二人が東京デートを満喫してから数日後。
人もまばらな高校三年の教室で、自習の黙々と受験勉強をしていた梢の元に、十八歳にもなって暇を持て余した級友たちが寄って来た。
「森塚さんさあ、占いって興味ある?」
挨拶も前置きも無しに、一人の女子が言う。今日までクラスの女子は全員友だちと思って生きて来た、ある意味奇跡的な存在だった。
「何?もしかして詐欺でも踏んだの?」
梢はかつて母親が占いサイトに廃課金して、祈られたりお札を貰ったりしていた級友を助けたことがあった。
その際は携帯電話を事故に装って破壊して、事無きを得たのだが。
「違う違う、これ見てこれ」
差し出されたスマホの画面には、とあるサイトが表示されていた。
タイトルには『Devil or Daemon?』と書かれていた。
「ゲームっぽいけど違うのこれ」
「これで色々占いが出来るの。生年月日で正座占いでしょ。名前で姓名判断でしょ。血液型占いとか、全部乗せも出来るの」
いきなり第三者に個人情報を全部明け渡していることをカミングアウトする級友に、梢は内心で引いた。
「それでね、このサイトのおまけで、ちょっとしたゲームがあるんだけど、それが難しくて」
ネイルアートで装飾された指先がスマホを操作すると、画面には着物姿の赤鬼と、執事姿の黒山羊が現れる。
どちらもデフォルメされており、マスコットのような頭身をしていた。
『ようこそお客様、あなたの運命を変え、望みを手にする『Devil or Daemon?』へ』
甲高い声で黒山羊が言う。
『投稿フォームに必要な事項を入力したら、ゲーム開始だぜ』
重く低い声で赤鬼が言う。
「これでこの投稿フォームにぃ、自分の欲しいものを入れたらぁ、送信っと」
役所のサイトで見かけるような、無味乾燥かつどこか不親切な、ネット上の記入用紙。
それに級友は金、異性、進学など、どんどん欲望を書き込み、最後に提出を押した。
そして。
『ええお客様、必要事項に不備がございます。もう一度ご確認の上、再提出をお願いします』
『ちゃんと注意事項をよく読めよ!』
投稿したはずの文書は、しかし受理されずに突き返されてしまう。
「なんかあ、これって欲しい物くれるみたいなんだけどぉ、エラー出ちゃうんだよねえ」
「ははあ」
梢は受理を拒否された文書を見た。問題のある個所は赤い文字で警告がされており、直ぐ分かるようになっていた。
「あんたこれ、代償が書いてないけど」
投稿フォームには『お客様の望み』の下に『お客様が差し出すもの』という項目があった。
贄を差し出せば望みを叶える。古典的な契約だった。
「だってえ、あたしタダで全部欲しいし」
「ええ……」
あまりにも正直な言葉に、心なしか画面内の黒山羊たちもウンザリしたような表情を見せる。
「ていうかさ、こういう怪しい話なんだし、タダじゃなかったらやる意味ないじゃん」
欲望に正直過ぎる級友の言葉に、梢は何故彼女がこれまで無事だったのか、分かるような気がした。
(話が通じないのね。だからこれを免れたと)
梢はこの学園の青少年が、怪異の犠牲にならない理由を垣間見た気がした。
人の話を聞かないし、理解も出来ない。人間に生まれたから鳴き声を模倣しているだけで、言葉が脳に定着していないのだ。
怪異の方が賢いと言い換えても良い。
「取り敢えず実験してみましょうか」
梢は投稿フォームの望みに、この学園の学食にある、90円の『うまい水』を買って来るようにと記入した。
その一方で代償に100円と記入する。差額10円にして使い走りの代金である。
「これで嘘か本当か分かるわ」
「なーる、あったまいー」
「動画撮っとこ」
馬鹿にも色々ある。
自分を賢いと思い込む馬鹿。するなとやめろが聞けない馬鹿。そして、道理を弁えない馬鹿などだ。
共通点は話が通じないことである。
「少なくとも100円未満の取引で、命までは取られないとは思うけど……お?」
言いながら梢は教室の出入り口を見る。
話している間にも、水のペットボトルが不自然に廊下を跳ねたり転がったりして、彼女たちの元へとやって来た。
「マジで来たわね」
「すげえー!
