オーバーロード マイペースすぎるプレイヤーと素のモモンガさん   作:eriza7170

5 / 6
え、もう再会するんですか

以下、第五話の本文から \ をすべて取り除き、元の改行を維持したものです。

 

おやおや、これまた大勢ですな、ブラックレギオン殿」

 

異世界へとやってきたナザリック地下大墳墓。

その近辺に位置する、ランポッサ王国領カルネ村。

かつては小さな農村に過ぎなかったこの場所も、今では周辺地域において少々特殊な立ち位置を確立していた。

何しろ、村の住民たちが普通ではない。

そして、村長もまた普通ではない。

そんなカルネ村に、この日も一団の来訪者があった。

渾沌四神をギルドリーダーとするギルド『虐殺宇宙号』。

そのNPC幹部の一人であり、ブラックレギオンの代表を務める者が、部下たちを引き連れて村を訪れていたのである。

村の入口では、いつも通りの光景が繰り広げられていた。

ただし、いつも通りとはいっても、一般的な村の訪問者とは規模が違う。

重厚な鎧をまとった者。

人間とは思えない異形の者。

武器を携え、周囲を警戒する者。

その数は、ちょっとした軍隊と呼んでも差し支えないほどだった。

そして、その一団を出迎えていたのが、カルネ村の村長である。

 

「うむ、調子はどうだ、ミドルフィンガー村長」

 

「何事も起きてはいませんよ。現状は」

 

そう答えたのは、体中に紫色の入れ墨を入れまくり、さらに大きなジャケットを肩に掛けた老人だった。

少々肥満気味の体格。

どこか人を食ったような笑顔。

その風貌は、どう見ても一般的な村長という言葉からは程遠い。

むしろ、裏社会の大物や、どこかの組織の親分と紹介された方が納得できるような見た目である。

実際、彼の周囲にいる村人たちも、村長を恐れているというよりは、頼りになる親分を見守るような態度だった。

ミドルフィンガー。

この村の長であり、周辺の魔物たちからも一目置かれる存在。

そして、ブラックレギオンとも長い付き合いのある人物だった。

 

「そうか、ならいいんだ」

 

「気になるとすれば、森の賢者殿からの定期連絡が少々遅れているくらいでしょうかね?」

 

「あぁ、あの魔物か。あいつは定期連絡が遅いからなぁ」

 

ブラックレギオンは、重装甲の肩鎧を揺らしながら、はぁ、と溜息を吐いた。

昔から、カルネ村近辺の森には三匹の強力な魔物がいた。

どれも人間の村など簡単に滅ぼせるほどの力を持ち、普通の冒険者ならば遭遇しただけで逃げ出すような相手である。

しかし、ここに住むと決めたミドルフィンガー村長によって、三匹とも徹底的に叩きのめされた。

それ以来、彼らは村長の舎弟のような扱いを受けている。

もっとも、舎弟とはいっても、彼らが弱くなったわけではない。

単純に、村長の方が圧倒的に強かったというだけの話である。

その三匹のうち、二匹は人間の言葉を理解し、意思疎通も可能だった。

それが『森の末弟賢者』と『森の末妹賢者』である。

彼らは魔物であるためか、人間の感覚でいう時間や約束事には少々疎い。

定期連絡といっても、実際には食べ物を交換しに村へ顔を出したり、森の様子を簡単に報告したりする程度のものだった。

それでも、長年続いてきた習慣である。

連絡が遅れれば、気になるものは気になる。

 

「まあ、あいつらのことだ。何か食べるものでも探しているんだろう」

 

「そうですなぁ。森の賢者殿は、食べ物の話になると妙に熱心ですからな」

 

「……そういうところは、昔から変わらん」

 

ブラックレギオンは、肩をすくめた。

どうやら、森の賢者たちの自由奔放さには、彼も慣れているらしい。

 

「ところで、ブラックレギオン殿」

 

「ん?」

 

「今回は、いつもより大世帯ですな。何かありましたかな?」

 

ミドルフィンガーは、村の入口に並ぶ一団を眺めた。

普段の定期連絡ならば、代表者と数名の護衛がいれば十分である。

しかし、今回は明らかに人数が多い。

しかも、どの者も装備が整っており、ただの挨拶回りにしては随分と物々しい。

 

「あぁ、うちのギルドリーダーがようやく帰ってきてな。それに、同盟者のギルドもちょうどこちらの世界に来たんだ」

 

「おお、それはよかったですな!」

 

