タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿3   作:泉 とも

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・夜宴

「元々このアプリを止めようとする者の中から、私たちにとって有益な何かを得ることが目的だったのです。こうも簡単に事が運ぶとは思いませんでしたが」

 

 静寂に満ちた体育館で女悪魔が呟く。真っ暗な闇の中で、山羊の目だけが光り輝いている。

 

「有益な何かってのはつまり、知識やコネってことですか」

 

 梢は一糸纏わぬ姿で、体育館の中央に正座していた。

 

 先日の一夜から開けて、この女悪魔ことサマナから呼び出しを受けたのだ。

 

 曰く、代償を用意する支度が出来たと。

 

「そう。交渉をするなり、弱みを握って脅すなりして、ね」

 

 ここは慈愛学園体育館。夜間の警備員はおろか、防犯カメラさえない。不良学生や犯罪者が入り込んで悪さをやりたい放題できる穴場。

 

 もっとも、この馬鹿校に目を向ける者はほとんどおらず、夜間の治安は驚くほど良い。

 

「私、どうなるんですか」

 

「簡単に言うと、最終的には人間を辞めて貰うわ。とは言っても安心して頂戴。今の世の中は界異によって、純粋な人間とは呼べなくなった人が大勢います。人間扱いのままで」

 

 既に人間ではないが人間であることを、社会的・法的に剥奪する制度は存在しない。今の所は。

 

「あなたも外見は極力人間のままに留めるから大丈夫。見るからに化物ってことにはならない。なってもせいぜい腕が増えたり下半身が蛇になったりするくらいだけど、この国じゃ大した問題じゃないですね」

 

 特殊性癖などというものは、フィクションの中に限られる。

 

 かに思われた。しかし世界は広く現実は残酷である。意外とイケるという人種は意外と多いのだ。

 

「そのために私に何をするんですか」

 

「一言で言えば儀式と人体改造です。勿論、あなたにとって悪い話ではありません。サバトはご存知ですか?」

 

「乱交なら仕事で何度かしたことが」

 

「おお、この時代でもまだその文化が生き残っていたとは。流石はかなまら様の巫女」

 

 梢は自身の売春のことは伏せた。

 進んで恥を晒す必要は無い。

 

「決して粗末な扱いはしませんよ」

 

「それは嬉しいですけど、具体的にはこの後何を」

 

 冬も近付く夜に、裸で過ごすのは幾ら何でも寒い。しかしサマナは梢を呼び出すなり、服を剥ぎ取り、体育館の中央に座らせた。

 

 梢は逆らえなかったし逆らう気も無かった。

 

 赤鬼やサマナから身の危険を感じることは有れど、危害を加えるような敵意や悪意は感じられなかったからだ。

 

(たぶん戦ってもどうにもならないのよね)

 

 夏に戦った邪悪な山の神ほどではないが、弱らせる方法はない。数でも負け知能も高い。

 

 単純に自分より強い。彼女は事態をここに着地させられたことを、上出来と考えていた。

 

「そうですね、まずはあなたの体に刺青をします。儀式の効果を高め、あなたをより強くするための図を掘ります。あなたの体に」

 

「刺青……」

 

「術後はちゃんと見えなくなりますよ。私に所有物を傷物にする趣味はありません」

 

 所有物という単語に梢の気持ちが沈む。世の中の平和と引き換えに自分を差し出したことが、今更のように重く圧し掛かって来る。

 

「最近は淫紋と呼ばれる機能に特化した、簡便さに長けた物が開発されましたが、私が施すのはれっきとした絵です」

 

 サマナが指を鳴らすと、暗闇の中に煌々と輝く鬼火が複数出現する。

 

 鬼火は群れ集うと空中で一枚の図画へと変わった。

 

 一つは蓮の花を思わせる清浄な図柄。

 そしてもう一つは力強い太陽の図柄。

 

「言わば生殖と健康に特化した曼荼羅図、体の前面・背中・手足と顔、全てが終われば、あなたはこの世の全ての生物、全ての雄雌と番になることも可能になり、性的な経験を力に変えられるようになります」

 

(エロゲーの主人公みたいな能力ね)

 

 梢は思ったが口にしない。口数を増やせばこの時間が長引くだけだ。

 

「加えて病気にも無縁になります。無論性病にも。これが無いとサバト後の生存率はぐっと下がります」

 

「あの、それまでの参加者の方々は」

 

「サバト後に得た力でそれらを乗り越え、そうでない者は死にました」

 

 あまりにも脳筋が過ぎる。この怪しげな儀式でパワーアップしたら、向上した新陳代謝により力尽くで病を克服する。

 

 明快な答えだがとても褒められたものではない。

 

「今回は特別にサバトの効果そのものを強化する下準備もします。これほどの大盤振る舞いをするのは本当に久しぶりです」

 

 女悪魔が嬉しそうに呟くと、先ほどの鬼火が白墨へ変じ、体育館に一角に小さな魔法陣のようなものが描かれる。

 

