タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿3   作:泉 とも

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・冬の足音

「朝になっちゃった」

 

 桜之千春は呟いた。梢の言い付けを守り、朝までその帰りを待っていた。

 

 雨音の聞こえる外は薄暗く、時計を見なければ今が朝の七時とは思えなかった。

 

(言われた通り、通報するね)

 

 もしも自分が戻らなければ祓魔師たちに通報し、今回の件を伝えるよう千春は言われていた。

 

 そのためにまとめた資料を抱え、頭の中で何度も繰り返した応答を思い出しながら、彼女は朝食も摂らずに家を出ようとした。

 

 丁度その時、玄関のチャイムが鳴った。

 

「梢ちゃん!?」

 

 慌てて玄関のドアを開けると、そこには確かに森塚梢がいた。そしてその隣には、見知らぬ女が立っていた。

 

「ただいま、千春」

「梢ちゃん、大丈夫なの?」

 

「しんどいから、一旦中に入れて頂戴」

「うん、分かった。どうぞ」

 

 家内にトンボ返りをすると、三人は来客用の応接室へと移動した。

 

 梢は既に足取りがフラフラとしており、隣の女性に支えられてやっと歩いているような有様だった。

 

「取り敢えず横にしましょう」

「ごめんなさい、うちの椅子だとちょっと」

「この際床でいいわ」

 

 手摺りのない椅子ならば横付けするだけで簡易ベッドになるが、ちゃんとした椅子だとそんな行儀の悪いことはできなかった。

 

 止むを得ず床に寝転がり、梢はようやく人心地をつく、

 

「はあ、はあ、ああ~~……死ぬかと思ったわ」

 

「実際私が手伝っていなければそうなっていた可能性は有りました」

 

「あの、それであなたは」

 

 ぐったりとしている梢を横目に、千春は改めてもう一人の女性を見た。

 

 長い黒髪にクマの有る目。長身だが猫背で眼鏡を掛けており、千春と梢を足して割ったような姿だった。

 

「この姿で会うのは初めてですね。あなたたちがハカセと呼んでいる穢淫です」

 

「えっあなたがあの!?」

 

 千春は目の前の女性が、梢の受験勉強用に胎に寄生させられている界異だと初めて知った。

 

「ええ。梢さんがこちらにお戻りになる際に力尽きまして、私が肩を貸したことで、ここまでどうにか辿り着いたのです」

 

「そうだったんですか、どうもありがとうございます」

 

「いえ、礼には及びません。あのまま儀式が進んでいたら、私もどうなっていたか分からない。単なる自己防衛ですよ」

 

 深々と頭を下げる梢に、ハカセは丁寧に断りを入れた。

 

「儀式というと?」

「梢さん、お話ししても?」

 

「構わないわ。自分からは言い難いし」

「畏まりました」

 

 ハカセはそう言うと、千春に夜宴のことを話した。

 儀式の内容と梢の身に起きたことを。

 

「正直危ない所でした。梢さんに注ぎ込まれる力は膨大で、余った分は彼女を変質させるように働きかけていましたので、私がそれをちょろまかしつつ、適宜調整をして還流させることで難を逃れたのです」

 

 宿主が変化した際、自分もどうなるか分からない。だからこそ、ハカセは夜宴によって生じた霊力、魔力、生命力といったものを、必要に応じて横取りしていた。

 

「あの女悪魔は私の存在に気付かなかったので、梢さん一人のポテンシャルのように思っていることでしょう。古来からあのような儀式では、自らの内に穢淫を宿すことで生存率や強化率を高められるのです。まあこれは内輪だけの知識なのですが」

 

 そして横取りした力も、披露した梢を助けるために、ほとんど帰したと言う。

 

「どうしてあのサマナっていう人は、梢ちゃんを実験動物みたいにしたんだろう」

 

「みたいじゃないわ。実際そうよ。あと千春、悪いんだけど飲み物と食べ物を頂戴。胃に優しい奴から」

 

「うん分かった」

 

 梢は一度退室し、幾つかの飲食物を手にして戻って来る。梢はそれを少しずつ接種すると、半死人めいて衰弱した容態が僅かに回復する。

 

「では、話を続けます」

『どーぞ』

 

 ハカセは軽く手刀を切ると、自分にも差し出されたお茶を一口してから、会話を再開する。

 

「私みたいな学問畑の界異には、人類の進化を促したい勢力というものが、少なからずいるのです」

 

「そんな漫画の秘密結社みたいな……」

 

