とラぶラックキャット 作:那覇ダイア
#15.婚約する宇宙猫
何話かぶりの紳士道。
ゴッサムステーションのとある一角。
昼間だろうが夜間だろうが人が賑わう(とはいっても天候的に日夜の区別はないのだが)街角にある酒場。
カウンターだけでなく座席数もそこそこ。昼間はレストランも兼ねる施設であるが、客足の大半は
そんな中で、ひらひらと袖を揺らす少女が一人。
桃色の花があしらわれた白いワンピースのような衣装。
黄色い帯。愛らしい顔に、
ショートカットに、首元にはビー玉のようなネックレスを揺らす。
黒髪に碧眼。楽し気に鼻歌を歌う様子からは、機嫌の良さと同時にどこか
浴衣、というのはデビルークを始めとする統一連邦において一般的ではない。
そのため少女は、昼間から酒飲みがグダを巻くこの場において目立っていると言えた。
「
バーというほど小洒落ている訳ではない店内。
汚れが目立つ床と、どこか
カウンターでグラスを磨いているマスターは、明らかにガタイが良く荒事に手馴れている。
そんな場であるからか、少女に注目している酔っ払いたちも手出しはしない。
少なからず
さてそんな店内。奥行きは広いが、そのうちの半分ほどのスペースが
多数のホログラフィックディスプレイ投影装置。
それらをちらりと一瞥した少女。
指を畳んだり延ばしたりを繰り返しながら、何かを数えている。
「
「よーっす、サヤ~。まーた変な格好してるわね」
と、少女に声を変えるウェイトレス。
茶髪におでこが出た、サヤと人種の系統が異なる女性。
とはいえ少女よりは年上らしく見えるのは身長の差の問題か。
そのサバサバした女性に対して、サヤは気安く手を挙げて応じた。
「あっ、ターニャ! 変な恰好って何よ可愛いでしょ!」
「見た目可愛いから何着ても可愛いってのは、中々罪深い話よねぇ」
「何? その感想。……あれ、ターニャもこっちに引っ越してきたの?」
「まあね~。シンヨークもゴッサムも母体になってる星系一緒だから、引っ越し手続き楽だし。というか、何か急にこっちに人手足りないからってさ~」
ご愁傷様~と笑う少女サヤに、ターニャと呼ばれたウェイトレスは肩を落とした。
「あっでもこっちで仕事増えたってどういうこと? ……えっと、あっちのステーションの事件とか関係してたり?」
「いや全然? どっちかというと、あー、何だっけ? 凶悪犯がこっちのステーションに逃げ込んで来たんじゃないかって話で、少し人増えてるのよ。だからヘルプ頼まれたって言うか」
「本当それだけ?」
「いやー、あはは……、私も色々あってね~。聞きたい?」
「別に? だってターニャ、そういう顔してる時の話って長いし」
「ハクジョーな友達だなあ。……で、まあ、五人くらい凶悪犯が脱獄したって話だから」
「脱獄っスか? このデビルークの支配下で?」
「そうそう。やっぱヤバイよね。聞く? 一応、ロハで教えてあげるけど。……ええっと、ジェームズ・バンカード、ジョン・インパクツ、ヴァン・ボーゲン、イゴール・プランターに、ギャンザ・レジック」
「ギャンザ? 何か聞き覚えが────」
「────ギャンザだって!?」
と、少女とサヤとの会話に突如割り込む声が一つ。
ガタリと席から立ちあがったのは、白い紳士服を着用した男性。
片目には眼帯、顎髭がうっすら整えられている。
年齢は三十代のように見えなくもないが……、サヤは「ギリギリ二十代」を自称していたことを、彼のことを思い出してそう確信した。
「えっと、確か……、スヴェンさん?」
サヤが声をかけるが、スヴェンはそれに応じない。
応じられるだけの余裕が無いのは、見開かれた目と、震える握り拳の様子からよくわかる。
明らかに、彼は何かしらの
ただそこは流石に紳士を自称するだけあり、そのままターニャに食って掛かるようなことはなかった。
襟元を直して咳払いし、失礼、と言い直す。
「すまない、雑談に割って入るようなことはしたくなかったんだが、その話俺も聞かせちゃくれな………って、ん?」
「えっと、別に公開情報だからまとめるかまとめないかってくらいの話しか違いないし、大じょ…………って、おぉ?」
突如、何か顔を見合わせて微妙な反応をするスヴェンとターニャ。
直後そろって「「あッ!?」」と驚いた様子の二人を見て、サヤは珍しく目を丸くした。
