タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿3   作:泉 とも

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・近頃の儀式

 東京都某競馬場にて。

 

「梢ちゃん凄いね、万馬券って私初めて見た」

 

 勝馬投票券が乱れ飛ぶ中、二人の女子高生が悠々と歩いている。

 

 競走馬を擬人化したソーシャルゲームが大ヒットし、法改正まで起こした結果、馬券購入の年齢制限が緩和された。

 

「私もよ。とりあえず今年の稼ぎはこれでいいわね」

 

 そのため二人は休日デートに、神奈川県から東京都へ遠征したのだった。

 

「これで口座に振り込めない金も使えるようになるわね。税金払うの癪だけど」

 

 今日まで数多くの税金を踏み倒して来た梢だが、収入の多くには制約が付きまとっていた。

 

 競馬を介することで元手を増やしつつ、出自を問えない金を洗浄することに成功したのだ。

 

「修学旅行の憂さも晴らせたことだし」

「うん、流石にアレは酷かったもんね……」

 

 二人は先日終えた、最後の修学旅行のことを思い出した。

 

 学校から安価な労働力として、民宿とは名ばかりの雑居ビルに押し込まれ、只管リンゴ農家の収穫を手伝わされた時間を。

 

「案の定出荷できないリンゴを食わされた時は呪い殺そうかと思ったわ」

 

「ご飯も冷たかったし」

 

 二泊三日の旅行だが、朝は早く夜も早い。

 

 現地の高齢者から叱責されながら、リンゴを収穫し、リンゴの入った箱を延々と運び、掃除をさせられ、終わればまた別の農家へ回される。

 

「神社は普通で怪異とか無かったし」

「社務所も閉じてたからお守りも買えなかったね」

 

 休憩と称したカリキュラムの詰め込み。シーズンオフの平日の神社で、本当にただお参りをしただけ。

 

 何のイベントも無い肉体労働の三日間が、過ぎただけだった。

 

「その点こっちはいいわ。自然も少ないし」

 

 二人で精一杯上げたテンションとモチベーションは、醤油顔の老人たちの手伝いに脆くも砕け散った。

 

 口を開けばお互いを嫌いになりそうだったので、帰ってから数日間は梢も千春も、今日のデートまで沈黙を保ったほどである。

 

「でも凄いね、よく当てたと思う」

 

「まさかギャンブル系の穢淫がいるとは思わなかったわ」

 

 先日自宅で勉強をしていた梢は、音楽の代わりにテレビを点けっぱなしにしていた、

 

 そんな折、前述のソーシャルゲームのCMが流れ、穢淫のハカセが興味を持った。

 

「色魔にも色んなのがいるんだね」

 

「欲望と堕落に素直な連中だから、探せば一通りの趣味嗜好は見つかるんじゃないかしら」

 

 ハカセが知り合いに競馬専門のギャンブル依存症を発症している友人がいると言い、頼みもしないのに紹介されたのが事の始まりだった。

 

 その穢淫もまた色気など全く無く、競馬のレースの話しかしなかった。

 

「才能って要は適正と行動力だから、その点で言えばこの手の怪異って達人みたいになってるのかも」

 

 ハカセの友人の穢淫は、見るからに社会不適合者という感じで、会話もほとんど成立しなかった。

 

 ただし、その日のレースの着順を全て言い当てて見せるという、正しく人間離れした異能を見せ付けた。

 

「おかげで良い小遣い稼ぎなったけど、確定申告する必要が出来たわ。私ら受験生なのに」

 

「勉強すること増えちゃったね」

「全くよ」

 

 ハカセ曰く、これくらいは朝飯前とのこと。梢は直ぐ様千春に連絡。

 

 今日のデートを取り付け、自分もまた人に言えない金を引き出した。

 

 その結果が大勝万馬券である。

 

「危うく税率10%超えるかと思ったわ」

「私このお金で積み立てしよっと」

「私もそうしようかしら」

 

 微塵も夢のないことを言いながら、二人は温まり過ぎた懐を冷ますべく、午後の東京観光へ繰り出す。

 

「この辺って界異のお店多いね」

「一応人間だから」

 

 神奈川へ戻る道すがら、二人は自称界異という“てい”のコンセプトカフェ=コンカフェを、幾つか発見した。

 

 穢淫を始めとした、人間を変異させる存在は、決して少なくない。

 

「界異の被害で外見や中身がおかしくなったけど、娑婆に戻れちゃった人たちは行き場が無いからね」

 

「大変なんだね」

 

 性転換などはまだ良い方で、見れば肌色が明らかにおかしい者や、飾りではない角や羽が生えている者もいる。

 

 日本の首都は神奈川県だが、混沌の具合で言えば東京は国内一位であった。

 

「元々人間なのに障害者扱いになったり、彼らを雇うと企業に補助金が出たり、真っ当な人間扱いされない辺り、世の中の本音が透けてるわ」

 

 こういう所から人間の裾野が切り崩されて行くのだが、梢はそれを啓発する気も無ければ、人類の明日に興味も無かった。

 

 有るのは目先の受験、そして千春と自分の明日だけ。

 

「しかし都心って物の値段が高いわね。神奈川に戻ってからご飯にしない」

 

「うーん、でも折角だから、東京デートで奮発しようよ」

 

「それもそうね」

 

 千春は如何にも怪しげな、建物と建物の間にある、古びたパスタ店へ入った。

 

 薄暗い店内に客はまばらで、繫盛はしてないが経営難でもない。

 

