「という訳なのよ」
「また思い切ったね梢ちゃん」
救助の済んだ夏を行政に預けると、梢は自宅同然の桜之家に帰還した。
彼女の無事を祈って待っていた千春に、これまでの事情を説明すると、些か白い目を向けられてしまう。
「いやだって、神様の何かとか、絶対人間の命よりも価値あるでしょ」
「それはそうだけど。梢ちゃんいっぱい出すし」
日頃の情事を思い出して千春は頬を赤らめる。後始末が大変なので、致す場合は最近めっきり梢の家でするようになっていた。
「それはまあごめんだけど」
「そこは良いのべつに。私もそっちのが好きだし」
ねっとりとした視線が梢の下半身に注がれる。TPOを弁える理性が無ければ、千春は梢を押し倒している所だった。
梢の性欲が週三程度だとすれば、千春の性欲は週六(梢限定)である。
「問題は代償の取り立てが、梢ちゃんの所に来ちゃうことだよ」
「まあね、でもこれはチャンスでもあるわ。ほら、この前の動画、アレよ」
言われて千春は級友が、自宅に赤鬼を招いた配信を思い出した。
軽度に猥褻なトークとボディタッチでお送りされた一本を。
「もしも話の通じる相手なら、この件について色々と聞き出せるかも知れない」
「うーん、千載一遇というか、貴重な突破口だとは思うけど……」
千春は言葉を濁した。視線は再び梢の下半身へ向けられる。
彼女が支払う予定の代償と、これから果たされるであろう行為を。
「これから来る人とするんだよね?」
「いや、一応場所は変えるよ」
「相手は誰になるんだろう」
これまでに確認出来たパターンは全部で三つ。どれが来ても気分は良くないし身の危険がある。
「赤鬼か、山羊頭の女悪魔か、それとも夏の時みたいな何かか」
赤い人影は、代償を取り立てに来る使いだろうと、梢は考えた。式神や使い魔の類は別段珍しくない。
ただそれが来た場合、情報収集は失敗である。
「相手や方法をこっちで選べると助かるんだけど」
「私は梢ちゃんが他の人とするの、正直嫌だな」
「そうね、私も仕事でやってるけど、あんまりね」
梢は両親が蒸発しており、生計を立てるために年齢を偽って体を売っている。
そのことは千春も理解しているが、他人に汚される梢を見ていると、怨念と情念に意識が塗り潰されそうになるのだ。
梢は社会人になればこの関係が終わると思っているが、千春は早く彼女をヒモの立場に置きたくて仕方がなかった。
「あら、誰か来たわよ」
話も終わり際に差し掛かったとき、玄関のチャイムが鳴る。
時刻は既に夕方で、閑静な住宅街は静まり返っている。
「おかしいな。うちにお客さんなんて」
千春は壁に掛かっている、カメラ付きのドアホンを確認した。外の映像が防犯カメラを通して見られるようになっている。
「梢ちゃん、梢ちゃん!」
「どうしたの……!」
「これ!」
ドアホンの映像には、二人組の姿があった。
一つは法被姿の赤鬼。もう一つはスーツ姿の女悪魔。
「どうしよう、通報する?」
「いえ、下手に足掻いて心証を損ねても良くないわ。腹を括りましょう」
家主である千春は表情にありったけの不満を浮かべたが、言葉を飲み込んで頷く。
そして梢はドアホンのボタンを押し、応対することにした。
「もしもし」
「ああもしもし?こちら森塚さんですよね?アプリの代償の取り立てに伺いました」
「分かりました。今行きます」
震えそうな声を通し、千春に一度だけ頷くと、梢は玄関に向かい、ドアを開けた。
「ああどうもどうも、お姉さんが今回の人」
「はい、夏の件はありがとうございました」
「ご理解とご協力頂けるようで何よりです」
「ええ、どうぞ上がってください」
二人の界異を一階の応接室へと案内すると、千春が来客用のお茶と菓子を用意していた。
これには三人共驚きを隠せなかった。
「千春、あんたは来なくて良いのよ」
「ここ私のうちだよ。ああ、私は付き添いですので、お構いなく」
「こりゃ最近のもてなしで一番だなおい」
「ええ、中々度胸がありますね」