ターニャたちの反応が意外だったとかそういうことはなく、単純に大きい声に驚いたと言う話なのだが。
「結局ツケ払わなかったオヤジ────」
「オヤジじゃねぇ! 俺はまだ
「え、うっそー!? あっでも髭剃ったら確かに、言われてみると若いかも……? いやでも全然懐かしくない……、二週間ぶりくらい?」
「いや、
「私も色々あってねぇ……って、それはそうとどしたの? すっごい形相だったけど」
ねぇサヤ、と話をふるターニャ。
サヤはサヤでスヴェンと面識があることもあり、苦笑いしながら「ど~も~」と軽く手を振った。
「君は…………、あの時、
「あれ、そっちも知り合いなの?」
「一応ね。奴って、あー、
尋常じゃない様子だったのは確かっスね。何か、そのまま確保ォ! ってならないで殺しちゃいそうなくらい、すごい顔してたっス」
「…………別に殺しはしねぇさ。むしろ殺したら、アイツに合わせる顔が無えからな」
そう言いつつ、眼帯の腕をそっと撫でるスヴェン。
明らかに何か
ターニャは「まあ別に……?」くらいの客と店員という距離感であるし。
サヤに関しては「仕事仲間」として同時に事に当たっているわけでも無いので、わざわざ世話を焼くような話はどうなんだろう? と少し悩むからだ。
基本的にお人好しでおせっかいなサヤだが、明らかに自分の知る手間のかかる子供っぽい彼に比べると、いくぶんしっかりとした大人としてふるまっているスヴェンは、立ち姿にすら「心の」隙が無い。
伊達や酔狂で紳士を名乗っている訳ではないということらしい。
小型のパイプに点火を示すマークが光り、
「そういう嗜好品買うお金あるなら、その分ちゃんとツケとかないで払えば良いのに────」
「だからあっちの分は分で清算するよっ。だから、話の続きを聞かせてくれ。
ザンギャの
思わずサヤと顔を見合わせるターニャ。
サヤはサヤで「話してあげたら?」と微笑んで頷く。
明らかに事情があり……、雰囲気からすれば誰かの仇とか、そんなところなのだろうと察しているサヤ。
育ちが中々特殊だったり、親類をたらいまわしにされた時に
施設に居ても時折
それくらいは
同時に、スヴェンがまた本心から相手を決して殺すまいと自戒していることも。
だから大丈夫だと、頷くサヤに。ターニャは含意が全てわからないまでも「まあ良いか」と判断した。
「別に減るものじゃないしねー。で、えっと……、賞金額小さい方から話すわね。まずジェームズ・バンカードからだけど、いいわよね?」
「嗚呼。構いやしな──────」
「────わわわわわあッ!? す、すみません! ま、まかないがぁッ⁉」
そして、べちゃりと。
スヴェンの帽子の上に、
降り注いだそれはスヴェンの方のみならず、周囲で様子を窺っていたりホログラフィックの手配書の前で思案顔だった賞金稼ぎたちも、容赦なく襲う。
床にもぼとりと落ちたそこから立ち上る黒煙は
もしこの場に誰か知っている人間がいれば「アンモニアを濃縮したやつで香りづけした岩塩みてーな」と形容するだろう。
そんなヘドロがどろりと帽子を伝って垂れて、スヴェンの頬に────。
「って熱ッ!? 何だこれ、誰がやりやがった!」
大慌てで騒いで帽子を地面にたたきつけて周囲をきょろきょろとするスヴェン。
バックヤードの奥の方から慌てて出てきたのは、ターニャ同様に店の制服を着こんだ……、あからさまに胸元が「爆」と形容するに足るボリュームの、金髪碧眼の美人。
ケッ、と顎をしゃくって嫌な顔をするターニャに、サヤは「どしたの?」と軽く聞いた。
答えは得られなかったが。
そして、その金髪美女が謝り始めることで火に油が注がれる。
具体的には、周囲にいる荒くれ共も怒りに絶叫すると言う意味で。
「すす、済みません! 済みません! 今度こそは大丈夫だって思たんですけど……、新しい理論構築には成功したから、卵焼きをヘドロにしないための研究!」
「ふざけんじゃねェよ!?」
「絶対これ身体に悪い物質だろ、何が卵焼きだ!」
「今週これで何回目だよ嬢ちゃんよォ……!」
「大変だ、リバーの奴顔面に直撃して気絶しちまった、やっぱり毒物だったんだ!」
「あ、いえ、臭いにやられただけかと。ガーベル星人は五感が鋭いので────」
色々と店内の騒ぎが激しくなり、済みませんと謝り倒す美女。