 千春は唖然としたが、梢はスポーツ界隈における選手の品種改良が、真面目に現実の話として存在していることを想い出した。

 

 大それた話ではない。れっきとした学術的・商業的な分野なのだ。

 

「雑種強勢という言葉をご存知ですか?」

「雑種だと親の良い所取りが起き易いってことですよね」

「その通り」

 

 博士はお茶の湯飲みを置くと、茶菓子に手を付け始めた。些か無遠慮だったが、千春は咎めなかった。話を中断してまで躾を優先する意味が無いからだ。

 

「本来は人類全体でそれを起こした場合、より強力な身体能力や発想力の飛躍、霊的な素養や特殊な環境下で発現・変容した臓器など、現在の人類よりも遥かに強力な種となっていたはずなのです」

 

 世界規模、いや、正に人類が人類のために進化をした姿を、博士は説明した。

 

「しかし現実は分布による分断が進む一方でした。貧富の差は文明を推し進め、より効果的な育成手段と望ましい環境を明らかにしました。ですがより原始的な質という点では後退しているのです」

 

 ハカセは煎餅をぼりぼりと食べつつ、どうやってか眼鏡を光らせる。

 

 本来ならば性欲にかまけて、堕落の限りを尽くす穢淫のはずが、長い長い時間を学問に傾倒して来た異常個体が、人類を俯瞰して語る。

 

「突然変異のような個体が次々に出現しているのは、種としての危険信号に他ならないのです。然るに霊的素養を持ち、かなまら様の神徳を受け、悪魔の夜宴を越え、陰陽一体となっている梢さんは、人類にとっての万能薬になる可能性を秘めている」

 

「それこそ実験と儀式と改造の後にね」

 

 梢はこの二日間での乱交で、女悪魔ことサマナの熱狂と、自分に向けられた切望のようなものを感じていた。

 

 人間を生命に特化させたとき、何処へ行きつくのか。

 

「科学的な処置や儀式、加護によってあなたは後天的に、人類の雑種強勢の限界へと辿り着かされるでしょう。まあ個人的には只管に健康ということに尽きるのでしょうが、他者と子を成すという段になって、最も力を発揮するでしょう」

 

 淡々と女淫魔が告げる。結論がただ健康というのは格好が悪かったが、病に覆われた久しい世界情勢を鑑みれば、その価値は計り知れない。

 

 況してや子孫までそうとあれば。

 

「一族の形成という点において、品質が保証され集団を数段引き上げるとなれば、完成した梢さんのクローンを量産するだけで人類という種は安泰となります。これは人に存在を依存するタイプの界異にとっても朗報なのです」

 

 人は数多の派閥を作り、そして消えて行く。

 

 気候変動と戦争により、既に二桁近い滅亡の危機に瀕した。困難を抱えていない時代など存在しない。

 

 優秀な人類の下が作れるとなれば、その価値は如何ばかりか。

 

「品種改良用の優れた動物は大事にされるものね」

「そんな馬とか牛じゃないんだから」

「正に。その扱いなのです」

 

 千春の目にやり場の無い怒りが灯る。手元に刃物が在れば間違いなく握っていただろう。

 

「あの女悪魔はこれからも、あなたを様々な神と引き合わせたり、今回のような儀式に参加させたりするでしょう。ですがあなたの受験の邪魔も、しないとは思います」

 

「どうして?」

 

「自分から所有物の格を下げたがる者はいません。壊したがる者はいても」

 

 そこまで言うと、ハカセはお茶をまた一口啜る。

 

 当事者とはいえ理解の及ばない出来事を、界異側から説明されたことで、千春は元より梢もまた事態を把握出来そうだった。

 

「そういうことなら、今回の事件は解決ってことで終わりにしましょう」

 

「本当にいいの梢ちゃん。このまま行くと梢ちゃんは」

 

「まあ良くて種馬コースだろうけど、明日のことは明日の私に任せるわ。今の所は」

 

 精に溺れ、雨に打たれ、社会に束の間の安息を齎した彼女に、祝福は無い。

 

 それでも梢は、自分たちの今には、まだ幾ばくかの時間が残されていることを知った。

 

 それだけで満足だった。

 

「千春、あんたはどうするの?」

「そんなこと言ったって、離れないからね」

「……ありがと」

 

 汚れて穢れた身に床からの寒気が広がって行くが、それでも彼女の胸中は温かかった。

 

 空に太陽が無くとも、今が夜ではないと分かるだけで、梢には十分だった。

 

<了>

 

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