場所は変わって桜之家。
「一応はこんなもんかな。中身は追々で」
「ありがとう、助かったわ」
千春はフリーのホームページ作成ソフトを用い『Devil or Daemon?』の攻略wikiを作成した。所要時間三時間。
一般的なゲームのまとめサイトを真似したデザインで、内容は同じアプリに対する知見の紹介と収集、要約であった。
「これで上手く行った例と失敗した例を集めましょう。管理運営は後で穢淫を寄こすわ」
「大丈夫なのそれ」
「この手の問題では誰も信用できないわ。だからこそ、イニシアチブを取るということは、誰が一番先に情報を握るか、握らせるかに掛かっているわ」
その上で梢は、悪用は誰だってするだろうが、濫用はしないであろう者、即ち穢淫たちに託したのだ。
これまでの交流を通して、彼女たちは一枚岩ではなく、それでいてほどほどの組織行動が可能という点に目を付けた。
これが祓魔師ならば、話は行政組織の上やら奥まで行って、ろくな帰り方をしないだろう。
「他が手を出し難い人たちに預けて、有耶無耶にしちゃうのが一番ってことだね」
「そういうこと」
千春は話しながらもwikiの内容を更新し続ける。既に級友たちにも連絡を入れ、初期の情報網の敷設に着手していた。
「でも梢ちゃん、言い難いんだけど、どうして私の名前出したの?」
「じゃないとあんたを代償に使うカスが出始めるからよ」
梢は冷たく、そして聞き取り難い声で言った。
その目に感情は無く、千春のパソコンをじっと見つめている。
「このアプリ紛いの儀式はね、代償が本人の所有物じゃなくても構わないのよ。学生ならなまじ名前だけ知ってる、親しくないクラスメートを使うことくらい訳ないわ」
wikiに集まった情報にも、代償に身内の物を指定したという事例が幾つか有った。。
また前日に梢が出した千円分も、級友に手渡した訳でも、財布に捻じ込んだ訳でもないのに、しっかり相手の物として徴収された。
アプリを通して相手の状況を把握しているとしか思えなかった。
「サイトがあんたの物だって知ってれば、少なくともあんたを指定する奴は減るでしょ」
「……ありがと、梢ちゃん」
梢はこの無差別の呪詛から、一早く身を守る術を考えていた。
不幸の手紙のように不特定多数に拡散し、誰もが誰でも犠牲に出来るという、この魔の手から。
「古典的な例だと、こういう儀式をするときは界異の名前を知っておくのが前提だけど、これはそれが抜け落ちてる。成功すれば他の誰かが、失敗すれば術者、この場合使用者が餌食になるわ。無制御にばら撒かれてるの。既に」
先日のテレビや占いで取り上げられ、既に使用者がいることは明白だった。
「この後はどうするの?」
「出来るかは分からないけど、あのアプリを使って干渉するしかないわね」
『Devil or Daemon?』の使用者の望みは物品に限らない。それは行動の嬌声や結果の誘引など、中には運命を変えるような願いさえあった。
「干渉って……運営に辞めるよう言うとか?」
「それが一番早いけど、現実的にはルールの制定と利用制限でしょうね。欲張るなら背後関係の洗い出しや、元締めへの請願とかもね」
梢は投稿フォームを通して願いを叶えるための、草案と順番を用意して来た。
鞄から取り出したそれらを広げて、千春に聞かせて行く。
「最終的には利用に際しての年齢制限と、代償は自分の所有物に限るという所に持って行く必要がある」
「言い換えればそれ以外の欲張った部分を、先に済ませて行く訳だね」
千春の問いに梢は頷く。自分たちが思い付く程度のことは、既に誰かがしているものだ。
もしかすると自分だけは例外だと、制定した者もいるかも知れない。
「この時代、自分に関係がないことは何の安全をも意味しないわ。むしろそう思い込むのは現実から目を背けることにしか使えない」
