メッセージには動画が添付されていた。
動画の内容は、先日の占いサイト付属のミニゲーム『Devil or Daemon?』にて、代償に難儀していた女生徒が、事の一部始終を撮影したものだった。
顔こそ隠していたが、知人が見れば分かる程度のお粗末なもので、昨日の一件をたどたどしく説明している。
『それでえ、なんかそのオバケの人があ、この片パイ30分揉み放題を選んで、これからウチに来るんだって』
動画内の級友は既に薄着で、準備万端と言った様子であった。
『それでえ、今日親いないから、来てもらうことにしました』
親もいない日に知らない怪物を家に連れ込むという暴挙に梢は目眩がした。
ノーガードどころではない。この娘の中では親の地位が恐ろしく低いのだ。
年頃の娘には珍しくない物差しだが。
『あっ来た』
チャイム音に出て行く級友の少女。高校三年生なので、少女というには苦しいが。
「マジだわ」
梢は思わず声を漏らした。
級友が部屋に戻って来ると、自撮り用に固定されているであろうスマホには、人型ながらはっきり人間ではない存在が、遠慮も無しに現れたではないか。
『えっとー、じゃあちょっと恥ずかしいけど、初めまして。サイトの人ですよね?』
『はい。『Devil or Daemon?』の鬼の方です』
その界異は何というか非常に『慣れた』様子で、利用者の少女と話し始めた。
撮影されていることも承知で、番宣めいてアプリについても話し出す。
(知能が高いだけじゃない。人間の世間に慣れてるわね)
梢はヤラセや企画モノのAVの導入部みたいなやり取りを見て、頑張って思考を真面目な方向に集中した。
『でもお、正直90円の水のお代がおっぱいって高過ぎない?』
『ごめんねえ。でも一応俺ってちょっとは偉いんだよ。だからパシリにすると高くなっちゃう訳』
『ええ~? じゃあ今度からもっと安い人雇ってよ~!』
級友の言い方に梢はハラハラした。
この動画がスナッフフィルムの類でないことは分っていたが、もっと他に言い方は無かったのだろうかと。
『そうだねえ。俺も学校の自販機で水買って来いって言われたときは舐めてんのか!って思ったよ~。あんまりしょうもない用事なら、もっと暇な奴のほうがお互いに良いだろうね』
場慣れした男優のように、鬼は淀みないのトークを繰り広げて行く。
そして。
『千円出しても許してくれないから焦ったよ~!』
出したのは梢である。
『これに懲りたらね、こんな変なサイト使ったらダメだよ。身の程を弁えないで、無茶なことを頼むと大変なんだから』
『大変って、やっぱりヤクザみたいなの来るの?』
『来る来る。おじさんより怖い怪物がいっぱい来てねえ、やっぱり売ったり殺したりするよ。そういう意味で、女の子のほうが好きってヤバい奴もいるから』
「ヤバ~」
どこまで本気なのだろう。少なくとも鬼のほうはお道化た様子ではあるが、言葉の内容に嘘は無いだろう。
あくまで今回は偶然助かったに過ぎない。
投げたローボールがたまたまセーフゾーンに入ったに過ぎないのだ。
『じゃあそろそろ、代償のお支払いをお願いしましょうかね』
『ええ~やっぱちょっと恥ずかしい~。シャツ脱いだ方がいい?』
「あモチロンモチロンモチロンモチロン!」
早口になりがっつく鬼。赤く厳めしい、本来なら恐ろしい顔が、だらしなく脂下がっている。
料金表には本番もあったはずだが、こういう中途半端なコースを選ぶ辺り、まだ話は通じそうだった。何の話だか。
「もっと可愛いの付けとけば良かったぁ」
「いいのいいのこれはこれで」
そして二人はスマホに背を向けると、実際に触っているか分かり難いように、もぞもぞと動き始めた。
「やん、片っぽ!片っぽずぅつう~!」
「おっへ、ごめんごめん」
そして三十分後。すっかり恵比寿顔になった鬼は、ホクホクとした様子で級友の家を出て行った。
ご丁寧に連絡先まで交換して。
「あたし何を見てたのかしら……」
梢は困惑した。動画のコメント欄もヤラセや、画像の加工を疑う声が大半だ。
評価も肝心のパイ揉み部分は隠されて、低評価が多い。
「一応は無事、で良いのよね」
しかし相手が本物の界異であることは、準本職の梢には理解出来た。恐らく同じように気付く者たちも出て来るだろう。