 そんな塩梅だった。

 

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」

 

「エビチリパスタとカルボナーラ、ミートソース。ドリンクバーとセットで」

 

 メニューを見て、二人は半分ずつ分けることを念頭にして、料理を注文する。

 

「畏まりました。オーダー入りまーす」

 

 店員はエプロンを身に着けた女性であり、アルバイトのようだったが、梢は違和感を覚えた。

 

「あの人、たぶん人間じゃないわ」

「そうなの」

「この街には長居をしないほうが身のためね」

 

 店内には落ち着いた音楽が流れ、窓には忙しなく行き交う人の波が、小魚の群れのように映り込む。

 

 調度品の数々も、年月を感じさせながら傷みは少なく、丁寧に扱われていることが窺がえた。

 

「いいお店だと思うんだけど」

「そうね。でもだからこそ危ないの」

「どうして? センスが良いから?」

 

 二人は窓際の席に決めると、梢がドリンクバーから飲み物を幾つか用意して、席に着く。

 

 他の客も微睡むように過ごしていたが、彼女の目には、人間はいないように見えた。

 

「そうよ。知能が高いだけでは、こういう場を設けることはできない。品性という才能と、調和を見出せる知性が必要なの。その二つを有る相手なら、事を構えるべきではないわ」

 

 千春はグラスの一つを傾けて、中身を飲み干す。

 

 まるで数十年は生きているかのような、同じ十八歳の梢を見つめる。

 

「やっぱり強いの?」

「それ以前に、誰も喜ばないわ」

 

 梢は祓魔師としての役目に、さして関心がない。あくまでも糧を得るための手段、仕事の一つに過ぎない。

 

「お待たせしました。ご注文の品をお持ちしました」

 

 配膳ロボによる配送が主流になりつつ昨今、女性店員らしき界異が、上機嫌で料理を並べて行く。

 

「ごゆっくりどうぞ!」

 

 帰って行く背中を見て、梢は自分たちの会話を聞かれていたのだと察した。

 

 思えば自分たち以外の客は喋っていないのだから、それもそのはず。

 

「じゃあ半分こずつ、しましょうか」

「そうだね」

 

 サラダバー用の取り皿を拝借し、それぞれ小分けして行く。色取り取りのパスタを分けて行く。

 

 エビチリの赤、カルボナーラの黄、ミートソースは鮮やかなキャラメル色をしている。

 

「うわあ美味しい~!うちの学食よりずっと美味しいよ~!」

 

「千春、他所様に失礼だから比べないのよ」

 

 苦笑しつつ梢もパスタの味に感心する。

 

 変わり種を持ちながら、基本的な料理も丁寧で一つ二つの工夫が感じられた。

 

 素朴さを崩さないよう、アレンジし過ぎないよう、原典を大切にしている。

 

 そんな味わいだった。

 

「でもこれなら夕飯の分も、持ち帰りを頼んでもいいかもね。神奈川に帰ったらもう来られないだろうし」

 

「そうだねえ、私たち神奈川県民だけど、都会派って感じじゃないもんね」

 

 神奈川県は日本一の都会であるが、二番手意識は最早文化の域に達している。

 

「あっ梢ちゃんこれ」

「何、あら珍しい」

 

 千春が指差した先には、古式ゆかしい交流ノートが置かれていた。

 

 地域によって名前は異なるが、概ね内容は同じ物である。

 

「コロナでこの手の文化は死滅したと思ったけど、復活したのか生き残ったのか」

 

「荒らされてない所を見ると、客層も良いみたい」

 

 変哲の無いノートを捲りながら、千春が呟く。ゆきずりの客たちが零した、一欠片の足跡が旅情を煽る。

 

 そんな中、一つだけ目立つ書き込みが有った。正確には、それは書き込みではなく、シールだった。

 

「何これ、スパム?」

 

『本場の怪異による占い!『Devil or Daemon?』今ならコードをチェックするだけ!』だって」

 

 交流ノートに不似合いな、如何わしい営業文とQRコード。

 

 誰の目にも詐欺の類であり、本当に怪異が相手でも喜ぶことではない。

 

「占いねえ。皆好きよねそれ」

「本職としてはどうなの梢ちゃん」

 

「悪魔なんて面倒な召喚を要するものだけど、これは自分から簡略化して用意してあるわ。触っちゃだめよ」

 

 梢は乾いた笑いと共に、QRコードを見つめた。

 

 恐ろしい事に世俗には、界異が偏在している。時には競馬場に、時には飲食店に、そして時には、詐欺サイトに。

 

「そうなの?」

 

「アプリの認証を、相手からの召喚や契約の認証として使ってんのよ。架空請求の仕組みを応用してるって前に研修で聞いたわ」

 

 とはいえこれが本当にそうかという確信は、梢には無かったし確かめる気も、通報する気も無かった。

 

 厄介事に自分から首を差し出せば、待っているのは若死の未来である。

 

「わざわざ東京くんだりまで来て、仕事する気は無いわ。ご飯も美味しくなくなるから止しましょう」

 

「それもそうだねえ」

 

 そうして二人はデザートを頼み、更には夕飯の分もテイクアウトをすると、東京観光を終えて帰宅した。

 

 多少の非日常を味わい、穏やかなデートを終えて、彼女たちは平和な休日を堪能した。

 

「デート代を競馬で稼げるってなると、怖いもの無しって感じね」

 

「これからの楽しみが増えたね、梢ちゃん!」

 

 何も問題は無かった。

 このときは、まだ。

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