とラぶラックキャット   作:那覇ダイア

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#25.踏み出された宇宙猫

 

 

 

 

 

 組織(クロロス)の関係企業の手でフツーに超特急で修繕されたアパートに、俺とサヤは戻ってきていた。

 クレヴァーに下ろしてもらった先でうつらうつらしていたサヤは、目を覚ました後にアパートの入り口から、ちょっと挙動不審だ。

 具体的に言うと、緊急避難過ぎて色々持ちだせてなかった家具とか、クローゼットの中身とか、なんならテレビ的なやつのビデオデッキの録画の中身までデュラムに粉微塵にされた物品がことごとくそっくりそのまま(ただし新品で)おかれているっつー状況に混乱していたり。

 

「こんなバックアップ受けてたら色々感覚おかしくなると思うよ? トレイン君」

 

 真顔でそんなこと言われてもなあ、と俺は少し表情が引きつった。

 まあ、俺個人に関しちゃもともと私物はあんまり執着しない性質だったのもあって、サヤがぶつぶつ「金銭とかに替えられないレベルの贅沢さじゃないかな、こういうのって……」とか呟いてるのが聞こえるが、そういうのとは無縁だろうと思っている。

 

 というかサヤとの思い出が濃密すぎるせいで、戦時中はともかくフツーに殺し屋やってた時の記憶が抜け落ちかねねぇ……。

 

「……んで、何でそんな距離開けてんだ?」

「い、いや、だって、トレイン君と二人きりとか久々だから、なんか、変に意識するっていうかねー、あはは……」

 

 テーブルの端に座る俺からかなり距離を開け、キッチンで立って頬を触りながら、恥ずかしいのか腰をフリフリする浴衣のサヤ。

 そう挙動不審にされても、そもそも誰といようがお前と一緒に暮らしてる時点で俺はもう色々手遅れなんだよと、口にしかかった俺は……。

 

「いま、い、いいいさら…………、今更だろ」

 

 何故か、言葉が()()()()。 

 

 

 

   ※  ※  ※ 

 

 

 

 六人乗りの浮遊車(ホバーカー)は郊外からステーションの中央エリアに続くバイパスを静かに走っていた。

 時刻は0時を回っており、代わり映えしない暗黒と浮かぶ星々が見える。それが、クレヴァーにはやけに広く感じられた。(※スペースコロニーの都合で空の色から時間の判断はできない)

 後部座席には組織(クロロス)の先輩、“不吉の運び屋”と呼ばれることもある十三番目の黒猫(クロ・サーティーン)がいる。

 ()()()、と独特な音が、そんな後ろから響く。

 ごくごくと喉を潤すような音が鳴っており、おそらくミルク缶を開けたのだろう。

 ちらりとクレヴァーが様子を窺えば、成年クロは()()()()()()()跡の残る頬を撫でて、痛みに顔をしかめ、缶に口を付けていた。

 その隣、雑にロープで縛りつけられた二人の男に、バックミラー越しに視線を向ける。

 

「本当に何があったんですか……」

 

 思わず疲れたような声が出てしまったクレヴァー。

 そんな彼に、クロは「まあ色々、な」と詳細を語らない。

 語らないが、簡単な経緯だけは説明した。

 

「お互いの任務上、ちょっと問題が被ってな。行き違いを最短で解決するためにお互い雑に動いて、こうなった」

 

 目標、ターゲットについてですか? とクレヴァー。

 まあそんなところだ、と肩をすくめるクロ。

 

 そして言いながらもドアの自動開閉ボタンを押して窓を開くと、空中にそこから腕を一瞬出して狙撃一発。

 

「……何を?」

「監視のドローンみてーなのがいたから撃っといた」

 

 物言いは雑だが、彼が決して嘘をついていないことをクレヴァーは良く理解している。

 伊達に何年か彼の下について雑用まがいのことに従事していない。

 だから一瞬アクセルを踏みすぎた。

 己の失態……という責められ方をしてはいないが、それでも動揺はする。

 気にするな、とだけ軽く言うクロであったが、震える手元と、心拍数だけは誤魔化せていないだろう。

 

 ()()に慣れなければ、自分は彼のようには到底なれないだろう。

 まあ、最近の彼からは「むしろ慣れない方が持ち味になるぞ、お前」と肩をすくめられるのだが。

 