なお、店主らしきマスターはそんな彼女を見て「良い、ドジっ子、良い……!」などと世迷言を呟く。
それを見て「むしろその贔屓の仕方、可愛そうじゃない本当……」と、ターニャはやはり嫌そうな顔をしていた。
なおサヤはサヤで「トレイン君も気絶しそうだなー」などと言いながら、足元に落ちたヘドロをその辺に転がってたフォークを拾って、ちょんちょん、とつついている。
明らかに犬のウ〇コみたいな扱いだ。
一瞬で発生した阿鼻驚嘆の地獄絵図がごとき状況に、
「
「ふえぇぇん、だってだって今回こそ上手くいくはずだったのにぃ…………!」
「
畜生……、恨むぜミカド・ヘイルズ!」
うがー、と絶叫するスヴェンに「複雑なカンケイなのねぇ」と何故かニヤニヤするターニャ。
その一方で、サヤがつついていたヘドロが「ぷしゅぅ」と音を立てて、風船がしぼむように急速に小さくなり、やがて「ぽん」と音を立てて小さくはじけて、その姿を消した。
ナニコレ怖っ、というサヤの呟きは、誰にも聞かれていなかった。
※ ※ ※
「イゴール・プランター ……?」
「そっ。一応、私の後輩にあたるんだけど……、彼が持ってるある植物の、クローン培養の研究データが欲しいの」
シンヨークやゴッサムのステーションからほとほと離れた惑星、ルーベック。
治安的にはやや混乱しており、
そんな星の、何っつーか豪華ホテルで、俺はとある女と会食していた。
まあ、とある女とか言ったって
好き好んで、サヤがいるってのに別な異性と二人きりで食事とか無ぇからな。
いや、まあ、サヤとも「そういう」コトには全然なっちゃいねーんだが。
謎の自己弁護をしてる俺の様子なんざ表面上は出ちゃいねぇだろうが、茶髪リンスこと
こうして間近で見ると、年齢は多分俺より上だな。
この時点で原作ブラックキャット的にはリンスレット・ウォーカーではないと言ってしまいたいが、色々な要素が中途半端にそれを認めない。
どうやらイヴの救出に向かった切っ掛けもこの女であるようだし。
あと、服の露出度とか諸々。
毛先の跳ねたセミロング風? の茶髪。
あどけなさがまだ残ってはいるがしっかりとした大人の美貌を持つ容姿。
スタイルはそれこそ、年齢の割に結構エロいサヤですら可哀想になるくらいに「ボン」「きゅっ」「ボン」って感じだ。
……相変わらず、我ながら語彙が無ぇ。
しかも何がアレって、全身ラバースーツみたいな宇宙服を身に纏い、その上から医者が着ていそうな白衣をまとっていたりする。
体感的にはなんとなくエヴ〇のリ〇コさん味も感じるが……、いや話が難しすぎて全然覚えてないんだが、エ〇ァも。
気を取り直して。
ミカド・ヘイルズ・ウォーカー。
以前の俺は指令のない情報なんざ興味はなかったし、覚えてたとしてもザスティンが気を利かせて情報教諭してくれていた分を辛うじて、という具合だ。
そんな中で何故俺が、このミカドのことを名前だけとは言え覚えていたのかと言えば。
…………何でだ? いや、何かこう聞き覚えがある名前っつーか、それだけは間違いないんだが。
本職の医者としても、研究職としても別に俺の人生に全く関係ない立場にいるし。
というか盗賊じゃないのかお前……、こういうところにも微妙に違いあるな。
とりあえず、相手のリアクションから情報を探ろう。
「アンタが元々所属してた、フレシア財団に持ち帰るつもりか? スパイみてーなことしてんだな」
「誤解して欲しくはないんだけど…………、あくまで趣味みたいなものよ。これでも専門は
まあ、その結果私の専門範囲が拡充するから、救える命が増えるっていうのは、否定しないけど」
「財団復職は否定すんのな」
「………………流石に、自分の専門分野を悪用されたりすると、ね」
そうかい、と肩をすくめて、俺は何かよくわからねぇイキモノのよくわからねぇ部位の妙にしっかりとした塩味がする油身の肉にかじりつく。
じゅわりとシンプルに強い塩味のみ、しかし同時に強烈な肉の香りと旨味とに目を白黒させながらも、頭の片隅でミカドの言ってることを反芻する。
専門分野の悪用……、フレシア財団はその総帥の趣味で多数の希少生物を
なんとなくブラックキャット的には後者なイメージがするが。
「ただ、復帰はしないけど
「ま、
だから、と言って身を乗り出すミカド。