ミドルフィンガーは、心から嬉しそうに笑った。

 

「何百年前でしたかな。虐殺宇宙号に皆さんが来られたのは」

 

「600年だな」

 

「600年……いやはや、長いものですなぁ」

 

「ミドルフィンガー殿も長生きだな?」

 

「ほっほっほ。デビルメーカーとだてに呼ばれておりませんので」

 

そう言って、村長は腹を揺らして笑った。

その言葉に、ブラックレギオンも小さく笑う。

600年。

普通の人間であれば、何世代も入れ替わっているほどの時間である。

だが、彼らにとっては、こうして顔を合わせて話ができる程度には、つながりのある時間だった。

この世界に来てからも、幾度となく顔を合わせてきた。

時には情報を交換し、時には物資を融通し、時には周辺の魔物について相談する。

そうした付き合いが、いつの間にか長い年月になっていたのだ。

 

「それにしても、ギルドリーダー殿が戻られたのは喜ばしいことですな」

 

「まあな。こっちも色々と話したいことがある」

 

「では、今度はゆっくりと酒でも飲みながら話しましょう」

 

「そうだな。そっちの酒はなかなか悪くない」

 

「ほっほっほ! それは何よりです」

 

二人の間には、長年の付き合いからくる気安さがあった。

それは、主従でもなければ、単なる取引相手でもない。

互いの実力を認め、互いの事情をある程度理解している者同士の関係だった。

 

そして、その様子を少し離れた場所から眺めている者たちがいた。

 

十数名ほどの一団である。

その中には、ナザリックの至高の御方を護衛するために選抜された者たちと、虐殺宇宙号の定時連絡員が含まれていた。

もちろん、その中にはモモンガと渾沌四神もいる。

なお、護衛の人選には少々事情があった。

今回の外出は、あくまでピクニックである。

そのため、必要以上に物々しい雰囲気にするつもりはなかった。

しかし、モモンガが人間の姿で外出する以上、護衛を付けないわけにもいかない。

そこで、最低限の人数で、なおかつ初対面の相手に対して不用意な発言をしない者たちが選ばれたのである。

言い換えれば、礼儀と空気を読める者たちの集まりだった。

もっとも、そんな人選が必要になる時点で、ナザリックの人材事情が少々特殊なのかもしれない。

 

「なぁ、モモンガ」

 

「はい?」

 

「あの村長、大分強くねぇか?」

 

渾沌四神が、小声で尋ねた。

二人とも、普段とは違ってフル装備である。

モモンガは黒いスーツではなく、戦闘用の装備を身につけていた。

もちろん、真身の指輪によって人間の姿を取っているため、装備の印象も普段とは異なる。

一方の渾沌四神も、いつもの重厚な鎧を完全に装備していた。

ピクニックに来たはずなのに、どう見ても戦場へ向かうような格好である。

これは、二人が周辺の安全を確認するために、念のため装備を整えていたからだ。

そして、その念のための確認で、思わぬものを見つけてしまった。

 

「……分析魔法を使いましたが、レベル90代ありますよ、あの人」

 

モモンガは、村長を見つめたまま答えた。

 

「……あの悪魔? そんなのがゴロゴロいるんですか、この世界?」

 

「いや、さすがにゴロゴロはいないと思いますが……」

 

モモンガは言葉を濁した。

そもそも、あの村長はどう見ても普通の人間ではない。

紫色の入れ墨。

異様な雰囲気。

そして、何よりも隠しきれない強者の気配。

分析魔法の結果が間違っていないのであれば、相当な実力者である。

少なくとも、普通の村長という肩書きで説明できるような存在ではなかった。

 

「いえ、あのミドルフィンガー殿は、この世界でも有数ですよ。あの人、年齢は600年を超えていますので」

 

二人の会話に割って入ったのは、蝙蝠と稲妻、そして髑髏を思わせる装飾を施した鎧を身につけたナイトロードだった。

その姿は、どこか死の騎士を思わせる。

しかし、彼は敵意を向けることなく、あくまで穏やかな声で説明した。

 

「そうなのか、ナイトロード……」

 

渾沌四神は、村長の方へ視線を戻した。

 

「うーん、600年でレベル90代か」

 

「長く生きているだけでは、あそこまでの強さにはなりませんがね」

 

ナイトロードは、少しだけ言葉を付け加えた。

 

「ミドルフィンガー殿は、長い年月をかけて様々な経験を積んでおられます。戦闘だけでなく、魔法や交渉にも長けている。あの村を維持できているのも、村長自身の力があってこそでしょう」