 クレヴァー・スレイノアにとって、殺し屋クロは組織(クロロス)における先輩だ。

 もっとも実年齢で言えば()()()()に相手が下である。

 数年前まで自分よりも身長が小さかったし、声変わりだってまだ当時は終わっていなかった。

 ただ黒髪のぼさぼささや、金色の目に宿る()()()何かは、変わりない。

 ファッションが多少変なことになっていても、潜在的に彼は殺し屋として星間戦争を生き延びていたのだ。

 徴兵されることもなくデビルークでのうのうと生きて来ていたクレヴァーとは訳が違う。

 

 クレヴァーとて、だからといって温室育ちと言う訳ではない。

 むしろそれは彼からしてみれば、非常に運の無い話なのだった。

 彼が組織に流れ着くまでに、犯した殺しの回数事体は2つ。

 父親を襲った暴漢と、姉に()()()()()()輩、数名。

 父はまだ幼かったクレヴァーを庇い、背骨の横から一突き。抜かれた包丁の赤と、警察に連絡しながら段々と力尽きていく父親の姿が、声が、表情が、何度もフラッシュバックする。運良く殺せなければ、彼と姉が殺されていただろう。

 その姉もまた、彼が大人になりきる前にその命を終わらせた。自ら、ステーションとステーションのドッキングジョイントに飛び降り、接合され()()()()()。それほどのことをしなければならない程に、彼女は傷つき、女性として壊れた。弟たるクレヴァーが報復に動くのも当然のこと。衝動的な殺人だった。あるいは、姉を救えなかったことに対する贖罪で自らも殺されればよいという自棄だったのかもしれない。

 結果、生き延びてしまった。

 生きる目的を失った彼は、この世に対する怒りの感情の発散の場を求めた。

 そして場末のその組織で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを自覚した。

 

 転機が訪れたのは、その組織が()()()()()とある組織の傘下に抱えられ、選別されたこと。

 そこで、クレヴァーは初めて殺し屋クロを見た。

 思春期(ティーンエイジャー)のガキ。それ以上の印象はなかった少年は、銃声一発でほぼ全員の左手を射抜いていた。

 特徴的な装飾銃は当時から変わらず。

 いつ抜いたかもわからない有り得ない程の早撃ちは……、何なら今の方が洗練されている。

 ともかく、そんな状況で各々が自己判断し、殺し屋クロに対して動いた。襲い掛かる者、様子を伺う者、銃を構えて仲間事殺そうとするもの。バリエーションは多かったが、クレヴァーがしたのは「何もしない」であった。

 部屋で座って待機していろ。それ以上のことを言われずにいたし……、あれだけの技量を持つ殺し屋ならば、最初の一発で全員を殺さなかったことの方が不自然なくらいだったから。

 

 そしてその場で()()()、クロが引き抜いた面々の腕や人格を見ると言うことになっており。

 唯一、指示を最後まで守っていたからこそ、組織(クロロス)入りを果たしたのがクレヴァーだった。

 

「なーに緊張してんだよ」

 

 へらへらと、年相応よりむしろ子供のように笑う青年。

 つい最近までは考えられなかった変化だが……、思えばそれらしい節は昔から無いわけではなかった。

 こちらが戸惑うくらいに()()振る舞いをする以前も、任務のこと以外はとにかく興味が一かけらも無かった。

 最低限の情報共有さえすればすぐに消えるし、気が付けば仕事を終えて帰ってきている。

 唯一、ミルク缶くらいだったろうか、彼が興味を示していたのは。

 

 それがまさか良い仲(ステディ)を作るだけでこうも変わるとは。人間とはかくも複雑怪奇である。

 年相応に子供らしく微笑ましいと、一瞬思うが表情には出さない。意外と以前から、そうやって子ども扱いされることを好まないのだ、この青年は。

 ちょうど()()()()で眠ってる彼女のことを目を細めて見てから、クレヴァーは名状しがたい困惑を顔に出力した。

 そしてしばらく彼が自問自答していると。

 

「────任務のために下手に自分削っても、()()()()()()だけで良いコトねーからな。()()()()()()()気付いた俺が言うんだ、説得力グンバツだろーぜ。

 ま、だからお前はそうやってフツーに怖がったりするようなところは、抜け落ちねぇ方がいいと思うぜ────自分捨てたって結局、セフィリアは褒めちゃくれるが、個人のことはなーんも保証しちゃくれねーし」

