にしたって随分と大がかりなイヤがらせだよねぇ。呪霊のクセして帷を張るとか、前例あったかな……いや。それよりも、伊地智」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 

 

 よって、事務的に。

 淡々と、声を低くした五条悟に情報は渡り、思索は深まり――。

 

 

 

「ハーゲンダッツ買ってきて。ストロベリーの」

 

「……えっ、今ですか?」

 

「うん。今すぐ。十五分以内。ほら行った行った! あっ、七海は何味がいい〜?」

 

 

 

 ……そんな場合じゃないでしょう。

 と、閉口せざるを得ないオチで真面目な時間が終わる。

 

 目隠し男の理不尽に蹴飛ばされ、退室を余儀なくされる伊地智を同情混じりの挨拶で送り届け、

 

 

 

 

「それでは、私もこれで……」

 

「えーっちょ、七海つめたくない? せっかく久々に先輩と話せる空間いといてそれ!?」

 

「……報告は終えました。その他の仕事は残っていないでしょう」

 

「なにその、飲み会は労働時間に含まれますか的な発言!? 先輩さびしいよ〜ちょっとだけ、小話程度だから。ねっ?」

 

 

 

 ……。ため息が漏れる。

 

 

 

 恐れていた事態だ。よりにもよって、五条さんとご同室とは。また余計な真似をされるに違いない。

 

 そう、辟易しつつも、「わかりました」と座布団に座る。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。

 

 などと、投げやりでいた私に彼は、言った。

 

 

 

「……そう。お礼が言いたかったんだよ。僕は、同じ生徒を二度も失いかけた。それが助かったのは、七海のおかげだ」

 

「――。明日、雪だったでしょうか」

 

「ちょっ、ひどいよさっきから! 僕マジに言ってんのにさ!?」

 

 

 

 目の前のお茶を喉に流し、

 辛うじて、言われたことを飲み込んだ。

 

 ……別に、人心を介さぬ怪物とまでは思っていなかったが。あまりにも、意外なほどにマトモだったから。

 

 

 

「単なる男子生徒3名の変死体調査が、呪詛師誕生未遂、特級呪霊関与に発展していた。あなたでさえ誤算する時点で、誰にも止められなかった事故でしょう――我々がやっているのは、業界の不行きの尻拭いであり。業界がこうなったのは、我々大人の責任です」

 

 

 

 しかし。今回の自分は、とても褒められる事はしていない。

 ただひたすら、妥当な役回りをしたまでのこと。

 

 

 

 現場で犯行に手を染めた不良学生が、よくて逮捕しかできないように。

 

 業界が破滅に向かっているのだから、妥当な手を打っただけでは、妥当に破滅するだろう。

 

 別に、呪術業界をよくしよう、世直ししようなんて思わないが――こう、マッチポンプばかりでは、不甲斐ない。

 

 

 

「あーうん、耳が痛いよ、マジで。でも仰る通り。……『重め』ってそういう意味じゃなかったんだけどなぁ、ホント」

 

「……虎杖君ですが。今後、どのように扱われますか?」

 

 

 

 とはいえ。子供相手に、大人の事情など言えたものではない。

 

 

 

 故に――どう、彼に向き合うべきか。

 私は、一抹の迷いを口にしていた。

 

 

 

『このくらいの事には、いい加減、真面目にとりあえ』

 

 

 

 などと思った、というわけでは断じてない。

 

 

 

「んー? 別に、当面と変わらないかな。オッパッピー計画やって、涙の再開させて、そのまま京都校との交流戦に参加させる。中々ない機会だしね、なんかしらいい刺激持って帰るでしょ」

 

「……そうですか」

 

 

 

 そして。やっぱりダメだったか。

 と、落胆するまでもなく、真顔で小さな絶望を受け入れる。

 

 

 

『やっぱコイツ、人心介さぬ魔の者なのでは?』

 

 

 

 と思わず、思わずにはいられな――。

 

 

 

「……誰かを失った痛みは、失った本人にしかわからないよ」

 

「――」

 

 

 

 否。五条悟は。

 畳の上というのに持ち出した椅子の背もたれを抱きながらも。

 

 目隠しをとり、『六眼』を覗かせていた。

 

 

 

「でも、だからこそ次を求める。自分だけがわかる穴を埋め合わせるためハングリーに、自分以外が知らないままで済むように――あんま呪い背負わすには、まだまだ青いんだよ。彼ら若人はね」

 

(……今しがた呪われたところな気がしますが)

 

 

 

 ――。全くもって、矛盾したご高説だ。

 

 

 

 そも呪術師とは、人間の悪感情という産業廃棄物の処理役。排棄孔(ゴミばこ)の掃除屋である。

 

 見知らぬ他人の醜悪と対面させられ、

 その他人のケツを拭いて回る。

 

 そうして、人の見えないところで起きている、人間社会の破綻を回避させ、永らえさせる。

 

 

 

 そんな、呪術師という生き物の卵に――。

 

 

 

「業を背負わせたくない、ということですか」

 

「流石に、できっこない偽善は考えちゃいないさ。でも……自分らの代よかマシに過ごしてほしい。ってぐらい思うのが人情でしょ?」

 

「当然です。むしろ、そう思っておいて、改善できていないならば怠慢でしかない」

 

 

 

 などという。

 なんとも、幼稚的でさえある理想。

 

 すなわち、『期待』――。

 

 

 