 

「なるほどなぁ」

 

渾沌四神は納得したように頷いた。

その隣では、氷の鎧をまとった巨大な蟲人が、村長をじっと見つめていた。

コキュートスである。

彼の全身からは、周囲の気温をわずかに下げるような冷気が漂っている。

 

「イツカ、手合ワセ願イタイナ」

 

その言葉とともに、フシュウ、と冷たい息が漏れた。

どうやら、コキュートスはミドルフィンガーに興味を持ったらしい。

強者を見れば戦いたくなる。

それは、彼の戦士としての性質なのだろう。

 

「まぁ今回はただのピクニックだから、手合わせは後でな、コキュートスさんよ」

 

渾沌四神は、そう言いながら地面に置いていた荷物を開いた。

中から取り出したのは、折り畳み式のテーブルと椅子、そして簡易的な調理器具である。

それらを手際よく組み立てていく。

周囲では、護衛たちが邪魔にならないように場所を確保していた。

コキュートスは、少しだけ残念そうに肩を落とした。

 

「……承知シタ」

 

「そんなに落ち込むなって。ピクニックが終わったら、時間を作ってもらえばいいだろ」

 

「ソレナラバ、楽シミニシテオコウ」

 

コキュートスの声には、わずかな期待が混じっていた。

その様子を見て、モモンガは苦笑する。

 

「渾沌さん、あまり勝手に約束しないでくださいよ」

 

「いいじゃないか。せっかく強い相手がいるんだし」

 

「ピクニックに来たんですよね?」

 

「そうだぞ?」

 

「……本当に分かってます?」

 

「分かってるって。今日は飯を食って、景色を見て、のんびりする日だろ?」

 

渾沌四神は、そう言ってテーブルの脚を固定した。

 

「だから、戦うのはその後」

 

「そういう問題ではないんですが……」

 

モモンガは小さく息を吐いた。

 

その時、少し離れた場所から声がかかった。

 

「おや、そちらの方々は準備中ですかな?」

 

ミドルフィンガーが、こちらへ歩いてきていた。

その後ろにはブラックレギオンが続いている。

 

「おう、村長。こっちはピクニックの準備をしているところだ」

 

「ピクニックですか。ほほう、よろしいですなぁ」

 

ミドルフィンガーは、組み立てられたテーブルや椅子を眺めた。

そして、モモンガへと視線を向ける。

 

「そちらが、今回お戻りになったというモモンガ殿ですかな?」

 

「ええ。モモンガです。よろしくお願いします」

 

モモンガは、丁寧に頭を下げた。

人間の姿であることもあって、見た目だけならば、どこにでもいる普通の男に見える。

しかし、ミドルフィンガーはその内側にあるものを感じ取ったのか、少しだけ目を細めた。

 

「ほほう……なるほど」

 

「何か?」

 

「いえいえ。ブラックレギオン殿からお話は伺っております。こうしてお会いできて光栄ですな」

 

「こちらこそ」

 

ミドルフィンガーは、モモンガの背後にいる者たちにも目を向けた。

重装備の渾沌四神。

氷の鎧をまとったコキュートス。

そして、ナイトロードたち。

誰もが一目で只者ではないと分かる存在だった。

 

「それにしても、随分と頼もしい護衛を連れておられる」

 

「ええ、まあ。念のためです」

 

「ほっほっほ。念のため、ですか」

 

ミドルフィンガーは、意味ありげに笑った。

 

「この辺りは比較的平和ですが、森の中には妙なものもおりますからな。何かあれば、遠慮なくおっしゃってください」

 

「ありがとうございます」

 

「なに、せっかくのピクニックです。楽しまれるのが一番ですからな」

 

そう言って、村長は再びブラックレギオンの方を向いた。

 

「では、私は村の者たちに食材を用意させましょう。せっかくの来訪です。手ぶらで帰らせるわけにもいきませんからな」

 

「お、いいのか?」

 

「もちろんですとも。村で採れた野菜や果物なら、いくらでもありますぞ」

 

「それは助かる」

 

「ただし、森の賢者殿が持ってくるものだけは、少々注意が必要ですがな」

 

「……あいつら、また妙なものを持ってくるのか?」

 

「さて、どうでしょうなぁ。ほっほっほ」

 

ミドルフィンガーは、楽しそうに笑った。

 

その笑顔を見ながら、モモンガはふと思った。

 

(……この村、思っていた以上に面白い場所なのでは?)