「…………それでも、俺は貴方のようになりたい」

「目指すようなモンじゃねーぞ? 俺なんて」

 

 嗚呼、だからこういう所が怖いのだと。

 クロの変わり様と自分の実力とを比べて鬱屈した気分になり始めた自分を、しごくあっさりと察してこんなことを言って来る妙な勘の良さというか。

 もはや何も残っていない自分だからこそ、彼のような絶対的なだけが自分の人生のよりどころになるのだと……もう二度と自分の父や姉や、自分自身のような子供を生まないために戦いたいのだと。

 理想は高くとも、現実は中々厳しかった。

 

「それはそうと、その頬の痣はどうしましたか?」

「あん? あー、これは……まあ、姫っちだな」

「はあ?」

 

 

  

 時間は、ジェノスとの戦闘後まで遡る。

 

「おい、死んじゃいねーよな? ……あー、まあ大丈夫か。しかしまあ何だろうな、予想してた通りとはいえオリハルコンに()()()()()()()()で、導電性に左右されるっつーか」

 

 倒れ伏しているジェノスと部下の男とを一まとめにして適当にその辺に転がし、トレインは肩をすくめる。

 そんな彼に向って、イヴは駆け寄る。

 さっきジェノスへ向けて放たれた反射狙撃の際に、彼女を()()()拘束していた糸も解けたのだ。

 

 ねこさん、という呼びかけに、トレインは気楽に応じる。

 

「大丈夫か? 姫っちもまージェノス相手だから、あんま傷つけられたりしてねーと思ったけど」

「ジェノス相手? ……知り合いなの、ねこさん」

「知らねーけど、ジェノス・ハザードって言ったら単純にちょっとした有名人ってだけぜ」

「ふーん。……って、ねこさんは、顔、傷ついてる」

 

 んしょ、んしょ、と背伸びしてトレインの頬の血を、ポケットから出した人魚の描かれたフリフリの愛らしいハンカチで拭おうとするイヴ。

 なお、届かないので彼女自身の愛らしさに拍車がかかるだけである。

 目を左右の矢印が中心に寄る様な(><)風にしてぎゅっと瞑り、必死に手を伸ばしている仕草はまさに「ただの」女の子といった塩梅だ。

 

 そんなイヴを後ろからだっこして、トレインの頬を拭かせているミカドが妙にお母さんらしいではなく、お母さん()()()見えるトレインだったが、それは置いておいて。

 トレインの背後から、浴衣の裾がだいぶ大きく開いてひらひら揺れるのも気にせずに走って来る人影が一人。

 顔色が悪く、胸元を片手で押さえる()()()()()()()()()()()()自らの銃を肩に乗せて駆けてくるのは、サヤ・メロディベル・ミナツキだった。

 

「ちょいさー! トレイン君、そこの()()()()()大丈夫? 死んでないよね⁉」

「おー、まあそこはな」

 

 ハーディス程じゃなくても導電性が高いだろうからなオリハルコン、と軽く言うトレインに「念のため後で診ておこうかしらね……」とミカド。

 そして、軽く礼を言うトレインに「なーに、良いってことよ! 友達の頼みだし、姫ちゃんは助けないとね~」とこちらも軽く応じるサヤ。ライフルの側面のボタンをいくつか操作し、その形状を拳銃サイズにまで一気に縮小する。

 その変形に「相変わらず意味不明」みたいな半眼をしているトレインと、不思議そうにサヤを見上げるイヴ。

 

「変なお姉さん……、」

「変はよ・け・い!」

「…………、お姉さん、何かしてたの?」

「ふふーん……、最後にトレイン君が電撃使ってた時に、ちょっと遠くから補助でね~」

 

 やっていたこととしてはシンプルで、トレインが招雷弾(プラズマ・ブリット)を使いジェノスの糸を一まとめにしている間、ライフル状態の銃からゴム弾を用いて、そのジェノスの腕を狙撃したのだ。

 トレインがここに向かう前に、そもそもサヤと話し合って決めた役割分担である。

 

『今回来てる奴、銃撃の直線コースくらいは余裕で見切って来ると思うから、遠距離からの反射撃(リフレクショット)って出来るか?』

『問題ないサ! ……めずらしくトレイン君からの、戦闘面での頼みだしね。私史上、最高レベルの精密射撃をお見せしてしんぜよーう』

『随分大層な話になったな……。いや、まあ、助かる。ありがと』

『いいってこと! 気にしない気にしなーい……、鎖骨は後でナデナデけど』

 