……両手でテーブルを突いて身を乗り出している関係で、大きく開いた胸元の谷間が。寄せて上げられてかなり強調される。
そして意図的に、鼻と鼻が触れそうなくらいに顔を近づけて来る。
漂う匂いはどこか地球のブドウみてーな…………。
なんとなく、セフィリアもこんな臭いをしてる。
「あなたに協力を頼みたいの」
いや、でも何だろうな。
「…………ンな流れで殺しの依頼とかされても、悪いがパスだ」
ハニートラップというほど手の込んだ色仕掛けでも何でもねーんだが。
正直な話、
俺の言葉に、そこまでゴキゲンな様子で話していたミカドは、少し目を見開き座り直した。
「…………おっどろいたあ。ヒト型宇宙人だったら
「自分で胸持ち上げるな、胸揉むな、ギリギリまで布めくンなよ……」
「硬派、って訳でもないわよね? 胸はともかく
「褒められてねーのは判るが、生憎
というか何だ胸はともかく臭いって。
何かヘンなもんでも混ぜてるのか、香水か何かに。
問い詰めれば「大丈夫、健康には良いモノだから」とうっさんくせぇくらいの満面の笑みを返された。
というか、いい加減自分で自分の胸揉むの止めろ。
布が引っ張られて
……多分だが、サヤより形は良い。
というか、アイツ割と先の方はちょっと大き──────。
「────あ、なるほど。そういうこと。だったらむしろ話が早そうね」
一瞬記憶の中から大変今の精神状況に宜しくない、「幸せパンチ」と比喩したいナニカが過ったが、ソイツは一旦全力で置いといて。
いや、流石にルームシェアは「前世含めて」初体験だから、風呂場関係はトラブルの温床だって理解なかったからなあ……。
いやそれはともかく。何かを納得したようなミカド・ヘイルズ・ウォーカーは俺の方を見て「その調子だったら大丈夫だと思うから」と改めて、依頼を口にする。
「もともと、殺しの依頼をするつもりはなかったのよ」
「? じゃあ何で俺を呼んだ。わざわざこっちの連絡番号まで情報屋経由で調べやがって」
「情報屋グリン、見た目あんまり頼りにならなそうだったけど、まさか本当に貴方の情報を引っ張って来れるなんて……、優秀ね」
暗に「私のせいじゃないから、殺そうと思うなら私より情報屋を優先して殺せ」というニュアンスをにじませて言って来るミカド。
なお、その情報屋グリンってのは、おそらくだがシャオリーの表側の顔だったりする。
原作ブラックキャットから鑑みて、そういう微妙な設定ラインは拾ってるような世界みてーだし、とするとアイツは結構昔からそういう工作とかみてーなのやってんだなあ、と少し感慨深くなるが。
そんな俺に、ミカドは爆弾を投げてきた。
「まあ、端的に言うと…………、婚約者のフリをして欲しいのよ。私の」
「………………は?」
そう、文字通りの爆弾を。
俺のメンタル的な話として。
【一方その頃、地球の某赤煉瓦倉庫近く】
ザス「……仮に私が昔の、
??「…………だけど私はシンデレラだから。夜の十二時には、カボチャの馬車で
ザス「ままならないのが人生です。だが、
??「……嫌っ」
ザス「な、何を……?」
??「私は…………、私は、このトーキョーの夜景を、トーキョーの全てを! 全てを思い出にしたくないの。貴方にも宇宙の果てで、懐かしむものとして、擦り切れたフィルムのように、私をそうして欲しくない! 義務を弁えたから何? それじゃ、誰が貴方の中の幼い貴方に手を差し伸べられると言うの? 貴方自身ですら、世界を護るために眠らせている貴方自身を────クリード」
Q.ターニャって誰!? マジで誰! 11番目の女神か何か‼?
A.アニメ黒猫に出てくるウェイトレスさん。金欠だったスヴェンとは微妙に腐れ縁的な巡り合わせがある。漫画版だと後日談の特別編(イヴがライセンス取る話のとき)にしれっと登場してる。
本作も世界観的にはアニメ黒猫要素が強いので、そのままご登場。サヤとは割とサバサバしあってるので、仲は悪くない。
Q.五人の賞金首?
A.面子についてはアニメ版黒猫から。下の名前が出てないのは、まあまあテキトーです…‥。
Q.(お風呂場)とらぶった?
A.(お風呂場)とらぶった。全裸で脱衣所バッティング。結果クロの知った情報は……、まあ本作独自設定ということにしといてください(滝汗)
※念のため楽曲コード追加