 

ナザリックの周辺にある小さな村。

そこに住む村長はレベル90を超える実力者。

森には舎弟扱いされている強力な魔物が三匹。

そして、600年もの間、虐殺宇宙号と付き合いを続けている。

 

どう考えても、普通の村ではない。

 

だが、不思議と居心地は悪くなかった。

 

「さて、モモンガ」

 

「はい?」

 

「今日は仕事の話はなしだぞ」

 

渾沌四神が、テーブルの上に食器を並べながら言った。

 

「せっかくの休日なんだからな」

 

「……分かっていますよ」

 

モモンガは、少しだけ笑った。

 

「今日は、ゆっくりしましょう」

 

その言葉を聞いて、渾沌四神は満足そうに頷いた。

 

そして、彼らのピクニックが始まろうとしていた。

 

 

002

匂いだ。

 

匂いがする。

 

おいしそうな匂いだ。

 

それは、森の奥から漂ってくるものとは違った。

獣の血の匂いでも、植物の青臭さでも、魔物の肉が焼ける匂いでもない。

もっと穏やかで、もっと複雑で、それでいて妙に食欲を刺激する匂いだった。

何かを焼いたような香ばしさ。

ほんの少し鼻をくすぐる酸味。

そして、どこか懐かしさを感じる、温かい匂い。

 

ヘロヘロは、その匂いを追いかけていた。

 

もっとも、現在の彼にとって、移動という行為はそれほど大したものではない。

本体から分裂した無数の個体のうち、一体が勝手に動いているだけだ。

その一体が何かを見たり、聞いたり、食べたりすれば、その情報は本体へと共有される。

だから、今ここにいるヘロヘロは、彼自身でありながら、彼の全てではない。

身体の一部を遠くへ伸ばしているようなものだった。

 

それでも、今回ばかりは少し事情が違った。

 

おいしそうな匂いがする。

 

それだけで、普段ならば放置していたような場所へ足を運ぶ理由としては十分だった。

 

森の木々の隙間を抜ける。

地面を這い、草を押しのけ、根を避けながら進む。

やがて、視界が開けた。

 

そこには、何人かの者たちが集まっていた。

 

机。

椅子。

食器。

そして、何やら準備されている食べ物。

 

なるほど。

 

あそこから匂いがするのか。

 

ヘロヘロは、特に警戒することもなく、机へと近づいていった。

この世界に来てから、他者との接触は珍しいことではない。

ただし、その大半はろくなものではなかった。

 

近づけば殴られる。

殴られれば殴り返す。

捕まえようとしてくれば、捕まえられないようにする。

殺そうとしてくれば、殺されないようにする。

 

そうやって過ごしてきた結果、彼の身体には一つの習慣が染みついていた。

 

こちらに武器を向けてくる相手は、まず武器を無力化する。

 

今回もそうだった。

 

誰かが武器を構えた。

その瞬間、ヘロヘロの身体がわずかに伸びる。

武器に触れた部分から、金属が音もなく崩れていった。

刃が溶け、柄が歪み、武器としての形を失う。

 

一瞬の出来事だった。

 

……あ。

 

警戒された。

 

それもそうだろう。

いきなり近づいてきた正体不明のスライムが、武器を溶かしたのだから。

普通ならば、こちらを危険な魔物だと判断する。

実際、間違ってはいない。

 

だが、ヘロヘロとしては少々困った。

 

せっかくおいしそうな匂いのところに来たのに、何やら面倒なことになっている。

 

そもそも、この世界に来てからというもの、誰かにボコボコにされるか、誰かをボコボコにするかのどちらかだった。

最初の頃は色々と苦労したものだ。

知らない場所で目を覚まし、知らない生物に襲われ、よく分からない魔法を浴びせられた。

そのたびに身体を作り替え、耐性を獲得し、相手を捕食してきた。

そうして生き延びてきた結果、今では大抵の相手ならどうにかできるようになった。

 

だからこそ、武器を向けられたら先に無力化する。

 

それが、今のヘロヘロにとってはごく自然な行動だった。

 

しかし。

 

どうも様子がおかしい。

 

森から出てきた時から、相手の反応が妙だった。

 

こちらにかしづいている者。

武器を向けようとした者を、必死になって止めている者。

その場で硬直している者。

そして、あのビジネススーツを着た男。

 

……あれ?