 茶目っ気たっぷりにウインクをかますサヤに、若干赤くなっていたトレインはまあいつも通りと言うべきか。

 そんな訳でその場に黒猫弾(ブラックキャット・バレット)で生成される猫をおいていき。

 戦闘中、ここぞという時にその猫経由でサヤにタイミングを伝えたという話であった。

 トレインをして上位の腕をしているという、サヤの跳弾狙撃。

 森の木々をいくつか経由して放たれたジェノスの真横からの跳弾は、さしものジェノスですら直前まで気付くことが出来ず、エクセリオンの防御が間に合わなかったのである。

 

 なんなら、そのゴム丸がジェノスの腕のみを正確に狙っていたのも、理由の一端かもしれないが。

 どうあっても命を奪われない一撃故に、体に染みついた殺し合いによる条件反射は、トレインの電撃の方に重きを置いていたのだ。

 

「で、やーしっかし……、スコープで見てた時も思ったけど、やっぱりイケメンっスね~」

「…………」

「ん? あれあれ? トレイン君、どうしったのかな~?」

「な、何だよ。別に…………」

 

 転がるジェノスと、横に並べられた彼の部下。

 そのうちジェノス見て適当な感想を言うサヤに、やや不機嫌そうに腕を組むトレインであった。

 そんなトレインに、どこか何かを期待するようなきらきらした目を向けるイヴ。

 

(ねこさん……、子供みたい。私と同じくらいの)

 

「あっはは! それくらいで妬かない、妬かない。

 ────大丈夫。トレイン君の瞳は、()()()()()あの花火に負けないくらい、綺麗だよ?」

「……何でお前の方が、発言がいちいちイケメンなんだよ…………」

「あっはは!」

 

(………………けっ)

 

 なお、はた目から見るとイチャついてるようなやりとりが始まったあたりで再び白けたイヴを見て、ミカドは手で口を隠して忍び笑いをしていた。

 

 閑話休題。

 

「…………ねこさん、この人……」

「ま、うちの組織の奴だけど…………、とりあえず姫っちは大丈夫だろ」

「私だけ?」

「俺はまあ、上司が死ぬほど鬱陶しい感じで絡んでくるだけだろうしなあ……。あぁ、まあ、気にスンな」

「?」

「本当に大丈夫なのかしら、トレイン……?」

 

 よくわかってないイヴと、トレインの言葉が()()()()()()()()()()()()疑っているミカド。

 そしてそんな会話を聞きながらも、その辺に落ちてた木の枝を拾って白目向いたまま瞬きを繰り返している(痙攣?)ジェノスの腹をつつくサヤ。

 やっぱり挙措がどこか小学生男子めいている。

 

「ま、俺のことは良いんだよ。大人は大人で何とかするから」

「大人……」

「どっちかというと、問題は姫っちの方だなぁ…………。今回ジェノスが見逃したとしても、ジェノスがきたっつーことは遅かれ早かれってところだろ?

 組織(クロロス)も俺達みたいなのは割とテキトーなところも多いが、基本的にはクソ生真面目な組織だし」

「糞……」

「イヴ、汚い言葉は覚えない!」

 

 トレインの雑な言葉選びを律義に復唱するイヴをたしなめてから、ミカドは少女の両肩をもつ。

 なお、真面目な話をしている横で「びくん」と大きく震えたジェノスに一瞬飛び退き、トレインの足に抱き着くサヤ。

 うひゃおぉうん⁉ などと妙な声を上げてから、咳払いしてサヤを咄嗟に撫でたトレイン。

 それを見て「へっ」とやはりどこか白けた表情のイヴであった。

 

「…………まあ、ジェノスに関しては私がちょっと迂闊だったのはあるかもしれないけど。今のイヴだったら大丈夫だと思ったのよ。……ごめんなさいね、トラウマとか、心の問題はやっぱり専門外だから、駄目よね……、今度本格的に勉強しようかしら?」

「ミカド先生……?」

「その辺はアンタの好きにやっとけ。肝心なのは、姫っちの身の振り方だろ。ショージキ、ジェノスと戦っちまったからウチの組織で面倒みるっつーのは、あんまりオススメしねーな」

