タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿3   作:泉 とも

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・サ終への道

「お二人なら、サービスを終了させることも、可能ですよね」

 

 梢の言葉に室内は静まり返った。何もかもが振り出しに戻ったかのようであり、その実この話題こそが最重要課題であった。

 

 つまり『Devil or Daemon?』を、どうすれば終わらせることが出来るのか?

 

「へっへっへ、まさかこんなに早く勘付いて、動き出す奴が出るとはな」

 

「ええ、しかも悪い話ではありません」

 

 誰の目を見ることも無く、鬼と悪魔が笑う。

 

 そこに確かにいるはずなのに、存在感が消失する。千春は自分たちの居る場所が、何処か遠くへ切り離されたように感じられた。

 

「千春、こっち来なさい」

「えっあっ」

 

 返事をする前に、梢は隣にいた少女を抱き寄せた。体温と血潮の響きが現実を引き戻す。

 

 剣呑な眼差しが界異を睨むが、その目に何も映っていないことに気付いて、千春は息を飲む。

 

「落ち着けよ。別に事を構えようって気は無くなったんだ。たった今」

 

「ええ、特別サービスで説明はこの人にして貰います」

 

「え、鬼さんに説明するのが?」

 

 女悪魔はそう言うと返事もせずに黙り込む。訝しむ千春に対し、赤鬼が言葉を引き継ぐ。

 

「ああ、そいつはこういう状況で嘘を吐くからよ。俺が言う分には話が拗れずに済む」

 

「あなたは嘘を吐かないと?」

 

「ああ、そういう性質なんだよ。俺は嘘を吐かないが、約束は守らない。結果的に嘘にはなるが、約束した時点、話している現時点では、嘘は吐かないしそのつもりもない」

 

 自分の言動は今、この瞬間に限れば本気だが、後になって翻す。

 

 信用のならなさが確定していること、赤鬼は得意げに言う。

 

「そんでこいつは約束、契約については絶対に守るが、ペラ回しは秒間八百発で嘘が出る」

 

「ああ、なるほど。そういうことね」

 

 一方で女悪魔、サマナについての説明は、また別種の不信感を齎した。

 

 人を騙した結果、不利益を契約内容に落とし込み、それを守る。

 

 守るというが実態は騙された相手に、契約内容を守らせるという不平等さが見え隠れしている。

 

「私たちが生意気な態度で喚いてたら、その人が舌先三寸で煙に巻く予定だったと」

 

「そういうことだ。で、話の本題に入りたいが、良いかい?」

 

「どうぞ」

 

 梢の返事に赤鬼は出されたお茶を一服する。熊のような大きな手には、人間用の湯飲みは余りにも小さい。

 

「このアプリには確かに止める方法が有る。当然このアプリに依頼して、代償を払うことでな。だがそのためには特別な頼み方をしないとダメだ」

 

「特別な頼み方……」

「二人の名前を知っていることとか?」

「惜しい。それだけじゃ足りないのよ、お嬢ちゃん」

 

 赤鬼は指を軽く振る。この状況を楽しんでいるのか、或いは脅威が存在しないのか、余裕で満ち溢れている。

 

「依頼内容は『俺にアプリの停止を願う』こと、そして『依頼の文章の中にサマナを出して頼む』こと。だが俺とサマナを一緒にして、同じ内容を頼んでも無意味だ」

 

「二人まとめてアプリを止めてくださいって言っても無意味ってことね」

 

「ご明察。ついでに代償はばっちり取られるぜ。無駄撃ちだな」

 

 赤鬼が意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 恐らくこの界異二人を敵に回せば、延々と嘘を並べ立てられた上に、これらの条件に辿り着くことは不可能だろう。

 

 梢と千春は脳内で依頼分の草案を練りつつあったが、同時にあることに思い至る。

 

「これ、例えばあんたたちの名前を教えてって言っても、本当の名前は返って来ないのね」

 

 アプリの代償を取り立てる界異が複数存在するように、願いを叶える者も決まっていないのなら。

 

 鬼が約束を守らない場合、そもそも願いは叶わない。

 

 悪魔が依頼を受ける場合、契約外のことは守らない。

 

 アプリの投稿フォームの、何処から何処までが契約に含まれたことなのか、梢たちは今になってその見落としに気付いた。

 

「そうさ。俺たちの名前を聞くためには、最低でも一度はアプリを利用して、代償の支払いに俺たちを呼び、こうして聞き出さなきゃならない。まあこれも手順の一つだな」

 

「随分と手が込んでるわね」

「うちの学校の先生より賢い」

 

「ふふふ、実はもう一つ秘密がありまして」

「何を隠そう俺には名前が無い」

 

『ずるい!』

 

 赤鬼の言葉に思わず二人が声を上げる。界異の名を知る必要が有るのに、肝心のもう一人には名前が無いという罠が待っていた。

 

 これではアプリの停止など事実上不可能かに思われた。

 

「へっへっへ、とまあ普通ならここで話はお終いってな具合なんだがよ。勿論ちゃんと答えは用意してある。サイトを隅々まで見て見な」

 