 

どこかで見たことがあるような気がする。

 

黒い服。

整った身なり。

少し見覚えのある立ち姿。

 

いや、そもそも、この世界に来てからスーツを着た人間など見ただろうか。

見たことがない。

それなのに、どうして懐かしさを感じるのだろう。

 

ヘロヘロは、相手をじっと見つめた。

 

そして、頭の中に一つの名前が浮かんだ。

 

『モ』

 

『モ』

 

『ン』

 

『ガ』

 

「ヘロヘロさん!? ヘロヘロさんですよね!? どうしてこの世界に!? まさか、皆さんもこの世界に!?」

 

モモンガ。

 

そうだ。

 

モモンガさんだ。

 

ヘロヘロは、ようやく目の前の人物が誰なのかを理解した。

そして、相手もこちらを理解したらしい。

声を上げたモモンガの顔には、驚きと喜び、そして信じられないという感情が入り混じっていた。

 

周囲の空気が一変する。

 

「お待ちくださいモモンガ様! 今の装備状態でエルダーブラックウーズに近づくのは危険でございます!」

 

「そうだモモンガ! 一級フィクサーの服はただ丈夫なだけの服だ! 副次効果なんてのはついてない!」

 

何やら必死に止められている。

 

どうしてだろう。

 

こちらは名前を呼んだだけなのだが。

 

いや、そもそも何故そんなに驚いているのだろう。

モモンガさんとは知り合いだ。

以前、一緒に遊んだこともある。

話をしたこともある。

一緒に戦ったことだってある。

 

それなのに、まるでとんでもない怪物でも見つけたかのような反応をされている。

 

……まあ、今の自分は怪物なのだろう。

 

ヘロヘロは、ようやくそのことを思い出した。

 

周囲にいる者たちにも目を向ける。

白と黒を基調とした衣服。

あれはメイド服だろうか。

そのような服を着た者たちも、それぞれ奇妙な反応をしていた。

泣きそうになっている者。

実際に泣いている者。

かしづいた姿勢のまま、微動だにしない者。

中には、こちらを見つめたまま、口元を押さえている者もいる。

 

どうやら、歓迎されているわけではないらしい。

いや、歓迎されている者もいるのかもしれない。

よく分からない。

 

そして、こちらに武器を向けようとしている者たち。

彼らは、ファンタジー作品によく登場する村人のような格好をしていた。

ただし、頭には悪魔のような角が生えている。

体格も、普通の人間とは少々違う。

肌の色や顔つきも独特で、どこか人間離れしていた。

 

……ここは悪魔の村なのだろうか。

 

そんなことを考えていると、モモンガがこちらに近づこうとしているのが見えた。

いや、近づこうとしているというより、こちらへ来ようとしている。

周囲の者たちは、それを必死に止めていた。

 

『モモンガ、サン』

 

「ヘロヘロさん!? ちょ、ちょっとどこに行くんですか!?」

 

どうやら、話をする必要があるらしい。

 

だが、ここで話をするのは少々面倒そうだ。

周囲には人が多い。

こちらの身体も一体だけだ。

何より、今の状況を説明するには、本体の一人を呼んでこなければならない。

 

これは、そういう案件だ。

 

ただし、モモンガさんを置いていくわけにもいかない。

 

ヘロヘロは、少し考えた。

 

そして、簡潔に伝えた。

 

「ツイテキテ、ホシイ」

 

「はい!」

 

モモンガが即答した。

 

その返事を聞いて、ヘロヘロは移動を始めようとした。

しかし、周囲の反応はさらに大きくなった。

 

「モモンガ! 罠じゃないのか!? あまりに都合がよすぎるぞ!」

 

「そうですモモンガ様! まずはご同行する守護者の選択をしていただきたく!」

 

「うっ……それもそうですね……」

 

モモンガは足を止めた。

どうやら、周囲の意見にも一理あると思ったらしい。

 

確かに、いきなり現れた怪物についていくというのは、普通に考えれば危険な行為だろう。

ましてや、目の前にいるのはエルダーブラックウーズ。

相手がどれほど親しい旧友であったとしても、現在の姿を見れば警戒するのは当然だった。

 

「ヘロヘロさん、ちょっと待っててください! ほら、ご飯でも食べててください! メイドたち、任せたぞ!」

 

「「「はっ!」」」

 

ご飯。

 

その言葉に、ヘロヘロの意識がそちらへ向いた。

 

そういえば、ここに来た目的はそれだった。

 

匂い。

おいしそうな匂い。

 