 その上に音も無く祠が鎮座される。

 

「祠……何が祀られているの」

 

「あの円によりかなまら様の同族、要は子宝の神々との交流が可能になり、刺青と呼応してあなたに様々な恩恵を齎します。祠は生贄を節約するための物ですね」

 

 遠回しに祠を壊すと生贄が必要になることをサマナは告げる。

 

「あなたの家、別荘、この学び舎、既に三ヶ所に円を描き、祠を置きました。初期段階としては十分でしょう」

 

 まるで拠点の拡充か誓約のようだと梢は思った。

 思ったがそこを掘り下げる気は無かった。

 

「ていうかえ?いつ私の別荘に」

 

「あなたの苦痛を軽減するためと言ったら、あなたの恋人は快く教えてくれました」

 

 この時初めて梢は自分の迂闊さを呪った。相手は何者にも縛られてはいないのだ。

 

 自分の意思でどうとでも行動できる。

 

「後はこの薬を飲みながら実行に移すだけ」

「如何にも怪しいけど何ですかこれ」

 

 サマナが懐から取り出したのは、白い錠剤の入った瓶だった。薄っすらと光を放っており、蓋を外すと凄まじい精臭が吹き出す。

 

「これは他の生物たちの精と髄から取り出して凝縮した遺伝子。あなたはこれを飲んで、彼らの生物としての長所を少しずつ取り込んで行くの。うふ、ふふふっふふ」

 

 女悪魔の山羊の目が、欲望に濁る。

 

「男であり女であり、人間であり界異である。一つの存在を生命力に特化して磨き上げた場合、どこへ行き着くのか、私はそれが見たい!」

 

「だから私の代償を、未だに取り立てないのね」

「ええ、どうせならこの夜が終わった後にした方が、得ですからね」

 

 経験値を奪うならより高レベルの時を狙うべきである。

 

「先に断っておきますが、あなたの場合男性器も女性器もありますから、男性用と女性用で、サバトを二周行う必要があります」

 

「二周」

 

 さらっと言われた内容に、梢は気持ちが付いて行かない。

 これから自分がされ、そしてすることに。

 

「最後に、アプリを止めるための文章ですが、こちらになります」

 

 サマナは梢から取り上げた携帯電話を彼女に見せる。画面には『Devil or Daemon?』の投稿フォームが映っている。

 

『願い 権利者:DD設置委員会は『Devil or Daemon?』サービスを終了し、また同サービスを委託・再開しないこと。サマナ氏はDD設置委員会の雇用主としてこれを監督し、願いを叶えさせること。代償 森塚 梢』

 

 一見すると簡潔な文章だったが、梢は先日の赤鬼との会話を思い出した。

 

 アプリ停止のためには、アプリに対しての赤鬼の名前に願い、加えてサマナに頼む必要がある。なお赤鬼は約束を守らない。

 

 この点を踏まえると、赤鬼に命じつつ約束を守らせる条文を織り込み、間接的にサマナも引っ張り出さないといけない。

 

「旦那に約束を守らせろってカミさんに泣きつくのね。あんな強面で尻に敷かれてるって意外」

 

 片や嘘は吐かないが約束にはいい加減。片や嘘は吐くが契約は守る。

 

 並べればあたかも同列のように見えるがその実、前者は比べようもなく悪質である。

 

 一言で表せば『話が通じない』のだから。

 

「分かって見れば答えは簡単でしょう?これが最後の機会ですよ。この投稿をすればあなたは引き返せなくなります」

 

 再三の中止勧告。この悪魔はこれまで、梢に何度も忠告をして来た。

 

 自分を犠牲にしなかった場合を想定することも、引き合いにすることも無かった。

 

 見え透いた優しさだった。それも全て、眼前の獲物の性格を見通していればこそ。

 

「くどいわ。ここで断ればアプリの被害は拡大する。あんたたちも手を広げる。そしてあんたも、そんな私であること分かった上で、話を持ち掛けている」

 

 梢は携帯電話を受け取ると、フォームの願いを送信して、悪魔に返した。

 

「さあ、一思いにやって頂戴」

 

「ああ、理性を保ちながら自己犠牲を選ぶ。あなたのような獲物は初めてです。優しくしますよ。そして大事にします。末永く」

 

 サマナが小さく鼻を鳴らした。恍惚とした響きの中に、自負のようなものが含まれていた。

 

 その手が梢の肌をなぞる。

 

   メエエエッ!  めエエー   メエエェーー! メエエッ!

      メエエッ!  メエエエッ めええ メェーーッ!

   めえええ  メェェーッ!  メ――ェ!  メえぇえ  メエエー

 

 直後に、体育館に無数の山羊の鳴き声が木霊し、姿が見えないまま、無数の誰かが現れる。

 

「さあ、今宵は長くなりますよ」

「ヤッてやろうじゃないの」

 

 誰にも叫びの届かない夜に、無数の獣たちが、一人の女に群がった。

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