 

 最悪の最悪はっつーくらいに考えとけ、と断りを入れてから、トレインは自分につかまりながらゆっくり立ち上がるサヤの腰帯を掴んで、持ち上げる。

 

「あ、ありがとう」

「おう。で、サヤも何か案あるか? 基本、流されっぱなしだったから俺、そんなに考えがまわらねー」

「んー? んー、そっスね……。私もそう、何でもかんでも全部が全部自分で選択して生きて来たって胸張れるような話じゃないんスけど……」

 

 少し思案するサヤは、イヴの顔を見る。

 形の良い顎を、長い指先でさすりながら「ふーむむむ?」などと言いつつ口元をしかめた。

 

「……要するに、()ちゃんが危険だって判断されるから殺されそうになってるってことなんだよね」

「まあ、だろうな」

「一番手っ取り早いのは、トレイン君のいる組織に引き取ってもらうのだろうけど……、これをしないなら、国の指令系統に緩く組み込まれるような立場で、治安維持に協力したら良いのではないかな? こう、貢献アピールをすればよいと思うが()()、そういう豪族(ぬし)はよく見てきたし」

「…………オイ」

 

(お姉さん……?)

 

 突如トレインがサヤの腕を引くが、サヤは「ほぅん?」と素知らぬ顔。

 何故か焦った様子のトレインに「ほっほっほ」と笑いながら、その鎖骨を指先で撫でる。

 不意にイヴの脳裏にナニカの映像がフラッシュバックしそうになり、しかし()()()()()()()のようにそれらは一瞬で霧散した。

 頭を左右に振って何かを振り払うイヴを見て「まだ早いからの」とサヤ。

 

「ま、それを通すのはトレイン君の努力次第だけどね。するつもりなんでしょ? 上司に言い訳」

「……(そう言う普通の口調も出来るのか、お前)」

「さて何のことかしら、ほっほっほ。でも()()トレイン君から頼られちゃったんなら、出来る限りのことはしないとね。それこそ生まれ変わっても。

 ……まあ、こっちはお姉さんとお兄さんにまかせときなさい! だから後は()ちゃんがどうしたいか…………()()()()()()()()()()()、どこまで頑張れるか」

 

 頑張る? と首をかしげる彼女に、サヤはそのままの口調で突きつけた。

 

「────先延ばしにしてたスヴェンさんや、お母さんに会うかどうか、だよ」

「……!」

「私とトレイン君が身元引受できないってなると、もう他に頼れるところはないじゃん? だから媛ちゃんは、ちゃんと勇気を出して、踏み出さないといけないと思う。

 きっとここが、媛ちゃんの運命の引き金を引くときなんだから! …………たぶん?」

 

「って、俺に聞くなよ」

 

 三者のやりとりを、ミカドは何も言わずに。

 ただただ、イヴの背中をじっと見つめている。

 ちらりと不安そうに振り返ったイヴの視線が、ミカドと交差する。

 ミカドは、一度頷くのみ。

 あなたの思うようになさい、と……、母親のような慈愛の微笑みは、()()()()()くらいだ。

 

 そして、トレインとサヤとミカドと、三人が見守る中。

 

「……わ、私は────────」

 

 

  

「……ま、乙女の勇気を出した一言の前に目の前でああなっちゃな?」

「は、はあ……」

 

 いまいち要領を得ないクレヴァーに、さもありなんと殺し屋クロは……、トレインは肩をすくめた。

 そう、ちょうどイヴが発言しようとしたその瞬間、ジェノスとの戦闘で傷ついていた樹木の太い幹が落下してきて。

 サヤの頭上直撃コースだったそれから彼女を庇おうとしたトレインと、ちょうど()()()()()()()ハレンチに「妾も負けぬぞ!」などと言い出したサヤもまた何か妙な動きでトレインの服をまさぐり。

 ほんの一瞬後には、全裸で抱き合い倒れる男女の姿がそこにはあった。

 

 さすがのミカドも突然の状況変化についていけず目を真ん丸にして。

 

『……えっちぃのは、嫌いです────────ッ!』

 

 トレインのみならずサヤもまた自発的に彼の服を脱がしたこともあって、両者ともに顔を真っ赤にし目をぐるぐると回す彼女から、頬に張り手を一発ずつくらったのだった。

 