「官報やデータベースを当たれば弾は幾らでも手に入るしね」
邪魔な奴を消せて欲しい物も手に入る。人間からすれば神の奇跡にも等しい。これではどちらが鬼か悪魔か分からない。
「自動化されて私らの名前が勝手にノミネートされる前に、事態を終息させたいわ」
対応は初動が全てと言っても良かった。
「後は探り探りアプリを使って、アプリを終了させる手段を探すんだね」
「相手の土俵で戦うなんて自殺行為だけど、他に手が無いから」
話す間にもwikiの利用者カウンターがどんどん増えて行った。
焦点はやはり『何を支払えば何を入手できるか』ということに絞られる。
「当然と言えば当然だけど、成功した例ばっかりね」
「失敗した人はどうなったんだろう」
「どうにかなったんでしょ。それも知りたいんだけど」
代償を払い切って難を逃れた報告には、金品による事例は少なかった。
概ね最終的に、身内や誰かの持ち物を差し出して逃げ切るというもの。
「昨日の風俗っぽい料金表が人気になってる」
「これがテンプレになれば、代償の主流をエロ方面に誘導できるわ」
先日の級友が使用した料金表を用い、界異に身を差し出したケースが目立つ。
中には内容を盛っている話もあったが、それはそれで浮いているので、判別が可能だった。
曰く。
衣服、貴金属に対して一晩を共にする。女性同士で同じ流行の物を頼んだが、要求されたプレイ内容が異なる。
(たぶん好みか見た目の差ね、これは)
また男性の書き込みでは、童貞を卒業したいと書き、代償も自分の童貞と書いた結果、女性の界異が来たという者もいた。
その際に撮影を許可して貰ったそうで、アップロードされた画像には、女の体に山羊の頭をした悪魔が写っていた。
「またヤギ……」
「梢ちゃんってヤギと縁があるのかな」
「あんまり考えたくないわ」
他にも代償に疑問形で記入し、応答のあったやり取りも確認できた。
これで支払えますか?代償として十分ですか?と尋ねると、その可否が答えられる形で差し戻されていた。
「確認を挟むことが可能な点は大事だよ」
「キャンセルする余地があるってことか」
写真こそ上げられなかったが、女性のように自分の顔や体、時には自分の性器の画像も送り付ける男性利用者もいた。
普通なら通報案件だが、ここでも選り好みと思しき結果が出ていた。
「せめて退散の呪文や儀式の終了方法を引き出したいわ。それが有るだけでも、事態はだいぶマシに……あれ」
言い掛けた所で梢の携帯電話が鳴った。相手の名前は日向夏、コーポ森塚の住人で、別の学校に通う女子高生であり、梢と同じく売春業を営む一人だった。
「はいもしもし」
『あっあ!管理人さん!助けて!変な人が来てるの!』
切迫した声に場の空気が一変する。
「警察は」
『呼んだ!でも人間じゃないっぽいの!』
「人間じゃない?」
走っているのか、話す間にも夏の声には息切れの音が混ざる。
『ほらあの、赤鬼?みたいなの!いきなり代償がどうとかって、あすみさんが逃がしてくれて!』
梢は千春に目配せをすると、桜之家を飛び出した。ママチャリに跨り、勢い良くペダルを蹴り出す。
片手でハンドルを握り、もう片方の手で通話をしながら、千春のスマホへとメッセージを送る。
デジタル時代ならではの変則的な二刀流だった。
『管理人さん、確かお払いできたよね!助けて欲しいんだけど!』
「急いでそっちに行くわ。今何処にいるの?」
『駅前!』
「通話は切らないで、駅員の詰め所に匿って貰いなさい!」
『うん、分かった……』
梢は全速力で駅へと向かった。
祓魔師にしては術の適性が無く、有るのは呪いへの抵抗力と肉体の頑丈さ、そして幾らかの知識のみ。
一般人に毛が生えたと程度と言っても、差し支えが無かった。
「まったく、今度も知恵と勇気で何とかなればいいけど」
競輪もかくやという速度を出しながら、梢は夏が待つ駅へと急いだ。