 ……夜蛾先生。あなた、少しこの人を厳しく教えすぎたのではないでしょうか。

 

 

 

「……私もまた不甲斐ないのは事実ですが。説教されに来た覚えはありませんよ」

 

「まっさか。だから感謝してんだって。僕の教え子を守ってくれて、ありがとう。――また一歩、成長だね♪」

 

「はっ倒しますよ」

 

 

 

 ……しかし、確かに。

 言われてみれば、あの時のようだと、帰りながらも気付く。

 

 

 

 同行した少年が死にかけて、

 相手は予定外の上物で、

 命からがらで奇跡の生還。

 

 強いて、違いがあるなら。

 

 

 

「そもそも……助けられたのは、私の方です」

 

 

 

 今度は、助け出せた。

 二人揃って、生還できた事だろうか。

 

 

 

―――

――

 

 

 

「……虎杖君」

 

 

 

 やはり、リンゴを剥きに行こうか、といった考えは無粋だったらしい。

 病院から目覚めるなり、彼はすぐ、ここへとやってきた。

 

 

 

 遺体の安置所――特級呪霊『真人』により発生した死者を極秘で処理・埋葬するモルグ。

 

 もとい、ここは家入先輩の医療班の一室でもある。死体は遺灰から骨片まで全てが情報の宝庫だ。呪術で情報を抜き取れないように処置し弔うためにも、高専には医療班が存在している――。

 

 

 

「説教?」

 

「命を助けてもらった相手に、説教もクソもないでしょう」

 

 

 

 そんな、見慣れぬ部屋の中というのに。彼の目に映るのは、やはり横たえた黒い袋ばかりで。

 

 

 

「……俺が?」

 

 

 

 自分が死にかけたというのに。

 まるで、他人の死にしか意識が向いていない。

 

 

 

(ツギハギ)の術式は他人の魂に干渉する。君が領域に侵入した事で宿儺の逆鱗(たましい)に触れてしまったのでしょう。おかげで助かりました」

 

「でも俺、代わってねぇよ」

 

「宿儺が出たのではなく、奴が入ったんです」

 

「じゃあ助けたのは俺じゃない。コイツの気まぐれだ」

 

 

 

 ――『宿儺の器』。

 どんな因果か。この少年は、『呪いの王』を身に宿している。そのリスクは計り知れない。

 

 彼は、それこそ。全ての『宿儺の指』を食べて秘匿死刑となるまで――――悪意に晒され、運命を左右される受け皿となるだろう。

 

 

 

 ある種。これから無縁仏になる彼らと、同じ因果だ。

 

 

 

「……ナナミン。俺は今日、人を殺したよ」

 

 

 

 否。そのように、受動的な理由ではない。

 もう、無実の罪人ではいられない。

 

 彼は。もっと順序と歳月を踏んで飲み込むべきものを、噛み締めていた。

 

 

 

「人は死ぬ。それは仕方ない。ならせめて正しく死んでほしい。そう思ってたんだ。――だから引金を引かない事ばかり考えてた、でも自分で引金を引いてわからなくなったんだ…………正しい死って、何?」

 

「……そんなこと、私にだってわかりませんよ」

 

 

 

 人の生き死には、人が預かり知れぬところで、人によって決められる。

 

 一人歩きした悪意によって、歪められる。

 

 

 

 呪いたちの獲得した本能。

 対する、術師たちの理性。

 

 時には仲間に死を強要せねばならない生物。

 自由意志による特攻と事故死。

 犬死にと比べ、果たしてどちらがマシなのか。

 

 

 

「善人が安らかに悪人が罰を受け、死ぬことが正しいとしても、世の中の多くの人は善人でも悪人でもない」

 

 

 

 どちらもクソだ。

 そのどちらからも、私は、逃げられない。

 

 きっと、いつか。逃れようのない時が来る。

 

 

 

「死は万人の終着ですが、同じ死は存在しない。それらを全て正しく導くというのはきっと苦しい。私はおすすめしません」

 

 

 

 一時期は、現実逃避していた。

 

 金さえ求めていれば、そんなクソッタレの世の中と距離が置けるはずと。

 社会から解放されるために社会を回していた。

 

 そして――逃げる事さえ、やめた。

 

 

 

「などと言っても、君はやるんでしょうね」

 

「……」

 

 

 

 だけど、彼は違った。

 

 それも、自ら。足を前へ向けようとしている。

 今でさえ。どう歩むかで迷っているだけ。

 ハナから、道から降りるなんて考えていない。

 

 考えられない、だけかも知れないが。

 

 

 

「死なない程度にしてくださいよ。今日君がいなければ私が死んでいたように、君を必要とする人が、これから大勢現れる」

 

 

 

 きっと、多くの人に囲まれる。

 多くの手に身を引かれ、彼は進むだろう。

 

 身勝手な醜悪か、彼を知る者の導きか。

 

 なら、せめて――私は、後者でありたい。

 

 

 

「虎杖君はもう、呪術師なんですから」

 

「――、……」

 

 

 

 そう言って。私はひと足先に、モルグを出る。

 五条さんと共に、廊下で、彼を待つ。

 

 

 

 彼の、進む。その先で――。

 





灰原の例があるため、等級の見誤り問題については結構気にしていそうだよな、
その件について五条にお小言いうよな絶対。

と思って書いていたら虎杖の話になっていました。

『幼魚と逆罰』いっちゃん好きだからね、仕方ないね。
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