 そう言って赤鬼は法被の懐からスマホを取り出した。新品で梢たちの使っている物よりも高級である。

 

「ここ、ここをよく見ろ」

「どれどれ」

「権利者『DD設置委員会』って書いてある」

「そういうことよ」

 

 個人に名前はなくとも、管理者の名前は登録されてある。これが名前の代わりということなのだろう。

 

 印籠のように突き出されたスマホを食い入るように見ながら、梢たちはその名前をメモした。

 

「これ、普通に調べたらたぶん分からないわよね」

 

「先入観や嘘が混ざってここまで辿り着けないと思うよ」

 

 二重三重の謀りを越えた先に、やっと安全装置に手が届く。しかしそれさえこの怪物たちの気分次第なのだ。

 

「これで名前は分かった。文章は追々考えるとして、残すは」

 

「代償ですね」

 

 女悪魔のサマナが呟く。その視線はしっかりと梢に向けられ、狩猟者の如き鋭さを放っている。

 

「豊穣伸の神徳の宿った巫女。精液だけでも非常に価値がありますが、流石にアプリの停止となれば、それ以上でないと……」

 

 濁った黒山羊の目が怪しく輝く。

 

 気取った服装の内側から、抑え込めないほどの獣臭が、空気を汚し始める。

 

「ええ、でもそのために一つ聞きたいことが有るわ」

 

「何ですか?」

 

「私の贄としての価値を高めるには、どうすれば良いの?」

 

 梢の言葉にサマナは反射的に赤鬼を見た。鬼は慌てて首を横に振る。

 

 まるで自分たちの予定や望みを、言い当てられたかのような慌てぶりだった。

 

「例え私の身一つ捧げても、不足であれば意味が無い。なら私一人で足りるように、私の価値を引き上げる必要があるわ」

 

 自分の商品価値を引き上がれば、自ずと交換レートに納まるはず。

 

 この年若い祓魔師は、自分の体に手を加えることと引き換えに、相場を手元に引き寄せる覚悟であった。

 

「この際逃げも隠れもしない。先にあんたたちのお望み通りの体になってから、納品させて貰うわ」

 

「梢ちゃん、ダメだよそんなの!受験だってあるのに!」

 

 親友の言葉に千春が声を荒げる。制止の内容もどこかおかしかったが、二人にとっては思い現実だった。

 

「俺も長いこと生きてるが、自分から包丁に向かって来る鯉ってのは見たことねえ」

 

「くふ、くふ、ふっふっふっふっふ!いいでしょう、いいですとも、実に素晴らしい!」

 

 感心する風の赤鬼に対し、女悪魔は甲高い声を上げる。

 

 手袋をした両手で満足げに拍手をし、改めて粘質な目線で梢をしゃぶり尽くす。

 

「ああ、やはりあなたの運の良さは捨てたものではありませんね。こんなに早く当たりが出たのは残念ですが、内容は最高です!」

 

 赤鬼は照れ臭そうに後頭部をかく。運の良し悪しというものは何も現世の者に限ったことではないらしい。

 

「梢ちゃん、考え直して!」

 

「千春、夏のことを想い出して頂戴。このアプリ、儀式を放置したら冗談じゃなく世界が滅びるわよ」

 

 不特定多数の人間が、己の欲望のために見ず知らずの他人の名前を差し出す。

 

 容易に犠牲者が増え、収拾が付かなくなり、人類が名前を失うことは明白だった。

 

「私たちも安全ではいられない」

「だけど」

「時間が無いの。ごめんなさいね」

「梢ちゃん……」

 

 千春は自分の手を握る、梢の手が冷たくなっていることに気付いた。

 

 気丈に振る舞っているが、平気な訳が無かったのだ。

 

「ご安心を。あなたのその態度に免じて、書類はこちらで用意しましょう。所謂『模範解答』をね。そしてこのアプリを止めるに値するだけの価値を、あなたに与えましょう。そちらのお嬢さんにも協力して頂きますが、大丈夫、命は採らないし連れ去りもしません」

 

 梢たちは赤鬼を見ると、彼は『嘘は言ってない』と一言だけ呟いた。

 

「嗚呼、愛しい恋人のために我が身を擲つ。人類もまだまだ捨てたものじゃありませんね。それを汚し尽くす喜び、ふっふふ、うふふふふふふふ!」

 

「まあ何だ、お嬢ちゃんにその気が有れば、こいつは直ぐにでも止められるさ。逃げてもいいけどよ」

 

「大丈夫、平気よ」

「そうかい。じゃあ、追ってまた連絡するぜ」

 

 そう言って連絡先を交換すると、二人組の界異は桜之家を去って行った。

 

「梢ちゃん……本当にいいの?」

 

「千春、もしも、もしもあたしが人間辞めたら、一緒に堕ちるとこまで堕ちてくれる?」

 

「そんなの、当たり前でしょ、バカ……」

 

 時刻は既に夜。長い一日を終えて、二人を包み込むのは冷たい静寂だけだった。

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