 丁度、そんな彼女が最後列の席で「痛いぃ……」と呻く声が聞こえる。

 想定外の一撃のお陰で、うつらうつらしながらも完全には寝れていないらしかった。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

「本当に良いのね、ティアたちに連絡して」

「はい。……ティアが今、おじさんと一緒に行動してるとは思ってなかったですけど」

 

 トレインたちが去った後の、ミカドの診療所。

 彼女の中型宇宙艇そのものであるここで、つい昨日までサヤと寝泊まりしていた病室にて。

 トレインから手渡されたスヴェン・ボルフィードの個人連絡番号のメモを握り、イヴは肩で息をしていた。

 すー、はー、すー、はー。

 大げさなくらい音を立てる緊張ぶりに、自然とミカドも苦笑いが浮かぶ。

 

 怖いならまだ数日後にする? と提案するミカドに、イヴは頭を左右に振る。

 

「ねこさんたちが、立ち去ったのは、これ以上は関係が深いと思われかねないから。……だったら、私がここに長居しすぎるのも、先生に迷惑がかかるかもしれません」

「今更な気はするけどね。まあ、あのスヴェンよりも荒事に弱いってのは認めましょう」

 

 両手を上げて降参を示すような彼女に、お願いします、と紙を手渡すイヴ。

 ミカドが自分の端末のカメラアプリで、その数字をスキャンしているのをじっと見つめ。

 イヴは再度、音が出るような深呼吸を繰り返す。

 

「すー、はー、…………うん、がんばらないと」

 

 

 

『なりたくてなれる立場じゃねーからな。……強制されてる訳じゃねぇ。俺自身の選択だ。その責任を、誰かにかぶせるようなのはダセーし』

 

 ビンタをした後にぶっ飛ばされていったトレインとサヤ。

 そのうち、サヤを先に拾ってから、自力で立ち上がったトレインにイヴはふと聞いたのだ。

 どうして殺し屋クロじゃないと名乗るのに、わざわざ賞金稼ぎを名乗ったのかと。

 イヴにとってみれば、賞金稼ぎにそう悪いイメージが無い。

 出会った賞金稼ぎはスヴェンしかり、サヤしかり、どちらも自分を気にかけてくれてる保護者だ。

 トレインが殺し屋として特殊なのは、そんなサヤと仲良くしているのからして明らかではあるが。

 だったらもう、殺し屋じゃなくて賞金稼ぎになっちゃえばいいのに、というイヴの感想に、トレインは肩をすくめて言ったのだ。

 

『ねこさんは、賞金稼ぎになりたくないの?』

『…………生き方に憧れるなんて上等なことを、言える様な立場じゃねぇよ。ただ、そうだな』

 

 イヴの変身(トランス)したゆりかごのようになっている髪に背負われながら(?)、ブツブツと「絶対鬼さんのせいでしょ、もー……」と不満げなサヤに苦笑いをするトレイン。

 

『なれないなりに、少しでも近くにいて……、守ってやれることができたなら、きっと俺は少しでも、今よりはマシな生き方が出来てるって、そう錯覚くらいはすることが出来るからな』

 

 自由気ままってのは難しいんだぜ? と。どこか自嘲気なトレインを見て、イヴは不思議と、すぐに言葉が出たのだ。

 

『だったら────────』

 

 

 

「────だったら、私がなる。ねこさんの、トレインの代わりに」

 

 両手を握るイヴは、トレインとの会話を反芻しながら深呼吸を繰り返す。

 興奮なのか、恐怖なのか、その手の震えも息継ぎの声も途切れはしないものの。

 

「トレインが出来ないことを、私がする」

 

 

 

「トレインがしたくても出来ないことを、もし、血のにおいが全然とれない私でも出来たなら────きっとトレインだって、踏み出す勇気が出せるはず」

 

 

 

 おじさんだってきっと褒めてくれるし、と。

 そう決心を語った時の、鳩が豆鉄砲を食ったような呆然としたトレインの顔と。直後の大笑いを思い返して、イヴは不思議と表情が緩んでいた。

 

 それは生物兵器として再教育を受けてから、久しく浮かべることが出来なかった……、イヴ本来の、少女らしい満面の笑みだった。

 

 

 

 

 


【NEW!】SSS級の殺し屋・金色の闇のフラグが折れました。

【NEW!】SSS級の賞金稼ぎ・金色の闇のフラグが立ちました。

 

 

 

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