動画の内容を要約すると。
『Devil or Daemon?』の代償の支払い方法によっては、鬼を自宅に呼び付けることも可能。恐らく悪魔も来る可能性が有る。
代償が高いのは彼らの『格』が高いため。
これは最も重要な情報だった。
古来より高位の神や悪魔を召喚する際、捧げ物を求められることは珍しくない。恐らく最も高く付くのは生贄だろう。
(うちの学生と総理大臣どっちが使い走りにし易いかって話よ)
そして金銭的な相場は示されなかった。これを決めるのは向こう側の胸三寸と見て良いだろう。
仮にアプリの先に潜んでいる界異が、同じ者だとしても、いつも同じシャークトレードが待っているとは限らない。
もしも相手にバラつきがあるなら、求めに対して代償は予測が不可能である。
チキンレースが成立するかは、取立人のガチャ次第という訳だ。
(こんな物を真面な人間が利用する訳がない)
梢は溜息を吐いた。そう、真面な人間なら使う訳がないのだ。
真面な人間なら。
(絶対手を出して破滅する奴が出る。それも大量に)
人類史において、人間の理性ほど当てにならない物はない。
安全圏から野次を飛ばす野次馬やネット民でさえ、たったそれだけの存在に過ぎない。
理性や知能が彼らを安全圏に誘導するなどということは決して無いのだ。
(どうする……、職場に通報するか?)
彼女は悩んだ。社会人のアンテナは低い。況してや相手は行政組織。
しかも素人ではない。このアプリを誰よりも上手く悪用できるのは、もしかしたら祓魔師かも知れないのだ。
(どの道被害が拡散するなら、打つ手は早い方がいい。さっきみたいに呼び出された界異が、袋叩きに遭うのも構わない。ただ)
梢の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
(それで収拾がつくか?)
相手が人間社会の犯罪を模して活動するのなら、この問題は解決を見ない。
戦いとは基本的に終わりの無いものだが、一時の終息さえ考えられなかった。
構成員の補充、類似アプリの登場、今はとりあえずの対策さえ思い付かない。
「……様子見ね」
犠牲者は出るだろうが、この先の展開を予見して、梢は手を打つことにした。
そして懐から自身の携帯電話(千春から借りている物)を取り出すと、そのまま持ち主へと連絡する。
『もしもし梢ちゃん?』
「ああ千春、今大丈夫?」
『うん、どうかしたの?』
「詳しいことは追って話すけど、また少し面倒なことになってね。折り入って頼みたいことがあるの」
彼女は自分が現在信用できる人間の中で、最も頼れる相手を読んだ。
即ち千春である。
『もしかして昨夜話してた子のこと?』
「ええ、簡単に言うとイタさ自慢とか武勇伝をやってね、真似する奴が出るのよ。だから先手を打ちたいの」
『また梢ちゃんを頼られても困るもんね』
千春の言葉は正しい。その場合はまず間違いなく、より事態が悪化している。
個別に相談に乗るような時間は無く、また打つ手も分からないでは、どうしようもない。
「これが簡略化された儀式で、代償が生贄と置き換えられたら、これから加速度的に人が死ぬわよ。最初の内は秘密を独占する奴もいるだろうけど、愉快犯が知見をばら撒いたら世界中の人間が犠牲になる」
『それって幾ら何でも私たちの手に余るんじゃ……』
「ええ。でもこんな事態だから、他に誰も頼れないわ。千春。私にはもうあんたしかいないの。駄目なら心中して頂戴」
『梢ちゃん……』
親友の言葉に千春は胸を打たれた。これまでも危うい場面を切り抜けて来た。その度に二人の絆は強くなってきた。
気怠げな梢はいつも、有事の際には真面目だった。そして祓魔師でもない自分を頼っている。
自分が力になれるという事実が、千春の背を後押しする。
『分かった。できるだけのことはしてみるよ。それで?私は何をすればいいの』
千春の言葉を聞いて、梢は背中の裏側から、ヒリつくような不快感が消えるのを感じた。
守ろうと思っているのに、今では頼ることも増えた。
「ええ、あんた確かパソコンの操作って私より詳しかったわよね。それでお願いなんだけど」
これから必要になるであろうことを、再度考えてから、梢は続きを話す。
「攻略wikiを作って欲しいの」