目の前には、何やら食べ物が用意されている。

その言葉を聞いた途端、ヘロヘロの身体が少しだけ揺れた。

 

食べていいのだろうか。

 

どうやら、いいらしい。

 

その後、何やら豪勢な椅子の前まで案内された。

椅子そのものは、ヘロヘロの身体にとって必要なものではない。

そもそも、座るという行為に意味があるのかも分からない。

だが、周囲の者たちがそうするように勧めてくるので、とりあえず従うことにした。

 

身体の一部を椅子の上に広げる。

柔らかな布地が、わずかに沈み込んだ。

 

周囲の者たちは、まだ警戒しているようだった。

それでも、食べ物を持ってきてくれるらしい。

 

メイドたちが慎重にこちらへ近づいてくる。

その手には、白い皿や小さな器があった。

 

まず差し出されたのは、白い粒がぎゅっと固められたものだった。

 

表面には、ほんの少しだけ塩がまぶされている。

形は三角形に近く、手で握って作られたものらしい。

その隣には、小さな器に入った茶色や緑色のもの。

そして、湯気の立つ緑色の液体が入った器も用意されていた。

 

ヘロヘロは、それらをじっと見つめた。

 

何だろう。

 

どれも食べ物には違いない。

しかし、これまで食べてきた魔物や植物とは、まるで違う。

白い粒の塊からは、妙に懐かしい匂いがした。

何故だろう。

知らないはずなのに、知っているような気がする。

 

メイドの一人が、恐る恐るそれを差し出してきた。

 

その手は、わずかに震えていた。

無理もない。

目の前にいるのは、武器を一瞬で溶かす怪物なのだ。

その身体が少しでも動けば、自分など簡単に飲み込まれてしまうかもしれない。

 

それでも、彼女は食べ物を差し出していた。

 

ヘロヘロは、彼女たちを傷つけないよう、できるだけ丁寧に身体の一部を伸ばした。

そして、白い塊をそっと取り込んだ。

 

……。

 

……ああ。

 

これは。

 

うまい。

 

柔らかい。

口の中でほどけるような感触。

ほんのりとした甘み。

そして、後から感じる塩気。

 

単純な味なのに、どうしてこんなにおいしいのだろう。

 

ヘロヘロは、少しだけ動きを止めた。

 

今まで食べてきたものとは違う。

強い魔物の肉は、食べれば能力を得られた。

巨大なドラゴンの肉は、まずかったが、得られる力は大きかった。

珍しい魔物を食べれば、これまで持っていなかった耐性や能力を獲得できた。

 

だが、これは違う。

 

食べても、特別な能力が増えるわけではない。

身体が強くなるわけでもない。

魔法への耐性が増えるわけでもない。

 

ただ、おいしい。

 

それだけだった。

 

次に差し出された茶色や緑色のものも口にする。

こちらは少し酸味があり、先ほどの白い塊とは違った味わいがあった。

噛むような感覚はない。

身体の中へ取り込んで、味を感じ取るだけだ。

それなのに、食感まで想像できるような気がした。

 

そして、最後に緑色の液体を取り込む。

 

温かい。

 

少し苦みがある。

だが、不思議と落ち着く味だった。

 

ヘロヘロは、もう一度白い塊を食べた。

 

おいしい。

 

もう一口。

もう一口。

 

メイドたちが次々と差し出してくれる。

そのたびに、ヘロヘロは丁寧に食べた。

どうしてこんなにおいしいのだろう。

どうしてこんなに懐かしいのだろう。

 

これまで何百年も、色々なものを食べてきた。

強力な魔物も、巨大なドラゴンも、奇妙な生物も。

食べれば食べるほど強くなった。

そのたびに身体は変化し、より強く、より頑丈に、より多くのものを食べられるようになった。

 

だが、どれもこれも、ただの食料だった。

 

強くなるためのもの。

生き延びるためのもの。

邪魔な相手を倒した結果、食べることになったもの。

 

そんなものばかりだった。

 

けれど、これは違う。

 

何かを思い出しそうになる。

 

どこか遠くに置いてきたもの。

ずっと昔に、当たり前のように食べていたもの。

誰かと一緒に食べたことがあったような気がする。

あるいは、一人で食べていたのかもしれない。

 

それが何だったのか、今のヘロヘロにははっきりと思い出せない。

 

それでも。

 

泣きそうになるほどうまかった。

 

ヘロヘロは、もう一度、湯気の立つ緑色の液体を口にした。

 

温かい。

 

その温度が、妙に胸に染みた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。