「ちょウケる。皆に教えよ」
怪異の拡散など下手すれば、後ろに手が回りかねないというのに、級友たちは怪現象に沸き立つばかりだ。
「あ、メールだ。え、ナニコレ」
先ほどまで『Devil or Daemon?』のサイトを開いていたスマホに、メッセージが入っていた。
しかしそれは友人からの便りとは程遠い内容だった。
『ご利用ありがとうございます。ご要望通りご指定の学園のうまい水をお届けいたしました。しかし代償が不足しております。代償を指定してください』
「ちょっヤバくないこれ」
元より明らかに胡散臭く、梢からすればやはり界異の類と確信が持てた。
危険の度合いが途端に跳ね上がる。
「恐らくこうやって受理したが最後、延々と代償をふっかけるんでしょうね。詐欺サイトなら警察に言って、スマホ交換するとかで言いんだけど」
界異となれば話は別だ。別ということはつまり、祓魔師の案件である。
自分が予備役であることは伏せている。過剰な助言は身を亡ぼす。
「えっじゃあコレどうしたらいいの」
「試しにもう百円で」
梢は自分の財布から百円を出そうとして気が付く。予め代償として、机の上に置いておいた百円が消えていることに。
(取る物もきっちり取るのね)
気を取り直してもう一度百円を置くと、それは音も無く消失した。
そして。
「またメッセージ」
「また足りないって」
「幾ら吹っ掛けてんのコレ」
「相場が分からないというのが罠よね」
特殊詐欺を模した現代の呪術。シンプルかつ面倒な内容。
都市伝説型の界異も相当に厄介だったが、こういう捻くれた形の界異もまた脅威である。
出動して戦える相手の方がまだ優しいとさえ言えた。
「あっ、百円が消えた」
「また足りないって」
「取り敢えず千円までは百円で様子を見ましょう」
「ごめんね森塚さん、後で返すから」
さりげなく全額自分が出すことになっており、梢は内心で舌打ちする。
しかし安全圏から実験が出来ることなど滅多にない。我慢して財布から小銭を出し続ける。
が。
「ダメだね」
「単純に商品の十倍の値段でダメ」
「お金じゃいけないのかな」
「だったら持って行くなって話よね」
依然として級友のスマホには、代償を求め続けるメッセージが送られて来る。
「思ったんだけどさ、これ無視したらどうなるの? 詐欺のメールみたいに」
「たぶん向こうから一方的に決めた内容で、取り立てに来るでしょうね。古典的な奴だとお前を生贄にするぞ、みたいな」
「うわあ、詰んでるじゃん」
命の危機が続いているにも関わらず、彼女たちの危機感は薄いままだった。
この現実感や当事者意識の薄さが如何にも現代学生である。
「これがホラー漫画だと体の一部が取られるのよね」
「どうせならエッチさせるとかで勘弁して欲しい。ホテル代は相手持ちで」
「昔からエロ目的で寄って来る怪物の話もそこそこあるけど……」
俯きかけた級友たちが、梢の言葉に顔を上げる。
「じゃあさあ、この際それで聞いて見れば」
「料金表載せちゃう?」
「あたしまだデビューしたくなかったんだけど……」
古来より底辺校と言えば希薄な風紀意識と緩い貞操観念である。
とはいえ良からぬ存在が若い女を狙うのも、今に始まったことでもない。
「まだ現役JKだしワンチャンあるって!」
「ミカ顔も良いしイケるかもよ」
「オバケにモテても嬉しくねえよ~!」
級友たちは梢を置き去りにし、勝手に盛り上がっては行動に移し始める。
投稿フォームには風俗店のような、性的なサービスの料金表と顔写真が添えられ、どれか選ぶようにと、逆にこちらから代償を選ばせるようになっている。
「うっし送信!」
「これでダメなら警察行こ」
「ついでに祓魔師にも相談しましょ」
引き金を引いたのは自分であるため、梢は彼女たちを咎めることはしなかった。
傍から見ると女子高生が集まって、じゃれ合っているようにしか見えないが、一人の女性が身の危険に晒されているのだ。
その責任を問われたくなかった。
「……返事来ないね」
「悩んでるのかしら。プレイ内容で」
「え~マジ~!?」
それから30分ほど待ったが、とうとう返事は来なかった。
事態の進展があったら皆に連絡することを決め、級友たちは解散することになった。
「ってことがあったのよ」
「へ~みんなヒマなんだねえ~」
その日の晩、梢は千春と夕飯の席でこの件について話した。
そして翌日、件の級友から自慢というか武勇伝の如く、界異と致したというメッセージが届き、急拡散されることになった。
梢は部屋の片隅で、静かに頭を痛めた。