赤と黒の界異は上機嫌でもてなしを受けた。非現実的な光景だったが、両者共に強い存在感を放っている。
「それでかなまら様の逸物というのは」
「あの、ここでお見せするのはちょっと」
「ああすいません、不躾でしたね」
「俺は別に見なくても構わんぜ」
「でしたらそちらの」
「サマナです。一度部屋を出ましょう」
黒い訪問者は来て早々に梢をトイレに連れ込んだ。まるでこの家の間取りを知っているかのように、自然に。
「さあ、見せなさい」
「はい……」
個室に二人きりになるや、サマナと名乗った女悪魔が高圧的な声音で命じると、梢は穿いていたジーンズとパンツを下した。
そこには男性の物などは見当たらない。
「ふう……はあ……」
梢は精神を胎に集中すると、淡い光が一点に灯り、見る間に黒光りする棹へと変化する。
「はあ~~~~」
羞恥と肉の変化する感触。静かな法悦に梢は身震いを起こす。
「おお正しく、正しく神仏の賜物!」
サマナはごくりと生唾を飲んだ。俄かに息が荒くなり、熱くなる。
「これってその、価値があるんですかね」
「凡百の人命など取るに足らないですよ」
「そ、そうなんですか、あっ」
「今から楽しみですよ。貴方から搾り取るのが」
サマナはそう言うと、お預けとばかりに彼女の脱いだ物を穿かせた。
二人は個室から出て応接室へと戻る。
「よう、どうだった?」
「本物です。とんだ掘り出し物ですよ」
「ばっかおめえこれから掘るんだろ? それとも掘らせるのか?」
「両方ですね」
(両方なんだ)
これから自分の身に起こることを宣告されて、若い祓魔師予備軍は内心で溜息を吐いた。
「あの、どうして二人で来たんですか?これまでは一人だったのに」
「俺は付き添いっつーか用心棒さ。早いもんで代償の踏み倒しを図る奴が出て来たんでな」
鬼は笑いながら利用者の不実を語る。千春も梢もそうだろうな、という気持ちで続きを聞く。
「物騒じゃない願いで、ちゃんと代償を支払う気のありそうな奴のとこには、俺たちが直々に出向くことにしたのよ。他はまあ使いっ走りの下っ端だな」
鬼の言葉に嘘は無さそうだった。秘密を隠しているというような様子ではない。
というか愚痴に近い。
「お二人があのアプリを作ったんですか?」
「アレは私が作ったのです。現在あなた方の言う私たち、界異の一部では人間社会用の儀式を、新たに作ろうという試みが流行っていまして」
「お前らも好きだろ?ポケモンとかメガテンとかFGOとか。こっちが主役のマシンだと思いねえ」
鬼の発言に梢たちは眉を寄せた。だいぶ遊び好きという雰囲気はしていたが、テレビゲームの類までしているとは思わなかった。
しかしそこに着眼点を置かれたのは、不味いの一言だった。
「プログラミング、面白いですよね」
「勉強熱心な奴は怖いぜほんと」
「鬼さんはこの人とどういう関係なんです?」
千春は梢を差し置いて、ズケズケと物を聞いた。本人たちに喋る気があると踏んで、行ける所まで行こうという考えだった。
「夫婦」
『ふうふ』
「古風な言い方をすると、夫婦」
『めおと』
思わず二人はオウム返しをした。洋の東西は分かれているように見えるが、界異の中でも国際婚はあるのだろうか。
そもそも人と神の異種婚が古来よりあるのだから、それくらいは普通にありそうだと彼女たちは思った。
「お互い人の世を渡り歩くのが好きでねぇ、気が付きゃ一緒になってたって訳よ」
「とはいえ暮らして行くためには、色々と試行錯誤の毎日でしてね」
人の世で生きて行くために、人を食い物にする。人間社会ではごく当たり前の風景である。
「今の所これほど完成度の高い、科学と魔術を融合させた儀式装置は、他にありません」
サマナが自慢げに言う。類似品は無い。今はまだ。
咽喉から手が出るほどに求めていた情報が、いきなり転がり出た。
「あの、それなんですけどね、そのアプリ」
梢は意を決して、本題をぶち込むことにした。
「お二人なら、サービスを終了させることも、可能ですよね」